第4話

「私を雇って! あなたの料理の価値、私がちゃんと分からせてあげる!」

少女の甲高い声が、ギルドの隅に響いた。

俺は、Sランク冒険者エルザ様の圧力と、少女の突然の申し出に挟まれて、完全に固まってしまった。

「え……? ええっと……?」

「なんだ、あのガキは」

「度胸だけはありそうだな」

「Sランク様の前で騒ぐとか、死にたいのか?」

遠巻きに見ていた冒険者たちが、ヒソヒソと噂している。

俺の目の前に立つ少女は、そんな視線をものともせず、エルザ様を睨みつけていた。


エルザ様は、怒るかと思いきや、面白いものを見るように片方の眉を上げた。

「ほう。小娘、名はなんという」

「ミーナよ! この街のミーナ!」

少女――ミーナちゃんは、痩せた胸を張って答えた。

「ミーナか。で、お前が私の前に割り込んで、何をしたい?」

「交渉よ!」

「交渉だと?」

エルザ様の声が、少し低くなる。

空気がピリついた。

俺はもう泣きそうだ。

「ひっ……! み、ミーナちゃん、ダメだよ! Sランクの方に……!」


俺が止めようとすると、ミーナちゃんが俺を振り返って一喝した。

「お兄さんは黙ってて!」

「えっ」

「お兄さんの料理は、銅貨なんかで売るものじゃない!」

「で、でも、ただの保存食だし……」

「ただの保存食で呪いが解けるわけないでしょ!」

ミーナちゃんは、俺が持ってきた大量の高級食材を指さした。

「それに、こんなすごい材料を使ってるんだよ!」

「あ……」

確かにそうだ。

エルザ様が持ってきた食材は、俺が王都でさえ見たことのないような最高級品ばかりだった。

(こ、これを銅貨で売ったら、とんでもない赤字だ……!)

俺は今さらながら、自分の金銭感覚のなさに青ざめた。


「だから、私が管理するの!」

ミーナちゃんは再びエルザ様に向き直った。

「お兄さんは料理を作るだけ! 売るのは私がやる!」

「ふむ」

「まずは、あなたから適正な価格をもらうわ!」

「……いいだろう」

エルザ様はフッと口の端を吊り上げた。

「小娘、お前が値段をつけろ。私が納得すれば、その額で買ってやろう」

「えええ!?」

俺は素っ頓狂な声を上げた。

Sランク冒険者が、こんな小さな女の子の言い値で買うなんて。

周囲の冒険者たちも「マジかよ」「エルザ様、気まぐれだな」とざわついている。


ミーナちゃんは、一瞬たりともひるまなかった。

それどころか、挑戦的な笑みさえ浮かべている。

「じゃあ、決まりね」

彼女は、俺がこれから作ろうとしている保存食セット――干し肉数枚、黒パン一個、乾燥果物一袋――を指差した。

「これで、金貨10枚!」

「「「き、金貨10枚!?」」」

俺と、周りの冒険者たちの声が重なった。

「ば、馬鹿かあのガキ!」

「金貨10枚って、Cランクの討伐依頼まるまる一個分だぞ!」

「足元見すぎだろ!」

「ポーションだってそんなにしねえよ!」

野次が飛ぶ。


俺も慌ててミーナちゃんの袖を引いた。

「み、ミーナちゃん! さすがにそれは……! ぼったくりだよ!」

「ぼったくりじゃない!」

ミーナちゃんは俺の手を振り払った。

「お兄さんは自分の料理の価値を分かってないだけ!」

彼女はエルザ様をまっすぐに見つめる。

「ねえ、Sランクの人! あなたの仲間の呪いは、普通のポーションで治ったの?」

「……いや。高位の解呪薬(エリクサー)でも効果がなかった」

エルザ様が淡々と答える。

その答えに、周りの冒険者たちが息をのんだ。

エリクサーでも治らない呪い。

それが、俺の料理で解けたというのか。


「ほらね!」

ミーナちゃんは得意げに言った。

「エリクサーがいくらするか知らないけど、金貨10枚でも安いくらいでしょ!」

「……」

エルザ様は何も答えない。

ただ、ミーナちゃんをじっと見つめている。

(だ、ダメだ……怒らせてしまった……!)

(俺たち、この街から追い出されるんじゃ……)

俺が恐怖で震えていると、エルザ様は、ゆっくりと懐から革袋を取り出した。

そして、重い音を立てて、俺の店の台にそれを置いた。

チャリン、という音ともに、金色の輝きが見えた。

金貨だ。

間違いなく金貨が、10枚以上入っている。


「いいだろう。買った」

「「「えええええええ!?」」」

またしても、俺と冒険者たちの声が重なった。

「ま、マジで払ったぞ……」

「Sランク様、金銭感覚どうなってんだ……」

エルザ様は、俺に向き直った。

その青い瞳は、笑っていなかった。

「リオ・アシュトン。今すぐ作れ」

「は、はいぃっ!」

俺は飛び上がるように返事をした。

「ただし」

エルザ様の冷たい声が続く。

「金貨10枚分の効果がなければ、お前たち二人を、この街から叩き出す」

「ひっ……!」

(やっぱりそうなった!)


俺は、エルザ様の威圧と、周囲の好奇の目にさらされながら、震える手で調理(下ごしらえ)を始めた。

(だ、ダメだ……手が震えてスパイスの配合が……)

(落ち着け俺……! いつも通りやるんだ!)

俺は、宮廷でドニ料理長に罵られながら作業していた頃を思い出した。

あのプレッシャーに比べれば、まだマシだ。

(これは、ただの保存食だ)

(栄養があって、長持ちして、効率よく食べられる、いつもの料理だ)

俺は自分に言い聞かせ、無心で手を動かし始めた。


最高級の赤身肉。

これを薄く切り、秘伝のスパイスと岩塩を揉み込んでいく。

宮廷では「家畜のエサ」と言われた、栄養価だけを追求した配合だ。

次は黒パン。

水分量を極限まで減らし、乾燥させた薬草を練り込む。

これを固く、小さく焼き上げる。

最後は乾燥果物。

これも栄養価の高いものだけを選び、丁寧に乾燥させて甘みを凝縮させる。


俺が作業に集中し始めると、不思議と手の震えは収まっていた。

周りの騒音も、エルザ様の圧力も気にならなくなる。

俺はただ、食材と向き合う。

どうすれば、一番効率よく栄養を摂取できるか。

どうすれば、一番長く保存できるか。

それだけを考えて、手を動かし続けた。


やがて、試作品と呼ぶべきものがいくつか出来上がった。

まだ完全な完成品ではない。

乾燥時間も足りていない。

でも、エルザ様は「今すぐ」と言った。

「あ、あの……できました」

俺が恐る恐る差し出すと、エルザ様はそれをひったくるように受け取った。

そして、真っ黒な干し肉を、ためらうことなく口に放り込んだ。

ギルドの隅に集まった全員が、固唾をのんで見守っている。

エルザ様は、硬い干し肉を数回噛みしめた。

その瞬間。

彼女の青い瞳が、カッと見開かれた。

「……! こ、これは……!」

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