第5話
「……魔力が、沸き上がってくる……!?」
エルザ様が、驚愕の声を漏らした。
彼女の体から、目に見えるほどの青白い魔力が立ち上り始めた。
ギルドの空気がビリビリと震える。
「う、うわっ!」
「な、なんだこの魔力は!」
「エルザ様の魔力が暴走してるぞ!」
周りの冒険者たちが、その圧力に押されて後ずさった。
俺もミーナちゃんも、腰が抜けそうになるのを必死でこらえた。
エルザ様は、周りの反応など気にも留めない様子だった。
彼女は次に、乾燥果物を数粒、口に放り込む。
「……!」
さらに魔力の光が強くなる。
最後に、石のように硬い黒パンを、力ずくでかじった。
「……信じられん」
エルザ様は、自分の手を見つめてつぶやいた。
「スキル使用で摩耗していた俺の魔力回路が、修復されていく……」
魔力回路?
なんだかよく分からないけど、すごいことが起きているらしい。
「小娘。いや、料理人リオ」
エルザ様が、俺をまっすぐに見た。
その瞳には、さっきまでの冷たさは消え、熱のようなものが宿っていた。
「これは、本当にただの食べ物か?」
「は、はい! ただの保存食です!」
俺は必死に答えた。
「特別な魔法とかは使ってません!」
「強いて言えば、スパイスの配合は、実家……いえ、昔からの秘伝ですが……」
「そうか。秘伝のスパイス……」
エルザ様は何かを納得したように頷いた。
その隣で、ミーナちゃんが「ふふん!」と得意げに胸を張った。
「どうだ! 金貨10枚の価値はあるでしょ!」
「……ああ」
エルザ様は、ミーナちゃんの言葉を素直に認めた。
「金貨10枚の価値どころではない」
「え?」
俺は、エルザ様の言葉を聞いて、また青ざめた。
(き、金貨10枚の価値すらないってこと……!?)
(やっぱりぼったくりだったんだ!)
「す、すみません! お代は返します! やっぱり銅貨で……」
俺が慌てて金袋に手を伸ばそうとすると、エルザ様が俺の手を掴んだ。
ものすごい力だった。
「逆だ、愚か者」
「へ?」
「これは、国の運命すら左右する代物だ」
エルザ様は、見たことがないほど真剣な顔で言った。
「……国の、運命?」
俺はオウム返しに尋ねた。
「ああ。これほどの回復効果と魔力増強作用がある食料だ」
「もしこれが軍隊に供給されたら、戦争の結果すら変わる」
「そ、そんな大げさな……」
(ただの栄養補給なのに……)
「大げさではない」
エルザ様は、俺の店(?)を囲む冒険者たちを、鋭い視線で一瞥した。
「こんな場所で、こんなものを無防備に売るな。危険すぎる」
「え……?」
エルザ様の言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。
だが、周りの冒険者たちの目を見て、すぐに分かった。
彼らの目が、変わっていた。
さっきまでの好奇や野次の目ではない。
欲望と、殺気だ。
「おい……聞いたか?」
「国の運命を左右するってよ」
「あんなもんが手に入れば……俺たちもSランクになれるんじゃねえか?」
「……奪うか」
数人の冒険者が、武器の柄に手をかけた。
まずい。
俺はミーナちゃんの手を引いて逃げようとした。
だが、それよりも早くエルザ様が動いた。
「――愚か者どもが」
ゴオッ! と、エルザ様の体から、さっきとは比べ物にならない魔力の嵐が吹き荒れた。
青白い雷が、彼女の全身を包む。
「ひいっ!」
「目が、目がぁ!」
殺気を向けていた冒険者たちが、一斉に地面にひれ伏した。
「この男に手を出す者は、私が相手になる」
エルザ様の冷たく、威厳のある声が響き渡る。
「Sランク”雷鳴の魔女”エルザが、この料理人リオ・アシュトンの庇護を宣言する」
「ひ、庇護!?」
「Sランク様の庇護だと!?」
「そ、そんな……手が出せねえ……」
「に、逃げろぉ!」
冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすようにギルドから逃げていった。
あれだけ騒がしかったギルドのホールが、嘘のようにがらんとしてしまった。
残されたのは、俺と、ミーナちゃんと、エルザ様の三人だけ。
あと、遠くのカウンターで一部始終を見ていたギルド職員さんが、呆然と口を開けていた。
俺は、その場にへたり込んだ。
「あ……あ……」
「助かりました、エルザ様……」
「礼はいい」
エルザ様は、もう魔力を収めていた。
「だが、このままではお前は危険だ。いずれ他の連中に狙われる」
「そ、そうですよね……」
俺は恐怖で体が震えた。
「お前、店を持て」
「へ?」
エルザ様の唐突な提案に、俺は間抜けな声を上げた。
「み、店ですか!? む、無理です! 俺にそんなお金は……」
「賛成!」
俺の言葉を遮って、ミーナちゃんが叫んだ。
「絶対に店を持つべきだよ! 露店じゃ危ない!」
「しかし、金が……」
俺が言いかけると、エルザ様は別の金袋を取り出し、俺の足元に投げた。
チャリ、と重い音がする。
「金は私が出そう。投資だ」
「と、投資!?」
「その代わり、と言ってはなんだが」
エルザ様は、俺が先ほど作った保存食の残りを、大事そうに懐にしまった。
「店ができたら、私専用にこの保存食を卸せ。最優先でだ。いいな?」
「は、はい! もちろんです!」
(お金まで出してもらって、ただでさえお世話になってるのに!)
「それと」
エルザ様は、ミーナちゃんを顎でしゃくった。
「この小娘を雇え」
「へ? ミーナちゃんを?」
「そうだ。お前一人では、金勘定もできずに、三日で破滅するのが目に見えている」
「う……」
(ぐうの音も出ない……)
俺が戸惑っていると、ミーナちゃんが目を輝かせて俺に飛びついてきた。
「やったー! お兄さん!」
「わっ!?」
「私、リオお兄さんの店の経理になる!」
「け、経理?」
「うん! 私に任せて! 絶対に大儲けさせてあげるから!」
小さな体で、俺に力強く抱きついてくる。
(こ、こうして、俺は店を持つことになってしまった……)
(しかも、Sランク冒険者がスポンサーで、小さな女の子が経理担当……)
現実感が全くなかった。
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