第2話 影の顔


暖かい光だった。もう少し抱かれていたい。そう思ったが、すぐにその光は失われる。  


そして瞼を開けると、そこは見たこともない宮殿。…いや、ここは…


「城内…!?」


そして突き刺さるのような人々の視線。あたりを見るとそこには王国の騎士や聖女と聖人の制服を着た姿。皆が戸惑うように私を見ている。


 何ということだ。こともあろうにあの腹立つ魔術士は…よりによって英聖機関に私を放り投げたらしい。


 私は聖女だとバレないように生きたいと願っているというのに!私は止まらない冷や汗をかきながらどう説明したらいいのか混乱していた。


ざわざわと騒々しい場内で、人をかき分け出てきたのは一人の男性の麗人だった。その姿は物語に出てくるような美しい顔と柔和そうな顔立ち、ふわりとした栗毛に、誰もが憧れるようなスラリとした長身。


 私は誰かに見惚れることなどあまりなかったが、この時は今の状況も一瞬忘れてしまいそうになるほど…とにかくかっこよかったのだ。


よく見れば彼も王宮に務める聖者なのだろう。周りは彼の動きに注目していた。


「なんだ?どうやらシャドウ…ではなさそうだね」

「あ、あわ…私…」


いきなりピンチだ!こんな魔術士がいるなかで、私の力を察せられかねない!聖女とバレたら最後、死ぬまでこき使われて…母さんやシエットとの約束が果たせない!!


「あのぉ…えーっと、も、森でへんな魔術士にであって、気づいたらここにいました」


なんとか絞り出した私の言葉に男性は驚いていた。


「城外へ出たのかい?命知らずな娘だなぁ…魔物も、今はシャドウもいるんだ。その魔術士は、君を助けるためにここに送り込んだのだろうね」


もっとマシな場所に送る事も出来たでしょ!!と私はあの魔術士を恨んだ。

 私が人知れず恨んでいると、その男性は大きく細長い手を私に差し伸べた。


「立てるかな?ここはエメロドカスル王国の城にある魔術施設の特に重要な機関なんだよ。一般の人が来ていい場所じゃないんだ」


…どうやら私を聖女とはわかっていないらしい。彼はきっと高名な聖人なのだろう。私はいつの間にか、相手の魔力を感じる力もほとんどなくしてしまったようだ。これは少し不便かも。


「兵士が君を送るように手配しよう。えーっと、お名前は?」

「…」


咄嗟に名乗るな、という直感が走る。私が黙っていると、彼は少し困ったように眉を下げたが、すぐに優しい微笑みを向けた。その微笑みが、母のような柔らかさを感じさせ、私は目が離せなかった。


「ごめん、怖がらせたかな。わかった、キミは名乗らなくて良い。…俺はディアウラ。王宮で使える聖人達の…組織の運用と管理をしている」


ディアウラ…私の人物リストにはそんな人はいない。そもそも、疎遠にしたい人たちだから、当たり前か。


それにしても、運用と管理など、よく言ったものだ。その実は彼らを馬車馬のように使い、使えなくなったら捨てる。運用も管理も何もないはずだ。


先ほどまで感じていた懐かしさはきっと勘違いだろう。こんな人が居るから、母のような存在を増やしているのだ。

…私はこの人たちを、許しはしない。


私が黙っていると、兵士がやってくる。ついてこいと言われ、私はおとなしく兵士へとついていく。


リヌールがいなくなった室内は、すぐき日常へともどっていった。ただ、ディアウラはその場に立ち尽くし、リヌールがいた場所を一点に見つめる。


ディアウラは考えた。

…空間転移をいとも簡単に行う魔術士など、ごくごくわずかだ。

そして、残り香程度しか感じられず、思わず見過ごすところだった。


…あの娘は聖なる力を持っていた。

高度な術を扱う魔術士、異様なほど弱い力を持つ聖女…。

何事もないなどと思うほうが難しい。


ちょうどディアウラは、今の日々に退屈していた。

あまりにも…「とある計画」がうまく行きすぎていたこともあり、物足りなさを感じていたのだ。


あの娘は名乗らなかったが、身元を調べることや、足を追うことなどは造作もない。


ここは、一つ乗ってあげようかな。彼女に…興味がある。


ディアウラは笑みを浮かべる。それは誰から見ても完璧な、聖者の微笑みだった。


 一方リヌールは、兵士の案内で城を抜け、城下町の大広場へとやってきた。私はそこで立ち止まり、兵士に礼を告げた。


「あとはわかります。ありがとうございました」

「城外へ出ようとはするなよ?ただでさえシャドウで街はてんやわんやなんだ」

「はい。ご迷惑おかけしました」


兵士が姿が見えなくなるまで見送って私はようやく息をつく。

とりあえずピンチはしのげたらしい。

今後、私はどうするべきか。


「シャドウの存在がある限り、シエットのような人を増やしてしまうよね」


「きめた。シャドウを消す。わたしみたいな人を、増やさないために」


もう日常へはもどれない。

私は、私を捨てるつもりだ。


この太陽の眩しいエメロドカスルの街では影に隠れて生きるのは難しいかもしれない。でも、あきらめたら、私はいずれ呪いにかかってしまうのだ。─なら、あがいてあがいて、抵抗してやろう。シャドウがいなくなるまで。


幸いひ弱なシャドウを消せるほどの力はあるらしいし。


私は大広場の中心にそびえ立つ、大きな神像をみあげた。さまざまな人々が彼女を愛し、信仰している。聖なる力を司るとされる、女神…マナト。腑抜けた聖者たちはこれを崇めているのだ。


女神…マナト。ならばこの力を忌み嫌う者として。私は今からあえてこう名乗ろう。─トナマ、と。

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