第2話 雲の城を再生せよ!ゲームクリエーターの私、異世界でコンサルタントになりました

勤務先の遊園地で、園内コンビニで買ったサンドイッチを昼食に取っていたら、足元でポテチの空き筒が転がってた。


「ゴミ、捨てないとな」

手に取ろうとした瞬間。


「キュー!」

中から白いもふもふが飛び出してきた。


「うわっ!?」

子猫だ。顔が筒に挟まって取れなくなったらしい。仕方ないから引っ張り出してあげると、もふもふは嬉しそうに私の膝に飛び乗ってきた。


「君、捨て猫?」

すると。

「捨て猫ではございません!」


えっ。

「雲猫のもくべえと申します!」

……しゃべった。

いや、しゃべったよね? 今。確かに。人の言葉で。


「お礼に、雲竜城へご招待いたします!」

もくべえと名乗った白い毛玉が、執事みたいなポーズでお辞儀した。上目遣いの瞳がうるうるしてる。


「雲竜城? 竜宮城なら聞いたことあるけど」

「はい! 空の上にある素晴らしいお城です。竜宮城なんて目じゃありません!」

「空の上ねぇ……ごめん、忙しいんだ」

私は肩をすくめた。


空? そんなもの見上げたの何年ぶりだろう。


私は相沢茜、二十三歳。二と三で、年齢の重みが違うって最近思う。大学行った子も働きだしたもんね。

アタシはフリーター。昼間は遊園地でバイト、夜は趣味のゲーム作り。独学で始めた制作は、インディーズ市場でそれなりに評価されてきた。


それなりに、だけど。

「ゲームで生活するのが夢なんだよねぇー」


なんとなく限界を意識しつつ、堅めのグミをグッと噛んだ。座り過ぎでお尻も痛い。

「新しい低反発クッション、買わないとなぁ」でもその時間も惜しいんだ。


新作の『OnsenParK』は何度作り直しても納得いかない。キャラは記号的、ストーリーは添え物、ゲームバランスもいまいち。


好きなシミュレーションゲームを作ってるはずなのに。子供の頃から大好きだったSLG。プレーヤーがお店を作ったり町や文明を発展させたりするゲーム。はじめてプレイしたとき、ままごと!ミニチュアみたいって大感激したの覚えてる。


そういや、さっきのあれ。白い子猫が人の言葉を話した?

うーん、今はそれどころじゃないよね。やること多すぎ!ゲーム作りも楽じゃない。



それから、もくべえは毎日現れた。


「虹色に輝く雲が見られます!」

「星が手に取るように近いんです!」

「雲でできた温泉もあるんです!」


「だから興味ないって」


今日も遊園地のバイトでぐったり疲れ切った。バイトなのに、やること多すぎ。先月から任された備品の発注作業を速攻片づける。


「茜ちゃん、パソコン得意なんだってね。ね、これ頼むよぉ。おじさんの時代はさぁ、パソコンなんてなかったからねぇ、今の子はいいよねぇ」

なんて言って、事務所のおじさんに頼まれた。


外の仕事の合間をぬって、アタシは発注作業をちょこちょこやってる。まぁ、それはまだ我慢できる。

その間、タバコ休憩にいってダラダラして、アタシよりずっと高い給料もらってるおじさんに納得できないだけ。


凝った肩をグルグル回しながら事務所を出ると、目の前はさびれた遊園地。リューアルの話は何度も出ては消えた。お金がないらしい。


目を閉じる。昭和レトロでノスタルジックな遊園地なら、それを活かせばいいのに。お金をかけずに集客する方法はいくらでもある。テレビで見たことあるよ。アタシならこうする。次々とアイデアが浮かんでくる。


でも、それを実行する立場じゃない。


「アイディアマンじゃん、アタシ」

自嘲気味に笑った。


今作ってる『OnsenParK』は、つぶれそうな温泉をプレイヤーの女将が立て直すシミュレーションゲーム。発展させると、テーマパークみたいな温泉地になる。


でも、ストーリーがつまらない。キャラが生きてこない。

「どうして思うようにいかないんだろう」


ぼんやりしてると、雲猫が足にしがみついた。


「お願いします!」


涙と鼻水で毛がぺしゃんこになってる。


「このまま帰ったら怒られるんです! それに最近、竜宮城に客を取られっぱなしで、先月の来城者数は98人。目標の10分の1にも届いていません」


もくべえはしょんぼりした様子で続けた。

「雲竜城と竜宮城は昔からライバルなんです。でも最近は完全に向こうの勝ちで。このまま三ヶ月、収益改善がなければ、リストラに入ると言われています。雲姫様は毎日泣いてるし、天空展望レストランなんて、もうすっかりさびれて……」


あれ?この状況。

「来場者数98人、目標未達、リストラ警告」。これって自分が作ってる『OnsenParK』でプレイヤーがまず直面する「倒産危機」のシナリオそのものじゃん。

「わかった。行く」

「本当ですか!?」

「でも、アタシなんか役に立たないと思うけど」

「とんでもない!茜さんはきっと、雲竜城を救ってくださる!」

もくべえの目がキラキラ輝いた。



「さあ、こちらです!」

もくべえが宙に浮かんで、ふわりと上昇していく。


「待って待って!」


手を伸ばした瞬間、視界が真っ白になった。

次の瞬間。


「うわ……」


足元に柔らかい感触。雲だ。真っ白な雲の絨毯が果てしなく広がってる。頭上には満天の星。地上じゃ見えない小さな星まで、キラキラ輝いてた。


遠くに浮かぶ城は、虹色の光を纏って揺らいでる。透明感のある尖塔、真珠みたいな白い壁。風が吹くたび、城全体がちょっとだけ形を変える。


「きれい……」思わず呟いた。

SNSで見る加工写真じゃない。CGでもない。本物。


でも。「人、いないね」


城の周りには人影がほとんど見えない。広い庭園も、キラキラ光る噴水も、誰もいない。

美しいのに、寂しい。胸がちょっと痛んだ。



「雲姫様、お客様をお連れしました!」


もくべえに導かれた宮殿の奥。


そこにいたのは、雲でできたドレスをまとった女性だった。

絵画から抜け出したような美しさ。でもその表情は、私が鏡で見る自分の顔によく似てた。


疲れて、傷ついて、それでも笑おうとしてる顔。

「ようこそ、雲竜城へ」


雲姫の声は透き通ってたけど、どこか震えてる。無理に笑顔を作ろうとして、すぐに俯いた。

目の前の透明な雲のパネルには、城の現状を示す経営指標が映し出されていた。


月間来城者数は98人、目標は1,000人。

前月比マイナス2%


天空展望レストラン稼働率8%、目標50%

ランチタイムの予約ゼロ


顧客リピート率(LTV)5%、目標20%

お土産の売上がゼロに近い


清算までのリミット残り90日

収益改善の見込み限りなくゼロ


「すみません。お恥ずかしいところを……今朝も竜宮城の集客数を聞いてしまって。向こうは連日満席だそうで。こちらは……今月の来城者がまだ二桁にも届いてません」


ああ。

この感覚、知ってる。


自分のゲームのダウンロード数と、ランキング上位のゲームの数字を見比べて、胃が痛くなる感覚。


「どうして私には魅力がないのでしょう。竜宮城の乙姫様みたいに、みんなを惹きつけることができたら」


宮殿の中は確かに立派だった。でも人気がなくて、がらんとしてて、静かだった。スタッフっぽい雲の生き物たちが暇そうに掃除してる。

「私は何のためにここにいるのでしょう」

雲姫の呟きが、茜の胸に刺さった。自分のゲームが誰にも届かない虚しさと同じだ。



「お食事の用意ができました」


案内された食堂は天井が透明な雲でできてて、星が降ってきそうなほど近かった。

テーブルに並ぶ料理は、どれも雲みたいに白くて、ふんわり軽やかで、でも確かな満足感があった。


「この黒蜜は、夜空に溶ける蜜雲の雫です。夜の間に集めて、朝いちばんに採取します」

シェフが説明する雲デザート。ミルク餅みたいなぷるぷる食感に、黒蜜ときな粉。口の中で溶けていく甘さが、疲れた心に染み込んでいく。

「美味しい……」

本当に美味しい。


なのに、この広い食堂には私と雲姫、それにスタッフしかいない。


テーブルの向こうで、雲姫がじっと窓の外を見つめてた。虹色に輝く雲を背景に、その横顔は絵画みたいに美しくて、絵画みたいに動かなかった。


ふと、自分が作ったゲームのレビュー欄を思い出した。

『グラフィックは綺麗だけど、キャラに魅力がない』

『システムは良いのに、心に残らない』

『星1つ。時間の無駄だった』


美しいだけじゃ、足りない。

でも、何が足りないのかが分からない。


スマホを見る。『OnsenParK』のプレイ動画を配信してる人がいる。でも再生数は伸びない。コメント欄も静かだ。


作っても、作っても、誰にも届かない。

「雲姫様」

私は口を開いた。やれること、まだあるはず。いいものあるんだから。

「問題は、魅力じゃないと思います」

雲姫が顔を上げた。その瞳に、かすかな光が宿る。

「集客の、仕方です」


「城の美しさや料理は『最高の素材』です。でも、『集客の入り口から出口まで』が機能していません。まず、アクセス方法が不明確。どうやってここに来られるのか、誰も知らない。つまり、導線が断絶しています。そして、来た人が何をすべきか、明確な目標がない。


立ち上がって、雲姫の示すパネルの数字を指差した。アタシの口からすらすらと専門用語が出てくる。経営ゲーム作りのためにビジネス本を読みまくった成果だ。


「このリピート率5%が、全てを物語っています。素晴らしい景色や料理だけでは、誰も二度目は来ません。参加できる体験、持ち帰れる思い出、共有したくなる瞬間。そういうものがお客様には、必要なんです」


「茜先生!のご指摘通りですわ」

雲姫の目が、だんだん輝いてきた。


「アクセス方法が不明確なんです。どうやってここに来られるのか、誰も知らない」

立ち上がって、宮殿の中を歩きながら続けた。

不思議だった。さっきまで疲れ切ってたのに、言葉が自然に溢れてくる。まるでゲームを作ってる時みたいに。


「それで茜先生、私達どうすれば?」

「コンサルティングして欲しいよー」

アタシは力強くうなづいてみせた。

「雲の温泉も、星空も、この料理も、全部素晴らしい。でもそれだけじゃリピーターは生まれません。参加できる体験、持ち帰れる思い出、共有したくなる瞬間、そういうものが必要なんです」


雲姫の目が、もっともっと輝いてきた。

いつの間にか多くの雲猫、雲犬、雲うさぎたちが集まってアタシの話を聞いてた。


「例えば、雲の形を自由に変えられるワークショップ。星つかみゲーム。お土産は絶対必要です。お客さんは思い出を持ち帰りたいんです。猫雲や星の形にした特製綿菓子チャームとか」


「なるほど……!」

「それから」

窓の外を指差した。


「あの虹色の雲、最高のロケーションです。あそこで写真撮れるスポット作って、『#雲竜城で会いましょう』ってハッシュタグつけてもらう。これで一気に集客の導線(アクセス)を確保できます。きっと、雲竜城の美しさが世界中に広がりますよ」


一度話し始めると、次々とアイデアが飛び出した。

「すごい……!」雲姫が手を叩いた。

「茜さんって、本当にすごいのね」

「アタシ、シミュレーションゲームが得意なんです。小さい町を大都市にしたり、牧場を発展させたり。今、自分でも作ってて。

課題を具体化して、目標を数値で追いかける。ゲームを立て直すのも、遊園地を立て直すのも、基本は同じです」

「やっぱり才能がおありなんですね!」

雲姫の笑顔を見て、心が温かくなった。


久しぶりに、誰かに必要とされてる気がした。


「それに、お土産は絶対必要です。アタシのゲームでも実装しましたけど、お客さんは思い出を持ち帰りたいんです。猫雲や星の形にした特製綿菓子チャームとか」

「これで竜宮城に勝てる!」


黒い雨雲でできた黒雲犬がガッツポーズ。

「乙姫なんかに負けないぞ!」

そのころ、海の底の竜宮城で。

「くしゅん!」乙姫がくしゃみをした。


「茜さん、本当にありがとう」


雲姫は私の手を握った。その手は雲みたいに柔らかくて、でも確かに温かかった。


「あなたに出会えて、本当によかった」

私も雲姫の手を握り返した。

「私こそ。実はアタシも、ゲームのシナリオ作りで行き詰まってたんです。でも、こうして話してると……」


言葉を探す。


「もっと素直に、主人公が悩んだり困ったりする様子を書けばいいんだって。完璧じゃなくていい。不完全で、それでも頑張ろうとする姿が、人の心を動かすんだって」

雲姫は微笑んだ。


「それは私も同じです。乙姫様みたいに完璧じゃなくても、私らしくあればいいのかもしれません」


二人で窓の外を見た。虹色の雲が風に揺れて、星が瞬いてる。


「茜さんは、なぜゲームを作るんですか?」

雲姫の問いに、ちょっと考えた。

「最初は……認められたかったのかも。でも今は」

自分の胸に手を当てる。

「誰かを楽しませたい。誰かの心を、少しでも軽くしたい。そう思うんです」

「素敵ですね」

雲姫の声が優しかった。



それから一ヶ月後。

雲竜城は見違えるように賑やかになった。


園内を歩く人たちは雲のカチューシャをつけてる。雲猫たちはスタッフとしておもてなしに大忙し。


雲竜城天空展望レストランのシェフも笑顔だ。『ふわもくシフォンケーキ』の売れ行きがいい。オレンジマーマレードを加えた茜雲のシフォンケーキも開発中らしい。

黒蜜がけぷるぷるミルク餅は、子供からお年寄りまで大人気。天空展望レストランの最上階、眼下に広がる雲海を見ながら、みんなが舌鼓を打ってた。


雲のアスレチック場では子供たちが歓声を上げ、星座プラネタリウムは連日満席。雲職人体験コーナーでは、お客さんが思い思いの形の雲を作って楽しんでる。


SNSには『#雲竜城で会いましょう』のハッシュタグが日増しに増えていった。


「茜さん、見て!」

雲姫が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「今日の来城者数、ついに竜宮城を上回ったの!」

「マジですか!?」


雲姫が示すパネルの数字はこうなっていた。


月間来場者数は、125%の目標達成。

天空展望レストラン稼働率だって、8%から65%に改善、ランチタイム満席。

お土産の売り上げも特製チャームの売上貢献大。


「ホント、すごい改善されてます」

アタシは口をぽかんとあけてしまった。

「ええ! しかも、竜宮城から視察団が来るって連絡があったの」

その時、宮殿の入り口がざわめいた。



「わあ、すごいじゃん雲竜城!」

「この雲すべり台、うちにも欲しい!」

「乙姫様、これ体験してみましょうよ!」


やってきたのは、きらびやかな着物を着た女性と、カラフルな魚たち。

竜宮城の乙姫一行だ。

「あら、乙姫様」

雲姫が上品に会釈した。


「雲姫ちゃん!」

乙姫が雲姫の手を握った。見た目は優雅だけど、話し方はフランク。成功者特有の、底抜けに明るいオーラがあった。


「いい感じじゃん! 実は最近、うちのお客様が『雲竜城の方がヤバい』って言うから、これは一大事と思って」

ちょっと驚いた。ライバルというから、もっと敵対的かと思ってた。


「あの、お二人はライバルなんですよね?」

もくべえに小声で聞くと、苦笑しながら頷いた。

「昔から何かと張り合ってるんです」


乙姫は雲のアスレチックで大はしゃぎし、星つかみゲームでは「うちの方が上手じゃん!」と魚たちと競争してた。雲職人体験では、巨大なタコの形の雲を作って得意顔。


「うーん、やられたよ」

乙姫が雲姫の前で頭を下げた。


「完全にうちらの負けかも。でも、お願いがあるんだ」

「はい?」

「今度、竜宮城と雲竜城の合同イベント、やろうよ。海と空のコラボ! きっとみんな喜ぶって」


雲姫と私は顔を見合わせて笑った。



私は新作ゲーム『OnsenParK』を完成させた。


雲竜城での経験が、全部の悩みを解決してくれた。さびれた温泉を復活させていくゲームには、女将とスタッフやお客さんとの繋がりが丁寧に描かれてた。そして、ライバルの登場。


そしてやりこみ派のために、『OnsenParK』の冒頭には、温泉宿の経営を数値目標として提示するUIを組み込んだ。プレイヤーは「集客目標」や「リピート率」といった具体的な数字を追いかけ、課題を解決していく喜びが与えられた。初心者向けにはコンサルタントを用意。適切なアドバイスが与えられるので、つまづいてその先に進めないことはないと思う。


ストーリーとシステム面の大幅強化、目がショボショボするけど、やり遂げた感でいっぱいだ!


ついに雲竜城との別れの日がやってきた。

「これでお別れですね」

自分でもおどろくほどの、寂しそうな声。


「いえ、私たちはもう友達でしょう?」

雲姫が微笑んだ。

「きっとまたお会いできますよ。あなたのゲームを通して」

「ゲーム?」

「『OnsenParK』、楽しみにしていますわ」


もくべえが私を見上げて言った。

「私たち、ゲームでも働かせてくださいね」

「そうそう、乙姫様も『私も出して』って言ってましたよ」

雲姫もくすくす笑ってた。



スマホのアラームが鳴った。


気がつくと、自分の部屋のベッドで目を覚ましてた。朝七時過ぎ。昨夜は確か、ゲーム『OnsenParK』の最終チェックに疲れてそのまま眠っちゃったんだ。

「夢か……」

欠伸をしながら起き上がると、パソコンの電源を入れた。『OnsenParK』の画面が表示される。


でも、何かが違ってた。


昨日まで悩んでたキャラクターデザインが、見違えるほど美しく仕上がってる。雲みたいに白い案内キャラクター、虹色の着物を纏った女将のキャラクター。海の生き物を連れた謎の隠しキャラクターまで追加されてる。


「乙姫様まで……」


夢の中で提案したアイデアが、全部実装されてた。


実際にプレイしてみる。プレイヤーが温泉パークを発展させるたびに、女将やスタッフの動物たちが喜ぶセリフやモーションが生き生きとしてる。


スタッフが動物。最高のアイデア。


雲竜城の天空展望レストランのシェフに似た料理人たちも活躍し、温泉パークのお客さんに大人気。料理を開発しコレクションするのもやり込み要素になってる。


シャトルバスもゲームスタート時には数人だったお客さんが、やりこむにつれ満員になっていく。

「あっちも今頃、満員御礼かな」


窓の外を見上げると、青空に白い雲がぽっかりと浮かんでる。

雲を見つめながら、そっと呟いた。

「ありがとう、雲姫様」

雲がふわりと形を変えて、まるで手を振ってるみたいに見えた。



その日の夕方、『OnsenParK』はゲーム配信サイトでリリースされた。


最初の数時間は静かだった。でも、夜になると少しずつダウンロード数が伸び始めた。

翌朝、スマホを確認すると、レビュー欄に星が並んでた。


『まるで本当に雲の世界にいるみたい』

『キャラクター同士の友情に感動した』

『女将さんが悩んでる姿がリアルで、応援したくなる』

『隠しキャラの乙姫様、最高すぎる』


目に涙が滲んだ。

届いた。ちゃんと、届いた。


でも同時に、こんなレビューもあった。

『もっとキャラを深掘りしてほしい』

『続編期待してます』

『ここがもうちょっとこうだったら完璧なのに』


笑った。完璧なんて、ないんだ。

でも、それでいい。また次を作ればいい。もっと良いものを。



そして三週間後。

次のゲームのアイデアをスマホに打ち込もうとしたけど、なかなか浮かんでこない。

『OnsenParK』をひさびさに起動してみた。


「ねえ、たまには空を見てみない? 雲を見てみてよ」


メッセージが流れた。

あれ?アタシ、こんなメッセージ、入れたっけ?


「コンビニでも行こうかな」


外へ出て、河原に座って空を見た。

雲が浮かんでる。もくべえみたいな雲だった。


次回作のアイデアが次々湧いてくる。海と空の合同テーマパーク。きっともくべえも、雲姫様も、乙姫様も喜んでくれるはず。


もくべえみたいな雲が笑って見えた。

アタシはいつの間にか微笑んでいた。ポケットからスマホを出して次の新作のアイデアを書きとめた。


空には雲が流れて、風が吹いて、世界は続いていく。

私の物語も、まだ終わらない。


おわり


挿絵として「黒蜜ミルク餅」のレシピカードあります。

https://kakuyomu.jp/my/news/822139839091762845

https://kakuyomu.jp/my/news/822139839091595112

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