第7話
レグホーンから跳び上がったガイヤーからの光と、レグホーンの中から伸びる光が天空で衝突し融合。大きな光の中で、異なる二つの存在が一つのものとなる――。
レグホーン……
そこからレグホーンの前肢を、身体の重心を置く両脚となるように肩部を支点として上方可動。背部が大きく開くと共に後肢も外へ拡がりながら展開。腕を後ろに畳んだガイヤーが開いたレグホーンの背部に収納され、此方も
大腿部装甲が脛部へ移動すると共に足部の形状も変化――
開いたレグホーンの背部はそのまま胸部装甲としてガイヤーの体幹部と合体し、最初に分離した頭頚部は角を射出すると共に縦割れし、ニーアーマーとして膝部に装着される。
そしてレグホーンの臀尾部が外れ、角と組み合わさることで兜となる。それがガイヤーの頭部へと装着されると同時に彼の顔全体を覆うマスクが出現。装着の完了を告げる。
まるでその眼を見開くかのように強く輝かせ、大きくなった黒金の拳を付き合わせては雄々しく凛々しく胸を張って構える。その大きな胸に抱いた宝玉が真珠色に染まり、
巨大なるその威容は騎士にして機神。繁華の灯りよりも強く輝く白金のヒト型。更なる巨力をその身に生み出したかつての2機……二人と一頭だったものが、新たなる己が名を吼えるように叫び上げた。
「――レグッ! ガイヤァァアアアアッ!!!」
背部に備わったバーニアを吹かせながら地面に降りる。重い、合体前の状態よりも遥かに重い地響きが鳴り、巨大な足がアスファルトに沈み込む。街に並ぶビルの上層階、そこへ連なる窓ガラスに騎士の威容が写り込む。
横目でそれを見て、彼らはこの新たなる姿――『レグガイヤー』の力の高まりを自覚するに至った。
「……合体、しちまった」
「なんとも、はや……。これが、伝承の証明……」
「――……」
感嘆する仁禮とレグホーンだが、ガイヤーは言葉を発さない。まるで今の己の力を確かめるかのように、ただ掌を見つめていた。
だがそうして意識を外した瞬間を混魔は見逃さず、高速突進からの突き攻撃を仕掛けてきた。回避は間に合わないタイミング、寸でで気付いた仁禮は思わず攻撃を防ごうと手を伸ばす。レグガイヤーの手は仁禮の反射通りに動き、混魔の前腕攻撃を掴んで止めていた。
「うっ、お……」
「よ、よくぞ止めた。見事である」
「ああ、うん……。止めれた、なんでか……」
「――そうか。分かったぞ、伝承の意味。私たちの身体が仁禮とひとつに……ひとつに集いし心が、この身体を動かしてくれるッ!」
「だからなに言ってるか分かんねぇってッ!」
「私たちなら勝てるッ! いや、私たちなら
掴んだ混魔の腕を握り潰し、力強く蹴り飛ばすレグガイヤー。自然と取った構えは、我流の格闘技のようであった。
空手や柔道、国内の古武道や外国からの拳法……そのどれとも違うのに何処となく似通っているそれは、仁禮の身体に最も合致する構えであった。
「お前、どうしてこの構え――」
「分からぬ。だがこれだけは理解っているのだ。この構え、此処からの所作……これは仁禮、貴公の心身に深く大きく強く固く根付いているものであると。そして貴公も理解っているはずだ。今の私の力……今の私たちに何が出来るかを」
「――ああクソッ、確かに理解っちまってる」
「ならばッ!」
「やって、やるしかねぇッ!」
構えから大きく腕を振り、腿を上げて走り出す。あまりにも自然に
走り出して数秒――混魔と接触する距離まであと2秒といったところでその思考を棄てた。今やるべきはただ、混魔を倒して宿主となっている人を助け出すことだ。
接触までの瞬間1秒。踏み込んだ左足で強く地面を蹴り低空を進む。同時に力を込めるのは右脚……いや、右膝。馬頭型のニーアーマーが輝きと共に鋭利な衝角となり、勢いそのままに混魔へと突撃していく。
「ニーホーン・ブレイクッ!!」
掛け声と共に鋭利な膝を顔面部へと叩き込む。楕円のような混魔の顔がひしゃげ、歪な形になりながら吹き飛ぶように転がっていった。
着地と共に両腕を突き出すレグガイヤー。籠手のようになっている蹄が左右に小さく展開し、中から砲口が伸びてくる。
悶える混魔に狙いを定め、腕の砲口から光の弾丸を撃ち出した。
「ホーリー・ショットッ!!」
細かく連射された光弾が混魔に当たり、次々に弾けていく。爆発の連鎖と共に土煙が舞い、混魔の姿を隠してしまう。
「やったのか……?」
「いいや――」
勝利の確信も手応えも無く、警戒を残したまま土煙を見やる。覆う土煙が僅かに揺れたかと思うと、それを突き破り衝撃の咆哮が解き放たれた。
「やば――」
「ホーリー・レグガーダーッ!」
思わず防御の姿勢を取る仁禮と、それと合わせるかのように同時に呼び声を上げるガイヤー。彼の声に反応して両膝の装甲が射出すると共に眼前で蝶番型に合体。白金の盾となり衝撃波を遮った。
改めてレグガイヤーの力に感嘆の息を呑む仁禮。攻撃力も防御力も、先程までとは桁が違う。『負ける気がしない』とはこの事かと、思わず感じていた。
やがて土煙が晴れて混魔が再度姿を見せる。その体表を覆うプロテクターの所々にヒビが入り、身体を支える6本の脚は何処か動きがたどたどしくなっていた。聖なる光は頑強な耐衝撃装甲をも貫き、混魔本体へダメージを与えられる証左であった。
「ォ……ォァアアアアア……」
混魔が言葉にならない声を上げる。傷付き弱ったその声は、まるで攻撃を止めてくれと懇願しているようだった。何も知らぬままにこの声を聞いていたら、思わず同情を誘われて戦闘意欲を削がれたことだろう。
だが彼らはもう、その声の元を知っている。傷付き打ちひしがれた人間……崩れかけたその心を、無理矢理に混沌へと作り変えられた哀しい被害者。その混沌から助け出す力と技を、自分たちが持っていることをもう知っている。だから、やるべきことはもう固まっていた。
「行くぞ仁禮ッ!」
「おうッ!」
「
黒鉄の右掌を天へと突き出すレグガイヤー。掌に生まれた光球が天へと伸びて、暗夜の雲を貫いていく。その光に呼ばれるように、彼の
「聖槍の芯鉄よッ! 今こそ白亜の聖獣とひとつになり、混沌を祓う希望の輝きを放てッ! ガイヤー・ホォォォンッ!!」
左手に携えた巨大な盾――先程衝撃波を防いだホーリー・レグガーダーを天へと掲げ、そこにガイメイスを伸ばす。蝶番型の盾は折り畳まれることで再度馬頭として組み上がり、そこにガイメイスを挟み込む形で合体。聖槍の芯鉄から放たれる光が馬頭の額から溢れ出ることで一振りの巨大な
そのまま混魔に向けて突き出されたガイヤー・ホーン、その円錐形のシャフトが高速回転して光の竜巻を生み出した。伸びた竜巻は混魔を巻き込み捕らえ、空中で磔にする。抵抗も邪魔も、起こりようがない状況となった。
突き出した右腕を弓のように引き絞り、逆に左腕を突き出しその手で狙いを定めるレグガイヤー。まるで自身を一対の弓矢とするかのように全身へ力を貯め、やがて臨界に達した時この新たなる救済の聖技が銘と共に解き放たれた。
「――ホーリーッ! ボルテクショォォォンッ!!!」
突き放たれる右腕と背部バーニアから猛烈に噴き出る推進エネルギー。携えた聖騎槍は回転数をさらに上げ、纏う光は迅雷を伴い出す。音壁を穿ちながら突き進むレグガイヤーから出る音は、さながら神馬の放つ甲高い
動きの取れない混魔を目掛けて進むと共に聖騎槍の穂先が変わっていく。鋭い一本から四叉の
無機質な混沌の肉体に大きな穴が開き、僅かに火花が走る。そしてすぐ、混魔の身体は空中で爆発四散した。
混魔を討ち斃したレグガイヤー。彼が手にする聖騎槍の穂先には、小さな光球が掴まれるように収められていた。騎槍の大部分を形成する円錐のシャフトが光に消えると、穂先にあったその光球を左手へ優しく乗せる。そこには、意識なく横たわる中年男の姿があった。
「この人……」
「ああ、混魔の宿主とされていた人だ」
「大丈夫なのか?」
仁禮からの問いに応えるように、レグガイヤーが己の眼を光らせて中年男を視る。スキャニングだろうかと一瞬思う仁禮だったが、それを尋ねる前に光は納まっていた。
「大丈夫だ。彼の中に混沌の形跡はもうどこにもない」
「そっか。……
「ああ、勿論だともッ!」
朗らかに、心から嬉しそうに答えるガイヤー。顔を覆うマスクが無ければ、きっと眩しく煌めく笑顔でいるのだろうと仁禮は感じる。それに釣られて彼もまた穏やかな笑みを浮かべ、
「これがお前の……勇者の力ってヤツか……」
「いいや、私と貴公との力だ。仁禮、貴公と会わなければ起こり得なかった奇跡なのだ。どうか誇ってくれ」
「……ハッ、大人にさせるようなことじゃねーよ」
何処か卑屈な軽口に反し、仁禮の穏やかな笑顔からは満足げな空気が感じられていた。
とあるビルの屋上。甲冑の男は、混乱と恐慌とそれに立ち向かう者たちの戦いの終始を眺めていた。どれだけ忌々しく思おうとも決して目を背けず、聖なる光が混沌を貫き討ち祓う事実も目の当たりにした。
「……そうか。やはりそうなのか。あれが勇者、あれこそが勇者……。秩序の使者にして正義の執行者……ッ!」
滾る憤怒に歯を食いしばりながら、男は白金の威容を見つめてていた。
想いに身を任せて襲い掛かりたい気持ちを抑えつつ、男は天を仰いで言葉を紡ぐ。混沌神への帰依を謳う。それこそが、彼自身のやるべきことだからだ。
「神よ、我らが神よ。願わくばせめて、せめてこれだけでもお受け取りいただけますればと。
死したる忌仔、散った仇花。これは我が不徳の致すものなれど、決して我が信仰に曇り
爆ぜた混魔の塵芥、暗い靄をかき集めて天へを還す。
黒い外套を翻し、男も高く天へ跳ぶ。消えゆく靄と共に、彼の姿も消えていく。誰に見られることもなく、何に分られることもなく。
「勇者よ、我ら混沌の
誰にも届かぬ台詞を吐き捨て、男は夜天の闇に消える。
佇む白金の勇者も、それに一瞥することもなかった。
「さて、この人は此処に置いておけば問題ないだろう」
あっさりとそう言って左手の光球を道路の真ん中に置いておこうとするレグガイヤー。彼のその暴挙、或いは蛮行と呼べるそれを察した時、安らぎの渦中に居た仁禮が即座に飛び起きて声を荒げていった。
「おい待てェッ! こんな道のド真ん中に人を置いていくなッ! 車が来たら轢かれちまうだろーがッ!」
「そ、そうなのか? ではそこの建物の上に……」
「ビルの屋上も駄目ッ! いつ人が来るかもわかんねーし運悪く落ちたりしたらどうすんだッ!」
「むうぅ……! で、では何処にすれば良いのだ!」
「ぬ、それは……」
思わず言い淀んで辺りを見渡す仁禮。瓦礫が散乱しているとはいえここは繁華街、何処かしら安全に人を置ける場所ぐらいあるだろうと踏むが、思ったよりもすぐには見つからない。
悩みながら少しでも遠くまで見ていくと、瓦礫の向こうで赤いランプの光る小さな建物が目に入った。この地区に配置された交番だ。
「あそこの前にしよう。そこならまだ安全だ」
「よし、承知したッ!」
左手に力を込めて、光球を優しく交番の前に飛ばすレグガイヤー。光が弾けて消えると中から中年男が現れ、交番の周りが僅かに騒然とする。だがすぐに目の前の交番へと運ばれたのを見ると、仁禮は安堵の溜め息を吐いた。少なくとも交番ならば、すぐに病院にも連れて行って貰えるだろう。
今度こそすべての後始末を終え、レグガイヤーが光と共に消えていく。巨大な
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