Run! Run! Run!

「わ、ちょっと……もう!」


 私は慌てて足に魔力を込めながら、なんとか黒い竜の走る速さに合わせて走った。とてもじゃないけど魔法を使わないと追いつけない速さで。

 そういえば地竜族は体が竜族の中で一番頑強だってロマが授業で言ってたっけ。

 なんてことを思い出す。

 そうしてる間にもどんどん式典の場から離れていくものだから、私はこのまま無事に逃げていけるのかもしれない。

 でも、ロマは大丈夫なんだろうか。それに、ロマは一緒に逃げなさいって言ったけど……。

 私は、恐る恐る私の手を引いて走る黒い竜の顔を伺う。

 険しい顔つきのまま、前を睨むように走っている。正直、怖い。いやでもこんな時だし……。

 私のことさっきは守ってくれたから悪い人じゃないと思いたいけど……、信じてもいいのかな。

 ううん、今はこの人を信じるしかない。他に道はないんだ。

 そう私が頭の中でぐるぐるぐるぐる状況を整理していると、走る私たちの間を唐突に炎がビュンと空切り音を立てて通り過ぎていく。

 攻撃されてる……!

 すると、黒い竜がいきなりパッと手を離して立ち止まるものだから、私も慌てて急ブレーキ。

 止まるなら止まるって言って欲しい……! 私はつんのめりそうになるのを寸でで堪えた。


「火矢の魔法。火竜族の追っ手か」


 黒い竜は冷静に飛んできた魔法を分析しながら振り返る。

 私も振り返って見れば、式典の会場から二人赤い竜が飛んで私たちを追ってきていた。さっきの槍を持った火竜族とは別の火竜族だった。

 襲ってきてたのは、さっきの火竜族だけじゃなかったんだ。

 どうしようと私がオロオロしていると黒い竜が口を開いた。


「水の巫女、名前は?」


 このタイミングで自己紹介? とは思うものの、私は素直に答えた。


「シャスカ」

「シャスカ、俺はベルだ。悪いが君にも戦ってもらう」


 黒い竜──ベルは、自己紹介もそこそこに。

 武器を構えて追っ手の火竜族二人へと向き直る。迎え撃つつもりだ……。ベルは火竜族二人から目線を逸らさないまま私に確かめる。


「巫女だから少しは魔法の心得もあるだろう?」


 確かに、魔法はいつもロマから教わっていて、そもそもそんなに努力しなくても元から水に関することなら大抵のことはできる。

 けど、それはあくまで授業の範囲でのことで。


「でも、こんなの私知らない」


 誰かに向けて攻撃魔法を撃ったりとか、本気の攻撃を防いだりなんて、そんなのロマの授業じゃなかった。

 

「授業じゃ、こんなのやったことない」

「大丈夫、俺が君を守ろう。援護を頼む」


 ベルは言葉の通り、私を火竜の炎から庇った時と同じように、私の前に出た。


「援護、援護って言われても」


 私も攻撃する、なんてことはできない。

 ならせめて──。


「──水の加護よ、この者を守り給え!」


 私の声に応じて魔力で精製された水の膜が黒い竜──ベルを包み込んで、吸い込まれるようにして消えた。

 もう誰にも傷ついてほしくない。

 それが今の私の本心からの願いだった。


「そうだ、それでいい」


 ベルは私に向かって一度優しく頷くと火竜族達と対峙した。

 もう火竜族達はすぐそこまで迫っていて。

 火竜族は飛んだ勢いそのまま槍を構えてベルを串刺しにしようと突っ込んでくる。

 危ない! と思った瞬間にはもう火竜族たちが持つその凶器はベルに肉薄していて。

 けど、その攻撃がベルの硬い黒い殻を貫くことはなかった。

 ガキィンとけたたましい金属音が鳴って。

 ベルの肉体や鎧が火竜族の槍を弾いていた。

 ベルは防御する姿勢すら取っていない。私が加護をかけたとは言え、地竜族の体ってそんなに強いものなの!? 私はびっくりして目を白黒とさせてしまう。


「俺たちの攻撃が効かない!?」


 二人の火竜族も私と同じように槍をベルに突き立てたまま驚愕に目を剥いて。けど、そんな二人を冷ややかな眼差しで見下ろしながらベルは手に持った武器を振り上げた。


「──戦場で驚いてる暇なんてない」


 ゴッ、ゴッ。と二発の鈍い音がして。火竜族の二人はその場に倒れ伏した。

 ベルは思い切りその手に持ってる武器で袈裟に切りつけていた。

 あっという間に追っ手を倒してくれたのはいいんだけど……。でも、私は気にしてしまう。


「……殺しちゃったの?」

「いや、これは刀と言って両刃じゃない。峰で打って気絶させただけだ」


 そう言って、ベルは私に武器を見せてくれる。

 確かに、水竜族達の騎士が使うような武器とは違って、刃が左右対称じゃなくて。なんだか刀身に白い波々模様がある不思議な剣だった。その模様に意味があるのか、なぜだか神聖な力を感じた。

 その模様がある刃先とは逆で打ったから切れてないということなんだろう。私はホッとしつつ、でも、向こうは殺しにかかって来ているのに、なんで手加減なんか──。

 そう疑問に思って顔を上げると、ベルの琥珀色の目と目が合った。怖い顔と思ってたけど、思ったより綺麗な目をしていた。


「君は命の生き死にが怖いんだろう? 君みたいな子供はそれでいい」


 私のため? 私のために手加減して殺さなかったの?

 怖いって思ってたけど、もしかしてすごくいい人?

 私の中で急速に目の前の黒い竜の認識が書き変わっていく。

 ベルはそんな私の内心も知らないまま、言葉を続けた。

 

「君のおかげで、こちらは彼らと違って攻撃にだけに専念できる。手加減ができるのも君のおかげだ。さっきの魔法を使えれば火の魔法から自衛もできるだろう。咄嗟の攻撃にも対応できるように水の加護を維持し続けるんだ」

「分かった」

 

 続く言葉も私を慮るもので。

 この人なら信頼しても、きっと大丈夫。

 ベルの言葉にしかと頷いて、私たちはまたニュムパエアの街を走り始めた。

 燃え盛っている水竜族の聖地を。

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