第8話

「ボルガ様が、俺の作った干し肉で元気になったみたいで……」

俺が事情を説明すると、ミーナちゃんは「やっぱり!」と目を輝かせた。

「お兄さんの料理はすごいのよ!」

「そうかなあ。たぶん、栄養が足りてなかっただけだと思うけど」

「もう! お兄さんはすぐ自分を低く見るんだから!」

ミーナちゃんは、プンプンと頬を膨らませた。

「それより、お店! 見てきてよ!」

「あ、うん。仕込みも一段落したし、行ってみるよ」

俺は、エルザ様用の特製品と、ギルド用の試作品を整理して、厨房を後にした。


ギルドの隣にある、元武具屋。

さっきまで埃っぽかった建物は、見違えるように綺麗になっていた。

「すごい……! ピカピカだ」

「ふふん! 私にかかればこんなもんだよ!」

ミーナちゃんが、小さな鼻を得意げに反らせる。

床は掃き清められ、窓も磨かれている。

カウンターや棚も、きちんと拭き上げられていた。

「ミーナちゃん、一人でこれを全部?」

「当たり前でしょ! 私はこの店の経理兼、店長なんだから!」

(い、いつの間に店長に……)

俺は苦笑いするしかなかった。


ミーナちゃんは、店のレイアウトも完璧に決めていた。

「こっちが厨房ね。お兄さんはここで料理に集中して」

「うん。ギルドの厨房よりは狭いけど、ここなら目が届きやすそうだ」

「で、こっちが販売カウンター」

ミーナちゃんは、入り口すぐのカウンターを指差した。

「お客さんには、ここで注文してもらって、商品を受け取って帰ってもらう」

「あ、店の中では食べられないんだね」

「ダメ!」

ミーナちゃんは、人差し指をピッと立てた。

「絶対にダメ! あんなすごい効果が出る食べ物、この店の中で食べられたらどうなると思う?」

「え……?」

「昨日のギルドの騒ぎ、もう忘れたの!?」

「うっ……」

ミーNAちゃんの言う通りだ。

ここで怪我が治ったり、魔力が回復したりしたら、また冒険者たちが殺到してパニックになる。

「だから、うちは『お持ち帰り専門店』にするの」

「な、なるほど……」

(ミーナちゃん、俺よりずっと商売のことを分かってる……)


ミーナちゃんは、さらに店のルールを考えていた。

「それとね、販売方法も決めたよ」

「へえ、どんな?」

「完全予約制、か、数量限定の抽選販売にする」

「え、なんで? 普通に売ればいいんじゃ……」

「だから! 普通に売ったら、強い冒険者が全部買い占めちゃうでしょ!」

「あ……」

確かに、エルザ様みたいな人が毎日来たら、他の人は買えなくなってしまう。

「それに、お兄さんが作れる量にも限りがあるんだから」

「それは、そうだけど」

「だから、ギルドランクで買える数を制限するの」

ミーナちゃんは、帳簿らしき紙にサラサラと書き込んでいく。

「まずは、Cランクの人たちに優先的に売る。あの人たちが一番、ポーション代とかに困ってるから」

「ミーナちゃん……」

(すごい。ちゃんと周りを見てるんだな)

「Bランク以上の人たちには、特注品として高い値段で売る! エルザ様みたいにね!」

「う、うん。ミーナちゃんに任せるよ」

俺はもう、全面的に彼女を信頼することにした。


ミーナちゃんは、店の看板も用意していた。

といっても、ギルドの裏に落ちていたボロボロの木材を拾ってきたものだ。

そこには、炭で拙い文字が書かれていた。

『リオ印の保存食屋さん』

「……!」

(だ、ダサい……! 宮廷のセンスとは別の意味で、すごい……!)

俺が言葉に詰まっていると、ミーナちゃんが期待に満ちた目で俺を見上げた。

「どう? いい名前でしょ!」

「あ、う、うん! 分かりやすくて、いいと思うよ!」

俺は必死に笑顔を作った。

「やった! でも、さすがにこの看板じゃダメだから、ボルガ様にちゃんとしたのを作ってもらうようにお願いしてあるよ!」

「(よかった……!)」

俺は心の底から安堵した。


ミーナちゃんは、カウンターの上にエルザ様から預かった金袋を置いた。

「これが、今日の売り上げ。というか投資額ね」

彼女が袋を逆さまにすると、金貨がジャラジャラとこぼれ落ちた。

「ご、ごじゅっ……金貨が50枚もある!」

「うん。これだけあれば、当面の材料費と、お店の改装費には十分すぎるね」

「改装?」

「そうだよ。厨房にもっといい窯とか、乾燥棚とか入れたいし」

「それと! お兄さん!」

ミーNAちゃんが、ジトっとした目で俺を見た。

「材料費、いくらかかったか、ちゃんとレシート(領収書)もらってきた?」

「あ……」

(しまった、もらい忘れた……)

俺が目をそらすと、ミーナちゃんは大きなため息をついた。

「はあ……。いい? これからは、銅貨一枚でも、必ず領収書をもらってきて! 私が全部管理するんだから!」

「は、はい! すみません!」

俺は、十歳の女の子に本気で怒られてしまった。


俺たちがそんな話をしていると、店の外が急に騒がしくなった。

「うおおお! 緊急依頼だ!」

「『リオの保存食』の材料を集めろだと!?」

「報酬はギルドが全額保証!? マジかよ!」

「どの素材だ!? 『レッドボアの強靭な赤身肉』!? Aランクの魔物じゃねえか!」

「『月光草』に『硬石小麦』? 聞いたことねえぞ!」

「とにかく森に突っ込め! 早い者勝ちだ!」

地響きのような足音とともに、冒険者たちがギルドから飛び出していくのが見えた。


俺とミーナちゃんが顔を見合わせていると、ギルドの受付の女性が、慌てた様子で店に駆け込んできた。

「り、リオさん! 大変です!」

「あ、やっぱり……」

「ボルガ様が、Sランク級の緊急依頼なんて出すから……」

受付さんは、頭を抱えている。

「ギルド中の冒険者が、目を血走らせて『魔の森』に突っ込んでいきました!」

「えええええええ!?」

「みんな、『リオの秘薬』の材料だって興奮しちゃって!」

「あ、あの、俺が指定したのは、普通の赤身肉と、その辺の薬草と、黒小麦なんですけど……」

俺の言葉に、受付さんはハッとした顔をした。

「え? そうなんですか? ギルドマスター、『ドラゴンの古傷が治った! これは伝説の食材に違いない!』って……」

(ボルガ様が、勝手に勘違いしてるー!)

「ど、どうしよう……みんな、危険な場所に行っちゃったんじゃ……」

俺が青ざめていると、ミーナちゃんが冷静に言った。

「まあ、いいんじゃない?」

「え?」

「Aランクの魔物の肉でも、お兄さんなら、もっとすごい保存食が作れるでしょ?」

「そ、それは……たぶん、栄養価は高いと思うけど……」

「なら問題なし! 材料は良いものほど、高く売れるんだから!」

ミーナちゃんは、帳簿を片手にニヤリと笑った。

(た、たくましい……!)

俺は、この小さな商人に、もう何もかも任せようと決めた。

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