二十一話 価値がある瞳



父の嫌味な言い方にエリーゼは困惑している。そもそも、はっきりと金を貸してくれと言えばいいのにまるで立場を利用して金を必然的にあげないといけない状況にしようと企むその物言いが気に入らない。私は腹立てているのを悟られないように必死だった。

「いきなり何を言い出すの?」

エリーゼは困惑で声を震わせる。グレイは嫌味に笑うだけ。

「親孝行というやつだよ。君はそろそろいい年齢なんだしするべきだ」

エリーゼはそれに歯軋りしたあと言う。

「でも、お母さんの医療費も、亡くなったあとのお金は全部私が」

「だから?」

グレイは冷たく言い放つ。

「母にはしたのか。なら私には?尚更するべきじゃないか?」

エリーゼは瞳を揺らす。それはもう笑顔じゃ隠しきれない呆れと怒りと恐怖。

「自分が何言ってるかわかってる!?母のことを何もしなかったお父様にしてあげられることは、貴方が死んだ後のことよ!」

エリーゼがそう身を乗り出して言えばグレイはエリーゼの頬を殴った。エリーゼは床に叩きつけられる。私はエリーゼに駆け寄った。痛みより恐怖で震えるエリーゼの瞳に輝きは失せる。ただ、じっとグレイを映している。私はグレイを見た。グレイは酷く顔を歪めていて、それがもう人間じゃなくて化け物みたいで恐ろしい。グレイは、エリーゼにもう一発殴ろうと手を翳した。私は慌ててエリーゼの上に被さる。グレイを止められる程強くは無いが、してやれることだけはしたかった。背中が痛もうがどうでもよかった。

横腹を蹴られた時、胃液が逆流するような気持ち悪さを覚えて腹を抑える。その衝撃でエリーゼから離れてしまった。

「旦那様!」

そばで使用人が声を上げるから「警察を呼べ!」と叫んだ。使用人はバタバタ走り出す。それを聞いて逆上したグレイはとうとう懐から古いピストルを取り出した。そして、それをエリーゼに向けるから私は痛みも忘れてグレイの腕を掴んだ。

「いいかエリーゼ!!お前は母の、あのアバズレから生まれたガキだ!お前も所詮ただの女!金も出せないなら死ぬか私に奉仕するしかないんだよ!!!」

酷い怒号をエリーゼに聞かせたくなかった。私は男にしては弱い力でグレイを抑えるけどグレイの凶暴化された力の前では無力だった。

「お前は見た目だけは悪かない!さっさと身売りでもして私に金を入れろ!」

グレイの声に声を上げて泣くエリーゼに胸が痛む。

グレイは私を振り払った。グレイの狙いが私に変わったのだ。グレイは私の首を掴んで馬乗りになった。こんなに苦しいのは初めてかもしれない。私はグレイにピストルを向けられていた。視界が白むなかでエリーゼの姿を必死に探した。エリーゼの目が絶望に染まる。

「やめてお父様!ごめんなさい!なんでもするから、博士を離して!」

エリーゼの懺悔の声。私は、一か八か円運動に賭けることにした。ぐわっと力を入れてグレイを回せば案外簡単に立場は逆転した。グレイの頭を床に押し付けて、後ろで手を掴む。

円運動とは!と語りたいくらいの成果に身震いがするが、それどころではない。

後ろで警察が現れる音がする。

「グレイ・スワン。最後に言っておく。二度と、ここには来るな。そして、エリーゼに近づくな」

唸り声を最後に、警察に取り押さえられた父 グレイを、私とエリーゼは見ていた。私はエリーゼにブランケットを掛けた。酷く体は冷たくて、異常な震え。

「医者を呼ぼうか?」

私がそう言えばエリーゼは首を横に振る。私がエリーゼを抱きしめればエリーゼは、私にキスをした。

「終わったわ」

震えた冷たい唇でエリーゼは言う。

「全て終えたわ」

エリーゼは歪に笑って、私に何度もキスをした。それに応じていいのかわからないで、私はただ抱きしめていた。

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