第11話 ブランコ

 ブランコしたい、とは言っても、クヌギさんは鞄を地面に置いてメモ帳とペンを手に取り、腰かけただけだった。

 私もその隣のブランコに一応座ってみるけど、クヌギさんはまったくこぎだす様子はなく、ぱらぱらとメモ帳のページをめくる。

「湊都さんってさ、もにょもにょ好きだったよね?」

「え? あ、はい! ぺちょぺちょとふわらふわらのペアが一番好きです。あっ、最推しはぺちょぺちょです!」

 もにょもにょは、もにょもにょしてる――としか言いようのない、綿菓子みたいな、はちみつみたいな、なんかこう……もにょもにょしてる不思議な生き物だ。

 アニメにも絵本にもなっている子ども向けのキャラクターだけど、可愛くて癒されるので最近は大人の間でも人気が出てるみたいだ。

 もにょもにょは世界中、いろんなものから生まれる。涙から生まれた泣き虫で寂しがりで、誰より頑張り屋のぺちょぺちょと、笑顔から生まれた優しくて天真爛漫なふわらふわらは正反対に見えて仲が良く、すごくお互いを大切にしている。その関係性がとにかく素敵で、今の私の大好きなふたりだ。

「うーんと、ちょっと待ってねー……」

 なにやらメモ帳に、さらさら書き込むクヌギさん。

 私はゆっくり、ちょっとだけブランコをこいでみた。

 ほんの少し、浮かぶ。止まる。ちょっと浮かんで、足をつける。

 さらさら、しゃっしゃっというペンを走らせる音が心地いい。

「よし、できた! はいこれ、あげる」

 しばらくしてクヌギさんがそう声を上げ、ぴりっと切り離したメモ帳の一ページを私に手渡してくれた。

「え? あ、ありがとうございます……わっ!?」

 私は思わずぶらんこを思いっきり揺らして立ち上がった。

 メモ帳には「試験がんばってね」の文字と、そして、もにょもにょのメインキャラたちがきらきらした満面の笑顔で描き込まれている。みんなそれぞればらばらのポーズだけどそれがまたキャラに合っていて、なによりまんなかには、ぺちょぺちょとふわらふわらがぎゅっとハグをしている。

「えっ、かわっ、とっ……えっ、ええっ!?」

 声も出ないしこの感情をあらわす日本語も浮かばないし、私は片手にその一枚を持ったままもう片方の手で口元を抑えて、半歩後ずさる。

「えっ、あり、ありがとうございますっ! え、かわいいかわいい、え、すご!? ていうかこれ今何も見ないで書きました!?」

「うん、まあ……喜んでもらえたならよかった。そんなに嬉しそうにしてもらえるとは……」

「だってもうこれ、もう……え、あの、ありがとうございます、ここ最近で一番嬉しいです」

 クヌギさんは「そんなにかぁ」と嬉しそうに笑みをこぼした。

 湯たんぽ、とはちょっと違う。なんだろう、おひさま……というほど、明るすぎず。もっと、落ち着いた。

陽だまり、のような。春の野原に揺れる、四葉のクローバー、みたいな。

「……湊都さん、前にも俺の描いた絵、褒めてくれたよね」

「えっ? あ、ああ! あの可愛い女の子ですか?」

 赤いワンピースを着たアリスを模した女の子と、青いずきんをかぶった女の子が笑っているイラスト。いつだったかクヌギさんが何かの紙の端に走り書きしていたのをたまたま私が見て、すごい、可愛いって褒めたんだ。

 あまりにも私の好きが詰まったデザインだったから、なにかのアニメなら見たいと思って、「何のキャラクターですか?」って聞いた。そうしたらものすごく恥ずかしそうに「俺が考えたんだよ」って言われて。

「そうそう。――実は俺、高校の頃、イラストレーター目指しててさ。スケッチとか宿題以外で、初めて人に見せた絵があの子たちだったんだよね。美術部に入って、一番最初の展示だったかな。御伽噺をテーマにオリジナルキャラクター描いて展示しよう、みたいな。それで、不思議の国のアリスと、赤ずきんからとって、女の子の二人組描いてみようって思って、できたのがあの子たちのイラスト」

「えっ、じゃあ高校生であのキャラデザ思いついたってことですか!? すご!」

「あはは、ありがと。キャラデザ褒められるのは嬉しいなあ」

 クヌギさんは目を丸くする私にくしゃっと笑って、それからきいっとブランコを揺らした。

 長い足が、地面を蹴る。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

「これでも結構悩んだんだよ、外見は正反対のほうがいいなとか、せっかく赤と青の対比が綺麗だから、いっそのこと赤ずきんを青にしてアリスを赤にしようかとか。他にもいろんなこと考えて……考えすぎなんじゃないかってくらい考えたけど、それも楽しくて。結果にそのイラストが部内の投票で一位取って大賞になって、すごい嬉しかったなあ。あれは嬉しかった」

「そのイラスト……って、もう残ってないですよね……写真とかないんですか?」

「うーん、実家探せばあるかなあ。どうだろ」

 きい、きい、とクヌギさんのブランコが前後に揺れる。その足がざり、と地面を引きずって、止まった。

「でも俺はもう、その夢は、見ないフリしてたんだよ。ずっと」

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