船着場の戦闘

 途中、何度か火竜族と鉢合わした。

 けど、次の瞬間には片がついてしまっている。

 ベルは恐ろしく強いのだ。

 私を見つけた火竜族達をすぐにコテンパンにしてしまう。刀を鈍器のように扱って急所を的確に打つの。

 それは私の加護のおかげもあるのかもしれないけれど、きっと私の加護なんてなくてもきっと一人でこの状況を切り抜けてしまえたと思う。

 そんなこんなで、私たちは無事に船着場まで来ることができたんだけれども──。

 船着場は通りと違って、パッと見誰もいなかった。

 静かだ。

 普段はもっと漁師の人とか、干物を作ってる人とかがいる。

 今日は水の巫女を讃える式典があったから、もっとそれに加えて人も多いはずだし、それに街があんなに燃えてるのに。私たちみたいにここまで逃げて来た人がいないのはどうしてなんだろう。


「静か過ぎる」


 ベルが口走った通り、私も妙だと思った。もっと逃げる人でごった返してると思ってた。

 身一つで逃げるならともかく。荷物を持ってニュムパエアを出ようとするなら、絶対に船着場を目指すはずなのに──。


「警戒を怠らないようにするんだ」

「うん」


 私とベルは街を走ってきた時以上に周囲を警戒しながら進んだ。

 ふと、物音がした。

 私とベルは顔を見合わせて、何も言わずに頷きあう。

 音の主を確認しよう。

 それは桟橋の方からしていた。

 近づいていくごとに音は鮮明になって。私は気づいた。

 ゴッ、ゴッ。

 その音はベルが火竜族を刀の峰で殴りつけた時にする殴打音、それに似ていて。

 ザワザワとした嫌な予感を胸に覚えていると、桟橋に人影があることに気がついた。

 火竜族だった。その火竜族は広間で式典を襲った火竜族と比べても肩幅がとても大きかった。幅広の肩が動くたびに筋肉が隆起してる。

 その逞しい火竜族が誰かに馬乗りになって、一心不乱に拳を振り下ろし続けていた。

 誰かが襲われてる! 助けなきゃ!

 ベルも気づいていて、私はベルと一緒に桟橋に向かって駆けて行こうとするけど、駆けていく途中、桟橋に近づいて気づいた。桟橋の周りにあちこちに水竜族が倒れてる。

 その人達はピクリとも動こうとしない。そのどの人たちも身体中ボロボロで、顔がどす黒く染まって──。


「あまり見ちゃいけない」


 ベルはサッと私の前に手をやって目の前の光景を隠してくれる。

 けど、でも、それは、つまり、そういうことだった。

 あの火竜族にみんなやられちゃって、だから船着場に誰もいなかったんだ。

 ベルの声が耳に届いたのか、火竜族は殴っていた誰かの首を片手でつかんだままゆっくりと振り返るように立ち上がった。

 

「あん、また来客かあ? まぁだ戦わずに逃げようって腰抜けどもが──って、お?」


 ベルも背が高いけど、この火竜族はもっと背が高い。二、三メートルはあるんじゃないだろうか。そんな背丈の大きい火竜族が筋肉だるまのような体を上裸で晒していた。

 巨漢という言葉がまさにピッタリだった。

 巨漢の火竜族は私を見て、いやらしく嗤った。


「なんだ、街に行った奴らここまで水の巫女取り逃がしてんじゃねえか。なにやってんだアイツら、ったく本当使えねえなあ」


 巨漢の火竜族は仲間に対して悪態を吐いた。けど、私は気が気じゃなかった。

 だって、殴られていたのは私の見知った顔だったから。

 その火竜族に首を掴まれてぶら下げられているのは、まだ小さな水竜族の男の子──トリスだった。


「トリス!?」


 どうしてトリスがこんなところにいるの。

 いや、そんなことより──。


「貴方、トリスに何してるの!」


 いますぐ止めさせなければいけなかった。

 私が非難の声を上げると、巨漢の火竜族は目を丸くした。


「おん? ああ、こいつトリスって言うのか。知らなかったよ。俺はここが持ち場で暇だったもんでなぁ、この坊やはいい暇つぶしになったぜ」


 そんなことは聞いてない!


「トリスを放して!」


 私の言葉に巨漢の火竜族はニッと歯を剥いて笑った。


「いいぜ、ほらよ」

「な──!?」


 やけに素直に頷くと思ったら、巨漢の火竜族はトリスの体をまるでボロ雑巾を放るみたいにぞんざいに放り投げた。

 トリスの体が宙を舞う。このままじゃ地面にトリスが叩きつけられちゃう! 私は必死に手を伸ばすけど、何もできない。


「トリス──!」


 私が悲痛な声をあげた、その時だった。

 横にいたベルがドンとすごい勢いで地面を踏み込んで、気づいた瞬間にはトリスの体を包み込むように抱き抱えていてくれた。

 ベルはそのままゆっくりと地面にトリスを下ろしてくれる。


「チッ、受け止めたか。まぁいい」


 それを見て、巨漢の火竜は残念そうに顔を歪めてこちらの様子を伺っている。

 私はホッとしながらも、すぐにトリスに駆け寄った。

 

「トリス! トリス!」


 駆け寄って見たトリスの顔は顔中あざだらけで、翼もあちこちぐしゃぐしゃに折られていた。

 辛うじて、意識はあるみたいで。弱々しい呼吸音と共に呻き声を漏らしている。

 ひどい、状態だった。生きているのが、やっとなぐらい。

 私はワナワナと震えた。


「……なんでよ」

「あん?」

「なんで、こんな酷いことするの!?」


 私は泣きそうになるのを必死に涙を堪えながら、精一杯声を張り上げる。

 トリスをこんな酷い目に合わせたやつに涙を見せたくはなかった。


「トリスが、水竜族が、貴方達に何をしたっていうの!」


 式典で槍を持った火竜族が色々言っていた。

 もしかしたら何か色々あるのかもしれない。

 けど!

 でも、だからって街を燃やしたり、逃げて来た人たちを殴り殺したり。

 そんなことしていいわけが──。


「……お前はどうせ何も知らねえくせに、一丁前な口を叩くものだなぁ」


 巨漢の火竜族はそれだけ言って目を細めて私を見るばかりだった。その目に映っているのは明らかに呆れだった。

 言ってることも、わけがわからない。

 私は困惑してしまう。


「何も知らないってなんのこと」

「ふん」


 巨漢の火竜族は私の疑問には応えずに、鼻を鳴らしてベルにメイスを向けた。


「ガキどもは取るにたらねえだろうが、お前は殴りがいがありそうだ」

「……下衆が」


 ベルは吐き捨てるようにいうと、私やトリスを庇うように巨漢の火竜族に応じて一歩前に出た。

 その背中が頼もしいことを私はもう知っている。


「シャスカ、ここは任せろ。その子を診てやってくれ」

「……うん」


 言われなくても、さっきから私は治癒魔法の準備を始めていた。

 体の中で丹念に、でも急いで魔力を編み上げる。

 絶対にトリスだけは助ける!

 そうして私がトリスの治療を進める傍ら、その側でベルと巨漢の火竜族の戦いが始まろうとしていた。


 二人は、お互いに武器を構えながらジリジリと距離を詰め合っていた。


「知ってるぜ、刀ってのはよぉ。刃こぼれしたら使えない消耗品だって。刃物なんて打撃武器の劣化品だろうに、得物に選ぶやつの気がしれねぇ」


 ベルが持っている刀を見て、巨漢の火竜族はせせら笑う。

 そう言う巨漢の火竜族が手に持っているのは先が膨らんだ金属の棍棒だった。持ち手に雑に布を巻いただけの簡素なもの。でも、巨漢の火竜族が持っているにしてもなお大きいと思わせるその棍棒は相当な質量を誇っているはずだった。


「いつまで俺のメイスと打ち合えるかなぁ!」


 その言葉を皮切りに、先に巨漢の火竜族が動いた。

 乱雑に力任せに、でも早く。

 棍棒をまるで棒切れを振り回すように自在に振り回してみせる。

 けど、ベルも負けてない。


「心配御無用、この刀は特別製だ」


 ベルは涼しい表情を浮かべたまま全ての攻撃をいなしてみせた。ベルの言葉の通り、ベルの刀は明らかに棍棒と比べて質量負けしていたけれど、火竜族の乱暴な攻撃を刃こぼれもせず受け止めて弾き返していた。

 武器がかち合うたびにけたたましい金属音が鳴った。


「ふん、だとしても俺の乱撃を弾き続けるだけじゃ勝てねえぞ!」


 攻撃を防がれ続けた火竜族はその言葉と共に攻撃の勢いを増していく。


 こうして武器が激しくかち合う火花散る剣戟を目の当たりにし、ベルが戦い始めたのを見届けた私は一気に魔力を練り上げて、同時に魔法の準備は整った。


「この者の身の内に宿る滴りよ! この者の傷を癒して!」


 治癒魔法をトリスに施す。淡い水色の光が私の手元からトリスの胸元に広がって、そして吸い込まれるように消えた。私の魔法を受け取ったトリスの顔からアザが少しずつ少しずつ薄れていく。

 体の中の自然治癒力を向上させる魔法だ。トリスの怪我は全身に渡っていて、きっと単純な治癒魔法じゃ負担になってしまう。けど、本当は今すぐにでもその痛みを全身から取り払ってしまいたかった。


「大丈夫、すぐ良くなるからねトリス」


 トリスを少しでも励ますように声をかけるとトリスの瞼がピクッと動いた。

 よかった、死んでない。魔法も効いてる。これならきっとトリスは助かる……!

 私はこんな時だっていうのに、安心と、やっと役に立てた喜びを感じていた。

 なのに。


「……シャスカ、ごめん」


 トリスはゆっくりと瞼を開けて、私の顔を見ると、式典の前の出来事の時のようにまた謝った。

 トリスは何も悪くない、のに。


「なに言ってるの、トリス。こういう時は──」


 ありがとうって言うんだよって。

 今朝のやりとりを思い出して、少しでも元気を出して欲しかった。

 けど。


「僕、シャスカの役に立ちたくて、いざという時、シャスカが逃げれるように船準備しようって頑張ってここまで来たのに……、結局、シャスカに助けてもらっちゃった」


 トリスはそれだけ言うと、また意識を失ってしまった。


「…………ッ」


 胸が詰まった。さっきまで堪えていたはずの涙がボロボロと溢れてくる。

 私はさっきトリスはきっと大人しい子だから一人で怖がって怯えてると思ってた。

 私が守ってあげなきゃって思ってた。

 違った。

 トリスは一人でも勇気を出して私がここに来るって信じて船着場に先に来ていたのだ。

 私のために。

 きっと怖かっただろうに。

 ……許せない。

 トリスをここまで痛めつけた火竜も。

 なによりトリスは臆病だって軽んじていた私も。

 トリスはちゃんと私の従者だった。

 なのに、私は。

 戦うことに怯えて、水の巫女として満足に戦うことすらできずにベルに守ってもらって。

 あまつさえベルに守ってもらっているのに、取り乱して、生き延びさえすればいいと言われてホッとして。

 トリスは自分が従者に相応しいか分からないってよく悩んでた。

 けど、このままじゃ私の方がトリスに合わせる顔がない。

 私だけが、自覚がなかった。

 自覚があると思い込んでいただけだった。

 私はギュッと襟元を掴んで、それから乱暴に袖で涙を拭うと顔を上げた。泣いてる暇なんかない!


「ねぇ、トリス。ちょっと待っててね、すぐ終わらせてくる」


 意識を失ったトリスに声をかけて、支えていたトリスの頭をゆっくりと地面に横たえると、私は立ち上がった。トリスの体はもう大丈夫。私のかけた治癒魔法が明日の朝には全部治してくれているはず。

 だから、私にはもう一つやらなきゃいけないことがあった。

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