第3話 ちいとり(ちいさくて、かわいそうな鳥のはなし)

残酷童話風なので苦手な方は読まないでね。ほのぼのを期待する人もやめておいてね。



しとしと、ととと。夜が降りる。月も星も出ない。森の奥から、湿った空気が、じとりと草を濡らしている。1羽の小さな鳥が羽を小さく震わせながらこの知らない森を歩いていた。名前はリリ。


森を歩く少し前、小鳥のリリは、高い木の上の巣の中で母様を待ち続けていた。

朝に飛び立ってから、昼になっても夕ぐれになっても帰ってこなかった。リリは巣の縁に座って、空を見上げては『もうすぐかしら』と小さくつぶやいた。はじめはお腹がすいていたけれど今はもう忘れてしまった。

リリはテーブルの周りをその羽を使ってきれいに掃除した。母様が帰ってきたとき、居心地の良い家で迎えたかった。


「もうすぐ夜が来るわ、母さんを迎えにいったほうがいいかしら?」

でも……母さんは『巣から出てはいけない』と言っていた。リリは巣の縁でそわそわと羽を震わせた。

リリの母様はいつも寝る前に子守唄を歌うように言い聞かせていた。

「ねぇ、おりこうなリリ。母さんが戻るまで、けっして、巣から出てはいけません。それからね、私達は、光るものを見ても、近づいてはいけないの」

おりこうなリリはいつもコクリとうなずくが、この森に光る美しいものを、いつか見てみたいと思っていた。


黒い鳥がリリに話してくれる、光るかたつむり、羽を広げ青く光る虫。緑に光るきのこ。ピンク色にほのかに光る何かの鉱石。

どれもうつくしい森のたからもの。

「わたしの羽に飾ったらきっときれいね。でも母様にはもっとお似合いね」


その時何かの音がヒューッとした。リリは母様が戻ってきたわと、巣の入り口へ急いだ。その瞬間、恐ろしいかまいたちのような風に攫われ、リリは遠くへ飛ばされた。そこは知らない暗い森の中だった。

「母様はどこかしら?」


森の空に月と星が戻ってきた。

ふと、リリは暗がりに、きらきらと光るものを見つけた。小鳥のリリは光るものが大好きだった。

『ヒカリモノが好きだなんて、あの子はまるでカラスみたい……』

母様のいつもの心配そうな声を思い出したけれど、リリはもう、その輝きから目を離せなくなっていた。


それは、古木の幹に絡みつく、美しい網だった。 露を吸い込んだ糸が、オニキスのように輝き揺れている。

こっちへおいで こっちへおいで。


「きれいな、ひかるおうちだわ。ちょっとだけなら、いいわよね」

リリは、そっと網に近づき、そっと足で触れた。すると、網は、じわりとリリの小さな細い足に絡みついた。ぺたりぺたり。

足をあげようとしたが、動きにくい。べとべとと気持ち悪い、ねとりとした粘液がもっと絡みついてくる。


「どうしたのかしら」 リリは体を揺らして、網から抜け出そうとした。 しかし、うごけば、なぜだか網はきつくなる。絡みつくほどに、リリの羽を、そして、その小さな体を、がんじがらめに縛りつけた。


そのとき、網の真ん中から、ぬうっと、黒い影が現れた。それは、あまりに大きく、あまりに黒かった。


まずは小さな低いうなり声がググッグ、ゲゲェゲと響き、しばらくゆらゆらと揺れ、ついに声となった。

「おや、おや、ちいさな、かわいいお嬢さん」 低い、粘つくような声が、闇の中から聞こえた。

「この網は、小鳥のために、特別に編んだものだよ」


リリは、恐怖で身動き一つできなかった。その黒い影には、無数の、小さな、小さな目が、ちかちかと、星のように瞬いているのが見えた。そして、その目の一つ一つが、リリを、愛おしむように、じっと見つめている。

「父さまのようなお目めだわ……」


「きみは、いい匂いがするね。太陽の、あたたかい匂いがする」

影が、ゆっくりと、リリの方へ近づいてくる。 網の糸はブラックオニキスの光を持ちながらぬらぬらとしていたが、もっともっとと言うように軋む音を出していた。


「ここに来た子は、みんな、そう言うんだ」 影のそばに、もう一つの黒い塊が、ゆらりと現れた。 それもまた、無数の目を光らせている。


「でもね、ここは、オニキスの家なんだ。オニキスは魔除けの石だって、知ってるかい?このきれいな黒く光る家は、守られてるんだよ。

家って言うのは安心できるのが一番だ」


影の主が、リリのすぐそばまで来た。リリの瞳に、その巨大な影が、まるで夜空のように映り込む。そして、その影から、八本の毛深い足が、ぞわぞわと、ゆっくりと伸びてきた。


「きみのひかりは、もう、いらないよ」

足の一本が、リリの小さな頭に、そっと触れた。 べとべととした、粘液のようなものが、リリの羽毛に絡みつく。


リリは、最後の力を振り絞って、叫んだ。 「お母さ……」


翌朝、オニキスの家は、朝の光を受けてなお一層黒く輝いていた。翌朝、オニキスの家は、朝の光を受けてなお一層黒く輝いていた。

その上を、一羽のカラスが、何事もなかったように飛んでいった。


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