棺を背負った男
「大地の子らを守る盾よ!」
凛とした低い声だった。それからそれに続いて爆発音。
けど、痛みはなかった。予想していたはずの熱や衝撃が襲ってこなくて、私は恐る恐る目を開いた。
すると、そこには──。
「……無事か?」
「え? あ、はい……」
気づくと、私の目の前に一人の竜がいた。私は状況が飲み込めなくて、呆けた返事をしてしまう。
それは水竜族とも火竜族とも違って、鱗じゃなくて甲殻類のようでもあり黒い宝石──黒曜石のようでもある殻に覆われた竜で。外套を纏った肩当て鎧を身につけていた。その格好は、私の騎士と違って、ボロボロで傷んでいて、相当の年数使い込んでるのがはっきりと見て取れた。
何より異様なのは、背丈ほどもある大きなこれまた黒い箱を背負っていた。
ちょうど人が一人入りそうな箱。
それはそう、きっと──。
(棺……?)
棺を背負った黒い竜は何やら武器を地面に突き刺していて、そこから弧を描いて私と黒い竜を囲むように岩が生えていた。
どうやらその岩が私を守ってくれたようだった。
魔法で生み出された岩だった。
「無事なようだな」
黒い竜は私を一瞥して、無事なことを確認すると前に視線を戻して火竜族と対峙する。
「チッ! 地竜の防御魔法か」
私に向かって火を投げつけた火竜族が舌打ちをする。目の前の黒い竜が守ってくれたのらしいと私はそこでようやく気がついた。
どうやら私を火竜族から庇うように目の前に立っている竜は地竜族の竜人らしい。
火竜族は苛立ちを隠さずに、黒い竜に向かって槍を向けた。
「なぜニュムパエアに地竜がいる!」
「襲撃者に答える義理はないな」
黒い竜は取り合おうとはしないまま、地面から武器を引き抜くとそのまま構える。
けれど、その振る舞いが油に火を注いだのか余計火竜族は声を荒げた。
「お前ら地竜だって人間が憎いはずだろうが、邪魔をするな!」
「……少なくとも、この子供が何かをしでかしたわけじゃない」
「綺麗事を!」
激昂した火竜族は翼を畳んで急降下したかと思うと、その勢いのまま槍を構えて突っ込んでくる。
けど、今にも黒い竜に飛びかかろうとした火竜族の前にいきなり立ち塞がるように水の壁が現れた。
「チッ」
急な邪魔立てに火竜族は舌打ちを打ちながら衝突寸前でバッと飛び退いた。けれど、その先々にも水の壁が連続して立ち上がって、火竜族はそれを避ける度に私たちから距離を離されていく。
この水の魔法……!
術者はと辺りを伺うまでもなかった。
「これ以上の狼藉は許しませんよ!」
ロマだった。ロマは私や黒い竜と火竜族に割り込むように水の障壁を張って、火竜族が私たちに手を出せないようにしてくれていた。けど、その障壁の向こう側にロマもいた。
これじゃロマもこっちに来れない。
「水の障壁か。まぁいい」
水の障壁を前にして、火竜族は顔を苦々しく歪めて、一度だけ私の方を睨みつけるとロマの方へと振り返った。
振り返って、背に背負っている手に持っているのとは別のもう一対の槍を抜き放つ。
「水竜族の司祭長様にもお灸を据えさせてもらいたいものだからなぁ!」
その声と共に火竜族が両腕に携えた槍に炎が灯る。その炎は螺旋状に槍に巻き付いて槍をより長く鋭くした。魔法で槍を強化したんだと思う。
そして、その槍を構えながら火竜族は私に向けていた憎悪が籠った眼差しを、今度はロマに向けていた。
対するロマは一度黒い竜の方を一瞥して。
「──地竜の神殿近衛騎士」
何かを口走ったかと思えば、私に向かってこう叫んだ。
「シャスカ! その男と逃げなさい!」
「ロマ!」
その言葉は。
その言葉はまるで自分を置いて逃げろとでも言うようで。
ロマは火竜族を足止めするように、水の遮蔽の向こう側にいて、今まさに火竜族と戦おうとしていた。
「……こっちだ」
黒い竜はロマの意を汲んだのか、私の手を取って連れて行こうとする。
けど!
「待って、ロマが!」
私は必死になって引っ張り返した。
このままじゃロマが殺されちゃう!
私の頭の中にはさっきの光景がリフレインしていた。
私を庇って業火に飲み込まれていく水竜族の騎士の姿を。
「大丈夫だ。水竜族の司祭が火竜族の戦士に負けることは天地がひっくり返ってもまずない」
けれど、黒い竜はフルフルと首を振って、私の力をもろともせずに引きずるように走り出した。
その手はガサガサと節くれだって冷たい手だった。
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