決着
ベルと巨漢の火竜族の戦いは苛烈さを極めていた。
巨漢の火竜族は軽々とその巨体に見合ったグレートメイスをブォンブォンと風切り音が鳴る速さで振り回して、乱打し、ベルに攻撃する隙を与えなかった。
ベルは終始劣勢のまま、攻撃を刀で受け続けている。
けれど、その実、傷という傷はかすり傷一つ負っていなかった。
ベルは攻撃ができないわけではなく、ただ待っていた。
攻撃を受け続けていれば必ず攻撃に切れ目が出る。
火竜族が一瞬の隙を晒す、その時を──。
その時を待ち、ただ耐え忍んでいた。
けれど、『その時』は思いもよらぬ方向でやってくるのだった。
巨漢の火竜族は楽しそうに戦っていた。ベルと武器で応戦し合うたびに、笑顔が溢れている。
トリスの治療を終え、立ち上がって見ている私のことなんて気にも留めない。魔力を隠しもせず練り上げている私のことなんて。
「ハハハハ、お前との戦いは楽しいなぁ! さっきのガキを嬲るよりずっと楽しいぜ」
「……っ」
その言葉だけは聞き捨てならなかった。
奥歯がギリっと鳴るほどに噛み締めて、私はそのまま込み上げる怒りを解き放った。
「──穿て、水蛇!」
私の魔法が巨漢の火竜族の全身を絡め取っていく。蛇を模した魔力でできた水の流れがその大きな体に巻き付いて、巨漢の火竜族が暴れるごとに全身を締めつける力を増していく。
水の魔術の捕縛魔法。水蛇。
「な──、動けねぇ。なんだこりゃ」
さっきまで余裕の表情を浮かべていた巨漢の火竜はジタバタと暴れてもがいてる。
初めて本気で人に向ける攻撃魔法は思ったより、なんてことはなかった。他人を傷つけるのが怖いなんて思考はどこかに吹っ飛んでしまっていた。
それほどまでに、怒り心頭だった。
「私は、シャスカ・ランドハート。この街ニュムパエアの繁栄を導く、水竜族の象徴である水の巫女。私は水の巫女としてこれ以上の狼藉は許さない!」
堂々と、名乗りをあげる。
そうだ、私は水の巫女だ。
だから、街を守るために私が率先して戦わなきゃいけなかったのだ。
私は、その自覚が足りなかった。
それを思い知らされた。
けど、これからはもう違う!
私は意思を込めて、巨漢の火竜族を睨みつけた。
「クソガキ! 俺達の楽しい戦いを横槍で穢すんじゃねえ!」
取るに足らないはずだと軽んじていたはずの子供の私に戦いを邪魔されて、巨漢の火竜族は相当怒っているみたいだった。
口から唾が泡になって飛んでいる。
けど、本当に怒り心頭なのはこっちの方だ。
「楽しい? なに言ってるの貴方。たくさんの竜が死んでるのよ……? 戦いは遊びなんかじゃない!」
私は式典の会場や桟橋で倒れていた水竜族の人たち、街で炎に巻かれて逃げ惑う人たち、そしてトリスの姿を脳裏に思い浮かべた。
あの人たち一人一人にもきっと大切な人たちがいて、生活があった。あった、はずなのに。
それを踏み躙られた。
その姿を見て、楽しいだなんてそんなの間違ってる!
「私は貴方みたいな竜を許さない!」
もう堪えるべき涙はなかった。
凛と水の巫女としてその生き様を否定する。
「悪いな、俺もシャスカと同意見だ」
気づけばベルは私に寄り添うように側に立って、刀を構えていた。
ベルと私は頷きあう。
ベルは私と同じ方向を向いてくれていた。
「俺は戦いを楽しいと思ったことなんて一度もない」
一息で言い切るとベルは力強く踏み込んだ。
ベルの振り上げた刀が煌めいて。
「終わらせてもらう!」
「畜生が!」
その捨て台詞が言い終わる刹那、ベルは巨漢の火竜族を一瞬の後に切り伏せた。
次の更新予定
2025年12月10日 18:05
水没世界より ~棺の竜 花の咲くらむ~ 世鷹 逸造 @JotakaIchizo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。水没世界より ~棺の竜 花の咲くらむ~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます