呪いを受けた聖女は影に潜む

コスモティック松南

第1話 聖女からの解放


 全てのものが憎い。この世界も、生き物も、人も、社会も。ありとあらゆるものが、憎しみを覆っていた。そこに救いなどはなく、私の心はどす黒く染まっていく。


 私は、住んでいる街から離れたジンの森へ一人でやってきた。奥深くなるほど、辺りは太陽の光をふさぐように林が茂り薄暗くなる。その暗さに私はわずかに安らぎを感じた。そのまま私は足を止めておもむろに崩れ落ちた。


 私は魔法国エメロドカスル王国の城下町に住んでいた。そこは毎日にぎやかな街で、建物や人々、ありとあらゆるものが脚光を浴びるように太陽に照らされていた。この大陸随一の魔法国といわれるだけに、魔力を使う魔術士がおおく暮らしており、国全体は、聖なる高等魔法を扱える「聖女」や「聖者」達の結界よって守られている。その結界は妖魔などの邪悪な魔物や、邪な企みを持つ者を退ける力を持っていた。


そして、私リヌールも、聖女の力を宿していた。

幼い頃、今は亡き母から教わった習慣。寝室で美しい星々を見て静かに祈りを捧げていたある日、神々しい光が私の体全体を包みこんだ。あの日から私は不思議な力を扱えるようになった。そしてすぐ私は理解したのだ。これは聖なる力であると。


 同時に私は絶望した。このエメロドカスルでは、聖なる力は高等魔法だと崇めているものの、実際はそれを操る聖女も聖人も、単なる国を動かす歯車の一端に過ぎないからだ。


 私の母は、王宮聖女として英聖機関という場所に入ったが、そこで力を酷使し、聖女になって20年、私が生まれてから7年後、力を使い果たしこの世を去った。私と母を引き離した聖なる力を私は恨んだ。そして母の亡き後まもなく、父は滅多に家に帰らなくなり、私が一通りの教育を終えた頃、父は行方をくらませた。


「愛するリヌール、どうかあなたには、自由に生きてほしい。シエットとも、仲良くするのよ」


 意識が朦朧とし、自室のベッドに弱弱しく横たわる母の、最期の言葉を聞いて、私は生きるため、聖女としての力を隠すことを決意した。


「シエット…」


 母も仲良くするようにと言っていたそのシエットは、一昨日、亡くなった。シエットは一昨日、シャドウという魔物によって、死んでしまった。


 私にとって家族のような存在だ。姉妹、私の片割れともいえるほど、なによりも大切な存在だった。近年王国内で次元の歪みが生じ、魔の存在である「シャドウ」が現れるようになったのが、シエットに死を誘った。


 奴らは人に取り組み、魂を食い人に紛れる。そして取り込まれた人間は猟奇的な行動をするようになる。このシャドウの出現によって王国は大変混乱だ。私は、シエットをシャドウから守るために聖なる力で彼女を守っていたのに、それが仇になった。


そのわずかな力が返って聖女だと勘違いしたシャドウが、その魂を飲み込み喰らおうとシエットを襲ったのだ。私の精錬されていない力では強いシャドウは退けられなかった。むしろ、悪手になってしまったと言えるだろう。シエットは自分の体を取られるのを拒み、自ら命を絶つため、街にある高い教会の頂から飛び降りたという。


シエットの遺体の中には走り書きのメモが残されていた。それは、私に宛てた遺言だった。


"リヌール、あなたの 幸せを 私は 望む"


きっと最後を予期して書いたのだろう。シエットの遺品整理で兵士に渡された手紙を握りしめ、グニャグニャの文字が書かれたその手紙を、私は、涙で濡らした。


「この力のせいで、私は…私は!」


 木の陰に倒れ、荒い呼吸を整えようとして、さらに息が詰まる。


 ついにおかしくなったのだ。日に日にこの呪いのような気持ちは増幅していく。心も 身体も、頭も…全部が呪いに染まっていくのを感じた。これは何なのだろう。いや、そんなことより


皆、いなくなれば良い。聖女も、この国も全部滅べばよいのだ。全部呪ってやる。母も、シエットもいない世界など、どうでも良い。


「おや、これは面白い光景だ」


 おぞましい憎悪に染まろうとする今、凛とした声がする響いた。声の方へ視線を向けると、ふと何もない空間から人が、一人の男が現れた。その姿は、王国で見るような魔法使いに似ていたが、高貴な服装と素人でも分かる並々ならない魔力に、一瞬意識が戻る。


「フフ、これから堕ちていく聖女を見るのも中々乙なものだ」

「あなた…は」


ふわりと、何もない空間に腰をかけるその魔術士はまるでこれから劇でも観るような落ち着きと、これから起こることの好奇心の視線を向ける。私は不快な気持ちが湧いてきた。この姿は、見せ物などではない。


「─いや?ただ堕ちていく姿を見るのもつまらん。こんなものは城で見ようと思えばいくらでも見れる」


ならば、と男は手をかざした。手からは星々のような煌めきが集まったかと思うと、私の身体を覆う。まるで昔、聖なる力を得た時のように。だが、実際の感覚はその真逆だった。


いつもまとっていた魔力が剥げ落ちるように消えていく。そして不思議と同時に、染まりかけた呪いの思念も洗い流されていった。


光が収まると、途端に頭と視界が明瞭になる。夢から覚めたような感覚で私は上半身を起こした。そして何が起こったのだろうと自分の体を改めて確認する。


 高貴な出で立ちの男の魔術士はクスリと笑って私の戸惑う様子をながめていた。


「何をしたの?」

「わからないのか?お前の持つその力を少しばかり封印した」

「力…聖なる力のこと?」

「ふん、皆はそうありがたく言ってるな」


聖女の力を封印した。そんな事は普通の魔法使いにはでしない。やはりこの男は只者ではないようだ。


「残っているのは、特にひ弱なシャドウを消す力のみだ。あとは─まじない程度の身を守ることはできるが。だが人はお前をそうそう聖女だとは思わないだろうな」


「聖女…とは思わない!?」


つい、声が大きく高くなる。ほとんど聖女の力を封印された。ということは聖女として使役されることはない!普通の人として暮らすこともできるのだろうか。


「そう喜ぶことでもないぞ。先程のお前は自らを呪い、破滅しようとしていた。その力を抑えただけで呪いの進行が止まったわけではない。トロくなっただけだろう」


「…結局私は死んじゃうの?」

「生きたいか?」


そう言われて、改めて私は考える。呪いの思考が解かれた今、私を飲み込むような憎悪はなくなっていた。そして、二人の顔が浮かぶ。


「愛するリヌール、どうかあなたには、自由に生きてほしい」

"リヌール、あなたの 幸せを 私は 望む"


そうだ、何故わからなかったんだろう。私を愛してくれた2人は、私が生きることを望んでいたではないか。


「生きなきゃいけないの」


私がポツリとそう呟くと、魔術士は嬉しそうに喉を鳴らした。私の反応は、彼の好奇心をよりくすぐったらしい。


「いい答えだ。そうでなくては面白くない」

「でもどうやっていいか…」

「それを俺が説くことか?それを探すのが面白いのだろう。そうだな…フフ」


何か企むような嫌らしい笑いを浮かべ、男は立ち上がる。そして再び彼の手に力が込められたかと思うと、みたこともない印が私の前に現れた。


「街へ戻してやるよ。せいぜい俺を楽しませるんだな!」


その逆撫でするような言葉に反応するまもなく、辺りは眩い光に包まれた。何となく思っていたけど…


この魔術士…どこか腹が立つ!!




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