第二王子 ロベルト殿下 2
ひとしきり訓練の視察を終えた後、ロベルト殿下は軽やかな足取りで私達に歩み寄ってきた。
「さて、お付き合いありがとう。我が弟のご婚約者様には、少し退屈だったかい?」
「いえ、とても貴重な経験でしたわ。訓練場の空気は、屋敷とはまるで違っていて……とても刺激的でした」
思い返せば、この世界で目を覚まして初めて屋敷の外に出た。
異世界っぽい武器や中世ヨーロッパのような鎧、正直オタクな私はちょっと興奮していた。
私のそんな言葉に、ロベルト様はパッと目を輝かせ、
「よかった! ならばこのまま騎士団の裏庭を見ていくといい。少しだけ、楽しい遊びを用意してあるんだ」
「遊び……ですか?」
「そう! ただの見学で終わらせてはもったいない。世界にはね、思いがけず素晴らしいものが落ちているのだよ、レディ。たとえば今日は、水面水切り遊びをしようかと思っている!」
「……えっと?」
「ここでは見たことのない形の石が河原で拾えてね。それを水面に投げてバウンドして遠くに飛ばす! これが、とても爽快なのだよ……!」
演習場の脇を抜けて、私たちは騎士団詰所の裏庭にある小川へと向かった。
そこはごく自然な景観を残した小さな河川で、護岸もなく、野生の花が揺れ、鳥のさえずりが響いている。
ロベルト様はすぐに靴を脱ぎ、裸足のまま浅瀬に足を踏み入れていた。
王子がそんな恰好をしていいの⁉ と慌てたが、王子の御付きの人たちは何も言わないので、これが彼の通常運転なのだろう。
さすがに私はそこまでは真似できないが……その子供のような様子に、つい笑みがこぼれる。
「さあ、君たちも遠慮なく! 誰が一番遠くまで石を跳ばせるか、勝負だ! もちろん魔法はなしだ!」
そう言ってロベルト様が投げた石は、綺麗に水面に四回、五回と跳ねた。
その技術の高さに、騎士たちが「おおっ」と声をあげ、場がいっきに和やかになる。
「アルベルト殿下、あまりはしゃぎすぎて川に落ちないでくださいね!」
エリックが腕を組んで呆れ顔で言えば、アルベルト王子も真似して川岸にしゃがみ込み、慎重に石を選び始めている。
「リディア嬢もどうぞ。なかなか癖になりますよ?」
「わたくし、そういうのは……」
と言いかけたものの、やってみた欲に抗えず、結局はスカートをつまみあげてしゃがみ込み、小さめの石を拾ってしまった。
エリザが鬼の形相でこちらを見ているが今は見なかったことにしておこう……。
気づけば私もいい感じの石を拾い、川面に向かって石を投げていた。
「楽しい……!」
思い返せばこんな風に川で遊ぶなんて何年ぶりだろう!
アラサーだったから当たり前ではあるが、こんな風に子供のうように遊べるのは転生者の特権とで思っておこう!
私達の様子を見守る騎士たちも、はじめはどこか王子に付き合う公務の延長のような堅さがあったのに、ロベルト様の笑い声が響くたびに、ひとり、またひとりと口元が緩んでいったのが分かる。
「殿下、今日は勝ちすぎですよ」
「そうか? じゃあ次は左手で挑戦してみようかな! 君たちは風魔法なら使用を許可しよう!」
「いいんですか? 負けませんよ!」
気さくで、飾り気がなくて……でも誰一人として、ロベルト様を軽んじていないのが分かる。
騎士たちは、心からこの人を慕ってるんだ……。
ロベルト様は年齢的にはおそらく中高生くらいだと思うけど、たったひとりでこの場をほぐし、年齢も身分も超えて一緒に笑わせる。
それは、彼の「面白さ」のためではない。たぶん、「人を笑顔にしたい」という根っこが、本当にまっすぐな人なのだ。
「……うん、見えてきた」
この人は、〝気配り型エンターテイナー〟。自分の価値は人を笑わせることだと信じてる。そして、笑ってくれない人には自分が不要だと思ってしまうタイプ。
会社でいうと、営業職のトッププレイヤーという感じか。
──なるほど、これが婚約者がいない理由か……。
人懐っこさ、社交性、場の空気を読む力は抜群。だけど、真面目で静かなタイプからすると『落ち着きがない』と映ってしまう可能性がある。
……でも私には分かる。人の心の奥にまで届こうとするこの在り方は、むしろ誠実さの証だ。
「大事な弟であるアルベルトの婚約者様が楽しい女性で良かった! これからも弟を頼むよ!」
「……ロベルト様には婚約者が居ないとお聞きしました……こんなに楽しい方なのになぜなのでしょうか?」
私は、あえてさらっと聞いてみた。
しかし、不敬にあたらないか、機嫌を損ねないか、心臓はバクバクである。
ロベルトはふっと笑って、空を仰いだ。
「婚約者か……居ないというか、あまり探してこなかった。だって、まだ世の中には見たことのない『素晴らしいもの』が、こんなにあふれているのだよ?」
彼の横顔はまるで少年のように無邪気だった。
「僕はもっと知りたい。珍しい味の果実とか、見たことのない踊りとか、遊び、音楽、魔道具、それから——面白い人。愛とは、その先にあると思うのだよ。だから今はまだ、探してる最中って感じだな! 僕はまだ結婚なんて決められない。だって、まだこの世界に恋をしてる途中なのだからね! 」
自信に満ちた声。だけど、それは自惚れではなな。
〝何かを楽しむ〟ことに、誰よりも真剣な人の声だった。
……うん、この人に合う相手を見つけるには……かなり癖が強くないとダメだわ。
でもだからこそ、私の面接官目線が活きるってもんよ……!
私はアルベルト殿下とエリックが川遊びに夢中になっていることを確認し、二人に聞会話が聞こえないことを確認し、前世の面接官の時のような戦闘開始の笑みを浮かべた。
「ところで、ロベルト殿下。先ほどおっしゃっていた、『楽しい人』というお話……殿下のお好みというのは、やはりそのような明るい方なのですか?」
私が聞くと、彼はぴたりと動きを止め、腕を組んでわざとらしく少し考える仕草を見せた。
「うーん……好み、か。うん、そうだな。とにかく『驚かせてくれる人』が好きだな」
「驚かせて……ですか?」
「そう。僕が予想できないような発想をする人。例えば、王宮の晩餐会で天井の模様に興奮したり、真顔で『椅子が話してきました』って言ったり……」
……だめだ、この人の好み、正気で考えちゃだめだ……。
私を馬鹿にしているわけではないよね?
「……でも、なかなか、そういう方はいらっしゃらないのでは?」
「まったく! 世の中にはお行儀の良い人が多くて、困ってしまうね!」
「そうですね……」
「……して、リディア嬢、弟であるアルベルトの婚約者の君がなぜそのような質問を?」
場の空気が一瞬凍る。
(……あっ、やば)
私は一瞬で頭の中に警戒音が鳴り響くのを感じた。
しまった、しまった……この流れ、やばい。
ロベルト様の〝好み〟を聞く理由なんて、本来の婚約者であるアルベルト様が居る身からしたら裏切り行為……!
もしかして乗り換え狙いだと思われた⁉ それとも、貴族らしくない詮索をしたから、単純に下品な令嬢だと思われた⁉
いかん、これは早急にリカバリーしなきゃ!
私は心の中で土下座する勢いで笑顔を保ちつつ、前世で培った切り返し能力を総動員した。
「……その……あの……わたくし、将来……仲人になりたくて……!」
一瞬また、あたりの空気が止まる。
さっきまで川辺に跳ねていた水の音まで止んだ気がする。
「仲人?」
ロベルト様が瞬きもせずに私を見つめる。
「はい。えっと……精霊庁が認定する、国家公認の仲人ですわ! わたくし、その国家公認仲人にとても興味があるのです! 精霊庁の認定が取れれば、色んな人や、種族や、国の方々の価値観を間近で見られるそうで……それってすごく面白いと思いません? だって、人と人がどう繋がるかって、その国の文化や考え方そのものなんですもの。この国でなら私の家の家業も続けながら、精霊庁に所属して学ぶこともできるそうですし、もしアルベルト様と結婚したら……王家側の視点からも『ご縁』を学べる! ね? 肩書が多くて楽しそうでしょう? 」
あああ、なんか必死すぎて言葉が重くなってる気がする!
なんかふわっとし言い訳にもなったけどそこは子供ながらの「かっこいいからなりたいのか!」で納得してくれ……!
「なるほど。なるほどなるほど……」
ロベルト様は腕を組んで、くるりと軽やかに一回転した。さすが、王子……というより吟遊詩人のようだ。
「つまり君は、僕の好みの女性を聞いていたのではなく、僕に合う人を見つけるために聞いていたわけだ」
「……はい」
「君が紹介してくれるなら、面白いことが起きそうだ。僕に紹介できる女性がいるのかい?」
「必ず探し出してみせます。公爵令嬢、リディア・ラクロワの名にかけて」
これはポーカーだ。目を逸らしたら負ける。
私はまっすぐ彼を見返した。するとロベルト様は、満面の笑みを浮かべて——
「——いいだろう!」
片手を高々と掲げ、まるで祝辞のように宣言した。
「面白い! 君は面白い! 妙な野望を持っているくせに、言葉は礼儀正しく、心根に少しも不遜がない。とても良い!」
彼はしゃがみ込んで、私と視線を合わせ、笑った。
「ではリディア・ラクロワ嬢。——僕に相応しい女性を紹介してみるがいい!」
その瞳は、真っ直ぐに私を信じていた。
貴族でもなく、弟の婚約者でもなく、〝人間としての私〟に。
私は、そっと胸元に手を当て、深く一礼する。
「はい。必ず、素晴らしいご縁を」
————これはもう、私の婚活じゃない。
私が選ばれ・選ぶ側だった前世は終わったのだ。
今度は、私が“スカウトする側”になる番。
人を見抜く目を武器に、この異世界で変わり者王子の最高の婚約者を見つけてみせようじゃないの!
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