第7話 そうして聖女は影の奴隷になった
大聖女ルルミィナは蒼白した。
昨晩、王宮では大きな騒ぎになった。それは当然だ。王宮聖者たちの施策を取り仕切っていた英聖機関の元締めともいえる大聖者、ディアウラが何の知らせもなく失踪したからだ。
自分が今こうして国内で聖女として名を馳せたのも、ディアウラがいて導いてくれたからこそだった。そして彼は王国に非常に純朴な聖者だったこともあり、彼が逃亡したと知った今でも信じられない。
何よりも、私とディアウラは一応「恋人同士」だったのだ。…といっても、逢引なんて数回しかないし触れ合いなど皆無だ。
それでも、それでも…自分は慕っていたのに。彼が裏切るなんて相当の理由があったに違いない。
今、王宮では臨時会議が行われている。ディアウラがいなくなった今、どう聖者達の運用をすべきか話し合っているのだ。ディアウラ以外の意見なんて聞きたくない。彼以外に指図されるなんてまっぴらごめんだ。
「誰が何と言おうと、組織の指揮官はディアウラ様しかありえないわ。あの方がいないこの英聖機関なんて、いても仕方ないわよ」
「ルルミィナ様、でもあなたの力がないと結界は解かれてしまいます。どうかこのままここにいてくださらないと」
王の側近の一人であるグードルフが懇願する。そんなの知ったことではない。自分にとっては恋い慕うディアウラがいるかいないかが、何より需要なのだ。
「私でなくとも、ララユナがいるじゃないの。あの子は私と同じぐらい力はあるはず。私たちは双子なんだから、力もほぼ同じ。わかるでしょ」
「しかしララユナ様は人前に出るのを嫌がるではないですか…」
「じゃあ私から頼んでおくから!ふん…聖者がいないと何もできないんだから」
この国は国防をすっかり英聖機関に頼りっぱなしにしており、聖者と聖女の存在に依存している。それは自分にとっては都合が良くはあったが、こういう時は自分の立ち位置が邪魔だ。
あぁ、こんな奴ら全部シャドウにくわれてしまえばいいのに。
そして私とディアウラだけの世界にしてしまおう。いや、いずれそんな日が来るはずだ。彼の言うことさえ従っていれば…。
「とにかく!ララユナに結界を張ってもらうのよ。その間、私もディアウラ様を探す」
大聖者ディアウラがいなくなった今、指揮を執るのは私になるだろう。しかし、魔物から守るために結界を張る聖女の力が必要なのであれば、ララユナで事足りるはずだ。その提案を聞いた彼らは私を見てただ気まずそうに黙るしかなかった。…結局聖女や聖者など、国から見ればただの盾の一つに過ぎないのだ。
「分かりました。ルルミィナ様もディアウラ様も我々にとっては大事な存在。ご無理はなさらぬように。ただし、長期的な場合は我々が探し当てます」
「いいわよ。すぐに見つけてみせる」
きっと何かの間違い。あのディアウラが私を裏切るなんて。何か考えがあってのこと。それか、誰かに騙されているとか?いや、私だけは…彼を信じている。
ルルミィナは人知れず握り拳をきつく締めた。彼を絆した奴は誰だろう。絶対に生かしたりはしない。そうしてディアウラを探しに英聖機関を離れたのだった。
そんな事があり、今、ムーンライトに現れたのはその女性、ルルミィナだった。トナマはこんな女性などさっぱり知らない。しかし服装や体から感じる力は王宮使えない聖女なのだろうと感じさせられた。
トナマはこれで私の計画も終わりか、と肩を落とした。こんなにも早く王宮から使いが入るなんて。
ルルミィナは私たちを睨みつける。その中にディアウラを見つけると、パッと顔を輝かせた。
「ディアウラ様!!見つけました!!」
「おやおや、ルルミィナ…ちょうどきみの話をしてたんだ。」
「この人が、ルルミィナさん…?」
ディアウラがため息交じりに言うと、頷いた。その様子を見たルルミィナは途端に眉をハの字にした。そして身を縮こませる。
「最近変な動きをする市民が増えてまして、聞いたら「チケット」っていうのを持っていたのです。もしやと思い、チケットをコピーしてみたらここへ着きました。我々はディアウラ様の帰りを待っていますわ。ディアウラ様、どうかお戻りになって…」
「ルルミィナ…これは私からの命令だ」
命令、と言われた途端、ビクンとルルミィナの体が跳ねた。私達はただ唖然とその様子を見守っている。だが、ディアウラはちらっと私の方を見て、ウインクした…気がした。
「君は王宮にいなさい。私はここで彼今後彼らと行動を共にします。ここで見たことは王にも口外しないように。わかったな?」
「は、はい!!ディアウラ様の仰せのままに!」
「いやいやいや!仰せのままに、じゃないだろ!」
思わず私はツッコミを入れてしまった。どうやらこのルルミィナと言う少女はディアウラを王宮に戻そうとしてるし、私たちのギルドを見たなら、もっとやるべき措置はあるはずなのに。
しかし、ルルミィナは私の言葉に噛みついた。
「黙りなさい!ディアウラ様に間違いはないの!!…というか、ディアウラ様をこんな目に巻き込んだあなた達こそ失礼よ!無礼よ!処刑よ!」
ぎらりと私たちを睨みつける、その中にスターシアを見つけて、うっとルルミィナは喉を鳴らした。
「スターシア様も居るの!?あぁぁ、スターシア様…わ、わたしのことは…その、この子供たちには」
スターシアを見るやいなや、取り乱し始めたルルミィナ。スターシアは意味ありげな視線を向けながら、えぇ!と頷いた。どうやらスターシアに何か弱みを握られているらしい。
「何も言っておりませんわよ。ルルミィナ嬢」
「そう。おほほほほ…でも、ここのギルドオーナーは誰よ。ディアウラ様を勝手に引き抜くだなんて、一言言ってやらないと気が済まないわ」
ついにご指名が入り、私はおずおずと一歩前に出る。
私を見るやいなや、ふん、とルルミィナは鼻を鳴らした。
「あなたね?子どもの少年ごときに、何ができるのかしらね」
「僕だってこの国の人たちを救いたいんだ。あなた達とは、違う形で」
「ま、国とかそんな事はどうだって良いのよ。私はてっきり…ディアウラ様に好きな人ができたのかと思っただけ」
どうでも良い、というルルミィナにかちんとくるが、最後の言葉も気になる。やはりどう見ても、ルルミィナはディアウラのことが好きなようだった。
「一応言っとくけど、ディアウラ様は私の恋人なのよ」
「ルルミィナ。こんなことをしてる俺をまだ恋人だと思ってくれてるのか?」
ディアウラのタイプって「こんなの」なのか…思わず口に出そうとして慌てて閉じる。失言は火に油だ。ディアウラが申し訳無さそうにルルミィナに聞くと、ルルミィナからハートが飛び出ているように彼女はディアウラを見つめていた。
「ええ!もちろん」
「ありがとう。じゃあ俺のお願いは聞いてくれるよね」
「ええ!もちろん!」
「じゃあ、早くここを立ち去ってくれるかい?」
「ええ!もち…」
そう言いかけて、ルルミィナの姿にノイズが入る。そのノイズは大きく揺れて、プツン、と姿を消した。しん、と静まるギルド内。1人だけ、ディアウラが考えるように腕を組んだ。
「いやー、セキュリティが甘かったな」
「そういう問題なのか?」
「うん。暗号を簡単なものにしてた、と同じさ。それを彼女に突破されてしまったらしい。俺はこういうパズルみたいなこと苦手だからなー…セキュリティをもっと複雑にしないと」
「ほんとにルルミィナさん、黙ってくれるかな」
私の心配を察したディアウラは、にこりと笑って私の方をみて微笑んだ。
「大丈夫。彼女は俺に嘘はつかないよ。きちんと「教育」したからね」
その言葉に私はゾッとした。このディアウラという男は、やっぱりどこか危険な感じがする。仲間にするの頼りになる…けど彼をどこまで信じたら良いのだろうと、トナマは思うのだった。
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