質問があります
zskc3
質問があります
僕は、その日もなんとなく、質問に答えていた。
大学の講義と講義のあいだ。
時間を潰すためにスマホを取り出すのは、ほとんど反射みたいなものだ。
机の上に肘をついて、指先で画面を軽くスワイプする。
通知欄に「質問があります」とひとつ表示されていた。
「ああ、またあのアカウントか……」
アイコンは初期設定のまま。名前も記号の羅列。
プロフィール欄には何も書かれていない。
ただ、僕の質問箱にだけ、ちょくちょく質問を送ってくる。
今回の質問は、こうだった。
「図書カードって、誰でも作れますか?」
思わず苦笑した。
検索すれば一瞬でわかる。
それでも、なぜか僕に聞いてくる。
僕は親指を動かす。
「身分証があれば誰でも作れるよ」
送信。
数秒もしないうちに、スタンプが返ってきた。
「ありがとう」
たったそれだけなのに、胸の奥が少しだけあたたかくなった。
……いや、別に大したことじゃない。
はずなんだけど、たぶん僕は、こういう小さな承認に弱い。
そもそも質問箱を始めた理由だって、そんなに立派じゃなかった。
“誰かに頼られたい”とか、
“ちょっとだけ自分の知識が役に立つと嬉しい”とか、
そういう、浅いけど切実な気持ちだ。
僕はスマホを伏せて、次の講義に向かった。
それから数日して、また例のアカウントから質問が来た。
「この落書き、どこで見ましたか?」
添付された写真を見て、僕は首をかしげる。
曇ったガラス。雑居ビルの壁。スプレーで描かれた丸いマーク。
「あ、これ……駅裏の高架下じゃないか?」
見覚えがあった。
地図アプリで場所を確認してみる。
だいたいの位置はわかるけど、確証がない。
「……まぁ、行ってみるか」
講義と講義のあいだの空きコマ。
時間はある。
ただの散歩みたいなものだ。
高架下まで歩くと、写真と同じ落書きがそこにあった。
僕はスマホを掲げて撮影し、質問箱に返信する。
「ここにあったよ」
すぐにスタンプ。
「ありがとう」
胸がすっと軽くなる。
次の質問が来たのは、その日の夜だった。
「この自販機、まだありますか?」
添付された写真には、錆びた青い自動販売機。
地図アプリで見ても、ストリートビューは数年前の映像。
今どうなっているかは、行ってみないとわからない。
夜の十時前。
外は暗い。
僕はスマホと上着を掴んでいた。
住宅街は妙に静かだった。
路地を曲がると、そこに自販機があった。
僕は写真を撮り、質問箱に送る。
「まだあるみたいだよ」
返信はすぐだった。
「ありがとう」
翌日。
「ここ、夜はどんな音がしますか?」
添付されたのは、小さな公園。
ブランコが一つ、斜めに傾いている。
“夜”と条件がついている。
僕はその夜、公園にいた。
耳を澄ます。
からん……
風に揺れて、ブランコの鎖が震える音。
僕はそれを文章にして送った。
「わかりました」
その返事はすこしだけ冷たかった。
深夜。
「この鳥居、くぐれますか?」
街の外れ、階段の上にある古い鳥居。
僕は気づいていた。
僕は誘導されている。
でも、もう止まれなかった。
鳥居をくぐる。
背後の空気が揺れた。
振り返らなかった。
その夜。
「ここ、まで来てください。」
地図ピン。
郊外の、寂れた神社。
電車は空いていた。
窓に映る僕は、落ち着いていた。
駅からの道。
街灯は途切れ、森が深くなる。
神社は闇の中に沈んでいた。
階段を登るたび、足音が遅れて返ってくる。
……反響じゃなかった。
本殿の前。
スマホが震える。
「もうすぐ、会えますね」
背後に気配がある。
人ではない、何か。
僕は振り返らなかった。
そこで記憶が途切れた。
目を開けると、自分の部屋にいた。
服には葉がつき、靴は泥に汚れていた。
通知がひとつ。
「あなたは、今どこにいますか?」
僕は返事をしなかった。
だけど通知は消えなかった。
僕がまだ、どこにもいないみたいに。
質問があります zskc3 @knym-08-25
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