王子と護衛騎士とのお茶会

 私はにっこりと微笑むと、ティーカップをひと口。

 午後の陽差しに照らされて、紅茶の表面がわずかに揺れ、ラクロワ家自慢の庭園に立つ噴水のしぶきと重なるようだった。

 私はそっとティーカップを受け皿に戻す。

 腹黒ちびっ子騎士の エリックの氷のように透き通る視線と、アルベルト様の無邪気な笑顔。目の前の二人の幼い王子と騎士は、決して子どもという言葉では片付けられない空気を纏っている。

 

 

「……殿下とエリック様は、とても仲が良いのですね。いつからお知り合いで?」

「物心ついたときからだな。物を投げれば当たる距離に居た。いや、本当に投げられていたこともあったな、なあ、エリック?」

「覚えておいででしたか、殿下。嫌だなあれは投げたいうより、まあご返却でしたのに」

「うらやましいですわ。そんなふうに、心を許せる方が傍にいてくださるのは」

 

 その言葉にアルベルトは小さく頷き、ついで照れ隠しのようにスコーンをちぎって食べる。

 そして私はは、ふと空を仰いでから、なるべく自然な調子で話をつなげた。

 

「殿下には、他にもご兄弟がいらっしゃるとおうかがいましたわ。たしか……ロベルト殿下。その方とも仲がよろしいのですか? 例えば一番歳の近いロベルト様とか」

「いや、リディア嬢、せっかく僕が居るんですから殿下ではなく僕に質問してくださいよ。それになぜ殿下のご兄弟のことが知りたいのですか?」

「それはやはり、これから王家の一員となる者として、お兄様のご趣味やお人柄などを…… 殿下のご家族のことを知っておきたいので 」

「正直、殿下よりも殿下の兄上の話題を聞きたがるなんて、なかなか面白い方ですね 。……本当に面白い。殿下には傍若無人なわがまま令嬢と聞いていましたので」

 

 毒舌エリック……あまりに直球すぎるでしょ! そんな事、親友の婚約者に面と向かってよく言えるな……それに……この男、笑顔で人の腹の中を探ってくるタイプね。私の元いた会社にいた、仕事はできるけど話したくない上司にちょっと似てる。

 

「わたくし、将来を見据えて自分を改めているだけですの。以前は自分の立場やふるまいを、少しばかり誤っていたので。 でも身分に見合うふるまいを、今からでもお勉強しようかと思いまして。私の印象はこれからは婚約者でもあるアルベルト殿下 の評価にもつながると思いまして」

「よい心がけですね。殿下もリディア嬢の爪の垢を煎じて飲ませてもらえばいかがですか? リディア嬢がいれる爪の垢はきっとこの紅茶のように美味しいでしょうね」

「エリック! たしかに私の最近はおもところがあってだな! でも私がわがままな子供のほうが上手くいくこともあるのだ。それこそ、私に手がかかればロベルト兄さまは喜ぶ」

「ロベルト様が? なぜ?」

 

 アルベルト様は、お兄さんのロベルト様のためにわざと横柄な態度をとってるってこと? どういうこと?

 私がアルベルト様をみつめると、アルベルト様は困ったように口を開く。

 

「ロベルト兄上は、ちょっと変わってるのだ。なんというか、自由な人だ」

「変わってるというと?」

「とにかく面白くないとダメな人なんだ。退屈なことは大嫌いで、貴族の宴会では真顔になっている。けど、誰よりも優しい。僕が泣くと、兄上が代わりに叱られるって分かってるのに、いつも先に庇ってくれた」

「へぇ……素敵なお兄様ですのね」

「まあ、王宮の人間には向いていないとはよく他の貴族に言われてるけどね」

 と、エリックが無表情で茶を啜った。

 

「でも、誰よりも空気が読めて、誰よりも人の話を聞く。面白いって言葉にこだわるのも、たぶん人を楽しませることに価値を置いてるからです。真面目な話ばかりの王宮じゃ、煙たがられて当然ですが」

 

 エリックのその言い回しに、思案する。

 面白くて、人の話を聞けて、でも王宮に馴染めない……。

 ふむ。面白さと自分らしさを大切にしていて、でも人をよく見ている……。

 そんな人に女性を紹介するには、第二王子にとっては『信頼できるフィルターを通しての紹介』の方がきっと効果的だろう。よし……!

 

「エリック様は、第二王子、ロベルト様のことを『どんな方だ』とお考えですか?」

 

 わざとらしくないように、紅茶を口元に運びながら、微笑を添える。

 エリックは一拍の沈黙ののち、じっと私を見てわずかに目を細めた。

 

「ロベルト様ですか……。少し掴みどころのないお方ですね。先ほどもお話したように場を和ませるのが上手な一方で、言葉の選び方には鋭さがある。……正直、油断していると心を読まれたような気になります」

「それは……緊張してしまいますわね」

「ええ、たとえ相手が子供であっても、容赦はされませんから。お戯れのつもりで口にした言葉が、次の日には誰かに詩のように語られていたりするんですよ。『昨夜の夢より儚い言葉遊び、君は夢の中にいたのかな?』だとか。意味が分かりますか? 僕にはさっぱり分かりませんけど」

「……なるほど、詩的なお方ですのね」

 

 内心……うわぁ。面倒そう……と思ったが、顔には出さず、紅茶をひと口。

 

「けれどもロベルト様は、とてもご兄弟想いの方ですわね。アルベルト殿下のお話からも、それが伝わってまいりました」

「うむ……それは、確かだ」

 

 アルベルト様がちょっとだけ恥ずかしそうに鼻を鳴らした。だが、どこか嬉しそうで可愛い。

 

「ロベルト兄上は、気まぐれに見えて、実はよく人を見ている。けど、それが伝わりづらいだけなんだ。……そうだ、もうすぐ王立騎士団の演習があって、兄上もその見学にいらっしゃる予定なんだよ」

「え?」

「あーあ、殿下。令嬢にそんな話してどうするんですか? 騎士団の訓練場なんて、普通のご令嬢が足を踏み入れる場所じゃありませんよ。砂埃と汗と、剣の音だけが響く場所なんですから。リディア嬢が来るわけないじゃないですか」

 

 エリックが、わざとらしく肩をすくめる。

 私はその言葉に、待ってましたとばかりに目を輝かせて立ち上がる。

 

「行きます!」

「……えっ?」

「行きますわ、私。とても素晴らしい機会ですもの。婚約者として、王家の方々としっかり関係を築いていく上で、殿下のご兄弟の『お仕事』を学ばせていただけるなど、めったにないことですわ」

「いや、それは……」

「何か問題でも?」

 

 エリック様もぎょっとした顔でアルベルト様を見る。

 アルベルトは肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

「いいだろう。特別に許可を出しておくぞ! 僕の名前を使えば騎士団も断れまい」

「ありがとうございます、殿下!」

 

 私は立ち上がって華麗にお辞儀をした。

 

 こうして、ついに【第二王子・ロベルト殿下】への合法的な接近機会が得られた。仲人計画第一歩。次は、彼の好みをそれとなく探り、最適な候補を選ぶだけ!

 

 そして、毒舌腹黒騎士のエリック、彼のような人物から信頼を勝ち取れれば、仲人計画は一歩、前に進む。


 いやいや、油断するなリディア・ラクロワ!

 

 断罪へのきっかけはどこに転がっているかわからないんだから!

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