第二王子 ロベルト殿下 1
その日、ラクロワ家の馬車は、王都西部にある訓練場へと向かっていた。
朝の光がまだ柔らかさを残す頃、私は使用人のエリザに付き添われ、王立騎士団の演習場へと足を運んでいた。
窓の外に広がるのは、青空と初夏の陽射しに照らされた広大な草原。遠くで旗がはためき、整列する騎士たちの鎧がキラリと反射している。馬の鳴き声、号令、鉄靴の音……日常のサロンや邸宅とはまるで違う、緊張感のある空気が満ちていた。
「……これが、騎士団の演習……!」
正直、七歳の子供が立ち入るには場違いすぎるとも思ったが、これも国家認定仲人への第一歩なのだ。そして私の自由のために!
なにより今日は、第二王子ロベルト殿下がお出ましになると聞いている。
馬車を降りると、先に来ていたアルベルト様と護衛のエリック様が待ち構えていて、アルベルト様が馬車の下で手を差し出してる。
……正直、ちんまい子のエスコート、めちゃくちゃ可愛い……!
「ご機嫌よう、アルベルト様、エリック様」
「リディア嬢、よく来たな! 足元にお気をつけて降りるのだぞ!」
「正直、ここは淑女の歩く場所ではありませんので」
「それでも来たかったので。エリック様のおっしゃる通り、この場にふさわしくないなら、なおさら見ておくべきだと思って」
私はスカートを片手で持ち上げ、騎士団の詰所横に用意された貴族席へと歩く。
「ロベルト様はいらしているのですか?」
「兄さまは、リディア嬢と同じく今しがた到着したと聞いたぞ」
「——諸君! 今日も晴れやかな演習日和だね!」
その透き通るような声がした瞬間、演習場の空気が一段明るくなった。
声のしたほうへ目を向けると、ひときわ背の高い若者が、堂々とした足取りで騎士たちの前に現れる。明るいおかっぱのような金髪に宝石のような瑠璃色の瞳、鮮やかな緋の上着に金糸の刺繍が踊る……まさに物語に出てくる陽気な王子そのものだった。 そしてとびきりの笑顔である。
彼こそが——この国の第二王子ロベルト様。
演習場の兵たちが一斉に敬礼するなか、ロベルト様はこちらにチラリと視線を向けた。
「おや? あれは……小さきレディではないか!」
その瞬間、彼は躊躇なく風のように駆け寄ってきた。
ギョっとして固まる私の目の前までくると、
「ご機嫌よう、麗しの小さなレディ」
そう言ってロベルト殿下は、なんとその場でひざをつき、片手を胸に、もう片方をそっと差し出してくる。
完全なる貴族の振る舞い。それでいて、どこか芝居がかっていて、舞台の俳優のようでもある。
す、すごい……本当に跪いたよこの王子様……!
「えっ、ええと……ご、ご機嫌よう、ロベルト殿下。お初にお目にかかります、リディア・ラクロワです……」
彼の手の上にちょこんと手を乗せカーテシーを返すと、彼の目がパッと輝く。
「素晴らしい! なんと優雅なカーテシーだ! 弟の婚約者さまは、小さいながらも立派な淑女であるとお見受けした!」
「恐れ入ります……」
「リディア嬢、この若輩ロベルト、今日は演習の見学と、少しだけ弟の顔を見に来ただけのつもりだったのだが……こんなに可愛らしい来訪者がいるなら、もっと早く来るべきだった!」
ぱちぱちと自分で拍手をしている。演習場の隅で、彼一人だけまるで別世界からやってきたような存在感だった。
……これが……第二王子、ロベルト殿下なの……⁉
「兄上、やめてくれ! リディア嬢が困っているではないか!」
「アルベルト! なんと! 婚約者の前では立派な紳士ではないか! きっと僕に似てアルベルトは女性思いで賢い子なのだろうな! でも……リディア嬢が困ってる? 僕にはむしろ感動してるように見えるが? それに、今日くらいはつまらない公務から抜け出し、退屈を吹き飛ばさねばならない日だ! 運命の出会いに感謝だね! ねえ、リディア嬢?」
「は、はい。……私も、お目にかかれて光栄ですわ、ロベルト殿下」
私も慌てて頭を下げる。ふざけているようで、礼儀はきっちりしている。何より、空気の読み方がとても上手い。
……見た目は陽気な変わり者王子って感じだけど、周囲の空気を一瞬で明るくしてる。軽く見える言葉の奥に、ちゃんと相手を見てる印象操作がある。
わざと相手が言われて嬉しい言葉を選んでいるのかしら?
でそんなも王子が面白いことにこだわるっていうのは、どういうことなのかしら?
そんな私の心を見透かしたように、後ろからエリック様が低く囁いた。
「……ね? ああ見えて、ロベルト殿下は周囲の緊張を解く天才なんですよ。そんな彼が真剣に話し始めると、誰も逆らえないんです」
このエリック様も幼いながらも本当によく人を見ている。
君はきっと管理職に向いてるよ……そして部長や他部署とかとバチバチにやり合ってくれ……。
「では、騎士団の諸君! 本日はこの国の未来を担う小さき者たちが見学に来ているのだから、ぞんぶんに鍛錬の成果を見せてくれたまえ! ……君たちも思うことがあれば臆せずなんでも言うがよい。このロベルトが今日は君たちの引率役として、君たちを守ろうではないか!」
なるほど……彼自身もかなり、面白い人だ。
この人なら、私がいずれ紹介する誰かの未来を任せても、きっと退屈にはさせない旦那様になるだろう。
私の胸の中にはそんな確信のようなものが、ポツリと灯ったのだった。
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