第6話

 ガイメイスを携え、レグホーンと共に駆け出すガイヤー。アスファルトを踏み締める蹄音ていおんは、受けた傷をモノともしないようであった。

 その勢いのまま混魔の脚攻撃を躱し、大きく跳び上がる。


「くらえ、我らの一撃ッ!!」


 三人――二人と一頭の重量を重ね、跳び上がったところからガイメイスを強く振り下ろすガイヤー。大きな衝突音が鳴り響くも、頭部と思しき部分は僅かに凹んだくらいで鍔迫り合うかのように固く受け止めていた。


「ぬ、うぅッ!?」

「オオオオオ――ッ!」


 拮抗を破るように口からの衝撃波を放つ混魔。ガイヤーたちも今度はその直撃を受けてしまい、大きく吹き飛ばされてしまう。


「痛つう……! 全然まったくなんにもなってねえ……ッ!」

「馬鹿な……。仁禮に宿る聖光の力があれば、あのような敵など容易く倒せるのではなかったのか爺ッ!?」

「そうは申されますが若様、やはり彼からは何の力も感じられませぬ。即ちこれは勘違い……若様の失態となるのではありませぬか?」

「何を言うかッ! 私の見た光が虚であるはずがないッ! 仁禮、貴公もなんとか言ってやれッ!」

「だからさっきから言ってただろッ! 聖光なんて知らねえ、俺に何が出来るかなんてわからねえってッ!!」

「ぐぬぬぬぬ……揃いも揃って無責任なッ! 貴様らはそれでもこの聖勇者と共に起つ者かッ!!」


 やいのやいのと口論を始める二人と一頭。はたからそれを眺める混魔だったが、またすぐに口の周りを震わせ始める。その僅かな変化を即座に気付いたのは仁禮だった。


「マズい、跳べッ!!」

「オオオオオ――ッ!!」


 放たれた衝撃波が迫る。だがそれよりも早く届いた仁禮の声に、レグホーンは強く地面を蹴って跳び上がる。刹那、衝撃波はそのすぐ下を通り過ぎていった。


「危ッ……」

「やるではないか仁禮ッ! ヤツのあの攻撃、よくぞ見切ってみせたッ!」

「いや褒めすぎだろ……。あんなのちょっと見ればすぐ分かるような攻撃じゃねえか」

「そうなのか? 爺はどうだ、分かっていたのか?」

「…………勿論でございますとも」


 僅かに、だが確かにあった言葉の間。つまりそれは、の老爺がほぼほぼ間違いなく気付いてなかったということだ。それを察した仁禮だったが、敢えて何も言わず溜め息を零すだけにした。


「ゴホン。しかしですな若様、彼奴のあの攻撃を見切ることが出来ると分かったとは言え、それだけでは打開になりますまい。あの頑強な身体、それを破らぬ限りは勝機を見つける事も相成りませぬぞ」

「分かってはいる。だが……」


 従獣からの言葉を、理解はしながらも頭を悩ませるガイヤー。脚を潰しても上から殴りつけても大した効果は得られなかった相手に、幼い勇者は攻めあぐねていた。

 跳躍からの自由落下、その間にもう一度混魔の姿を凝視する。平たい身体と三対の脚、衝撃波を放つ部分を頭部だとすると、それを上下左右に向かせるような首としての部位は見当たらない。

 何処となく生理的嫌悪感を与えてくるそのフォルムを上から眺め見て、またひとつ気付きを得る仁禮。それは、現代人に当然のように根付いている知識だった。


「ありゃゴキブリ……いや、スマホか?」


 何気なく口にする仁禮。彼のその言葉はガイヤーもレグホーンも聞き覚えが無く、ただ首を傾げていた。


「仁禮、『スマホ』とはなんだ?」

「あ、知らねぇのか。なんつーか、その……この世界で一番普及してる通信機器、ってヤツかな。さっき俺のヤツ見ただろ?」


 言いながら臀部のポケットから自分のスマホ――スマートフォンを取り出す仁禮。それは確かに、此処へ来る前に街を闊歩する混魔の姿を映し出した薄い板だ。内的空間インナースペース内ではあるが、ちゃんと二人にその存在を理解させることは出来たようだ。


「なるほど、これが『スマホ』という物か。しかしこれとあの混魔がどうして繋がったのだ? よもや、仁禮のスマホもあんな風に脚を出して歩くのかッ!」

「んなワケあるかッ! ハッキリとは言葉にし辛いけど、なんかこう、似てるものを感じたんだよ。平たい板型で、右上にカメラのような丸いレンズが大小2つ。大まかな特徴が一致してるせいか……?」

「にしては表面がお主の持つそれと違うように見えるが?」

「スマホにも色々種類があるからな。細かな形状や大きさは機種によってそれぞれだし、精密機械だから落として壊さないように保護カバーを付けるってのも常識の範疇だ。カバーは安値で買えるものもあるしな」


 そこまで説明をしながら、仁禮とレグホーンは共に共通の答えへと思考を繋げていく。効かない攻撃、衝撃の緩和。表面にそうしたカバーを纏っているのなら、攻撃が通らない道理にも説明がついていった。


「……『スマホ』だから、攻撃を通せなかった?」

「ふむ……。先に言われると少し癪じゃが、そう考えるのが妥当ということかのう」

「つまり、どういうことだ?」

「若様にも理解るよう端的に言うなれば、ああ見えて彼奴は全身鎧を纏っているということですじゃ」

「そういうことか! ……爺、いましれッと私のことをあざけったか?」

「いやはや、さてはて」

 

 二人の理解に一歩及んでいないガイヤーだが、すぐにレグホーンが噛み砕いた解釈を彼に伝える。簡素な説明ではあったが、ガイヤーにとってはそれで十分だったらしい。

 そうこう言っている間に地面へと着地したレグホーンは、また攻撃を仕掛けようとする混魔の視界から外すべく駆け出した。


「だが鎧であれば付け入る隙間もあるだろう! よもや全身完全防備ということもあるまい!」

「しかし若様、先程まで見た彼奴の表面にそのような部分は見当たりませぬ」

「右上のレンズと言っていたところはどうなのだ?」

「カバー越しの表面よりか通せるかもしれねぇけど、期待するほどでもないと思う。どうせ狙うんなら、背部あっちよりも腹部こっちだ」


 不敵に口角を上げながら、仁禮が自分のスマホを使ってジェスチャーする。自身の握り拳を、スマホの画面腹部側に押し当てる動作。異世界より来た二人も、その単純明快な提案にはつい笑みをこぼしていった。


 


 「とおおおおッ!!」


 苛烈な声を上げて、再度混魔の脚を攻撃し始めるガイヤー。やること自体はさほど変わっておらず、脚を削って動きを封じてからの一撃。ただそれを狙う場所が変わっただけである。

 一本二本と打ち崩し、また身体のバランスを崩す混魔。脚を崩されるとそのまま腹部を下に向けて落ちる形になるが、今度はそうはいかない。姿勢の崩れを逃さずに、ガイヤーが声と足でレグホーンに指示を出した。


「爺ッ!!」

「承知ッ!!」


 馬体を切り替え、落ち往く敵に背を向ける。直後前脚に重心を預け、浮き立った強靭な両の後脚で大きく蹴り上げる。

 跳ね上げられた混魔の身体は大きくのけぞり、体勢を変えることも出来ずに仰向けで倒れ込んでしまった。


「よっし、今だッ!」

「今度こそぉッ!!」


 戦鎚矛ガイメイスに今一度力を込め、輝きを纏わせながら大きく強く腹部側へ叩き付けた。それと共にガイヤーの手へと伝わる固い衝撃。だが今度はすぐ次の感触が伝わってくる。紛れもなくモノが壊れる感触だ。

 今度は跳ね返されることなく戦鎚矛ガイメイスを振り抜くと、その黒く透明感のある腹部に大きなヒビが入った。まるで、ガラスや硬質プラスチックが割れたかのようなヒビだ。


「アアアアアッ!」


 はじめて、混魔から痛苦と思しき叫び声が上がった。

 仰向けに倒れて脚をもがかせる混魔の姿は、生理的嫌悪感ある虫のそれを思い起こさせる。側から見れば思わず触れるのを躊躇ってしまう姿だが、それでも勇者たちは果敢に地を蹴って己が得物を振りかぶった。狙うところはただ一つ。


「同じところにもう一撃ッ! 今度は中までブチ込んでやれッ!」

「応ともだァッ!!」


 いつしか自然と指示を出す仁禮と、信頼を以てそれに応えるガイヤー。二人の息が合っていくと共にガイメイスの輝きも更に高まっていく。独りで振るう時よりも、それは確かに強い輝きに。

 

「ホーリー・クラァァァッシュッ!!!」


 力を込めて光輝く芯鉄が、もう一度先程の攻撃場所を目掛けて突き出される。尖った鉄塊が固い防護膜を割り砕きながら、その奥にある腹部――液晶部分へ向かって進んでいく。

 そして辿り着いた瞬間、ガイメイスに込められていた光が爆散。確かな一撃が、今度こそ混魔の肉体へと通った瞬間だった。

 仰向けに倒れたまま脚を緩やかに蠢かせる混魔。それはやはり瀕死の虫を想起させるものだった。一方で勇者たちは光の爆散と共に一足飛びで離脱。構えを維持しながら混魔の様子をうかがっていく。


「……やったか?」

「油断はなりませぬぞ若様」


 レグホーンの注意を受け、警戒を続けながらにじり寄るガイヤー。緊張を持って傍へ近付いた時、混魔の腹部が光を発し出した。穏やかな光ではなく、かといって目を潰す程の激しさでもない、ただの無機質的な明るい光。

 その光の中――或いは混魔の腹の内・・・に、人間の姿が現れた。


「これは……!?」


 驚く三者。映し出されていたのはただの人間……弱々しく項垂れたままはりつけにされた、中年男の姿だった。


「う、お、ぁぁああああ……!」


 低い呻き声を上げながら、もがくように体を蠢かせる男。自由の効かない体が何を感じているのかは分からないが、彼はただ苦悶の声だけを上げる。

 持ち上がったその顔には、涙痕の上を更に涙が流れていた。


「なるほど……あれが宿主であったか」

「分かるのか、レグホーン!?」

「儂も知として得ていたに過ぎぬが、混魔とは生命が混沌に寄生され、混沌と結合することで誕生する魔性。つまり混魔には、混沌の宿主が存在しているということとなる」

「うむ……。しかし、何故あの宿主とやらはヒトのカタチを? 我らの攻め手を鈍らせる為の策か?」

「……若様、アレは十中八九、この世界の何処にでも在る人間。仁禮と同じ、『ただの人間』なのであります」


 レグホーンのその言葉に、ガイヤーと仁禮はただ驚きで返す言葉を詰まらせてしまった。


「人間は、この現世に在る生命体の中で最も混沌に近しい生物。それでありながら、人間には我らのように混沌を防ぐ力がありませぬ。

 混沌に寄生されたら最早混魔と成るのを止めようが無く、生命いのちの全てを混沌へとかき混ぜられて混沌神ズァークへの供物とされる……」

「だから混沌神は、この地球を狙いやって来たのか……!」

「そう考えるべきでしょうな。ここはヤツにとって格好の狩場……餌場なのですから」


 深刻に言葉を交わし、沈痛な思いに包まれるガイヤー。

 一方混魔は攻め手が止まったのを見ると、仰向けのまま身体を蠢かせてビルの壁面を伝い、倒れ込む形で姿勢を元に戻す。そしてすぐ鋭い前脚の攻撃を仕掛け、ガイヤーたちを諸共に払い飛ばした。


「ぐぅッ!」

「抜かった……ッ!」


 傷を負いながらもなんとか立ち上がるガイヤーとレグホーンだったが、その動きは重く鈍い。ここまで戦ってきたダメージが如実に表れていたのだ。

 

「若様。敗北が許されぬ我ら、最早覚悟を決めるしかありますまい!」

「……あ、ああ」

「迷ってはなりませぬ。その為に爺は、今まで若様に訓育を施させてもらって来たのです」

「分かってる……分かっているとも!」

 

 追い詰められる中で言葉を交わし合うガイヤーとレグホーン。だがその中で仁禮だけが、理解について行けず困惑の声を上げていた。


「つまりどういうことだ!? あの人はどうするんだ!」

「言ったであろう、あれは既に混沌神の贄。彼奴の復活を阻止するには、混魔の核である宿主を砕いて完全に滅する他に無い!」

「殺しちまうってことかよッ!」

「これは大事を防ぐ為の些事。憐憫と悔恨を勝利への礎にする、尊き犠牲なのじゃッ!」

「何が些事だ、尊き犠牲だッ! 人のことをなんだと思ってやがるッ!」


 わなわなと、怒りに打ち震えながら拳を振り上げる仁禮。だがそれを振り下ろすより先に、静止の言葉が彼の耳に届いた。


「仁禮、爺の言う通りだ……!」

「ガイヤー、お前……!」

「混魔は討ち斃さねばならない……。混沌神の復活を阻止するため、その力となるものは無くさねばならないんだ……!

 それが勇者たる私の使命ッ! それは、遍く世界を救うために必要なことなのだッ!」


 まるで自分に言い聞かせるかのように激を絞り出すガイヤー。だがそんな彼の言葉にも、仁禮は間髪入れずに激情混じりの声を上げていった。


「――ザッけんじゃねぇぞこのクソガキッ!!」

「じ、仁禮……!?」

「なにが使命だ、必要なことだッ! そんな大層な言葉で勝手に割り切りやがって、何様のつもりだお前はッ!」

「わ、私は勇者だッ! 正義を以て邪悪を討ち、秩序の光にて混沌の闇を祓い乱れた世界を救う者ッ! それが、そう在るべきなのがこの私なんだッ!」

「だったらッ! そんな簡単にヒトを殺しちまうことを受け入れてんじゃねぇッ! 命を救うことを諦めてんじゃねぇッ! 勇者ってのは、どんな命も守り救うもんだろうがッ!! 守り切り、救い切る為に必死に手を尽くせる者のことだろうがッ!!

 目の前で誰かが泣いてるなら全力で救う……。たったそんなことも分からずに、『勇者』だなんて名乗ってんじゃねぇッ!!」

「――ッ!」


 仁禮の激に、ガイヤーは言葉を失った。

 ガイヤーが得てきた今までの教え――秩序神オルドや、レグホーンをはじめとした側近の従者たちからずっと与えられてきた知恵や認識よりも、さっき初めて出会った人間からの諫言かんげんに強く心を打たれていた。

 無駄な犠牲を是とするわけではない。しかし『混沌神を討ち世界を救う』という神命しんめい遂行の為に避けられぬ犠牲が出るのであれば、それは受け入れて進むしかない。そうした覚悟を彼は持とうとしていた。

 だが仁禮はそれを違うと言った。勇者であるならば命の全てを救うべきだ、その為に全力を尽くすべきだと。それこそが『勇者』なのだと。

 それは現実を見ない綺麗事だった。だが幼き勇者は、小さな人間が放ったその綺麗な言葉を全身に響かせていた。


守護まも救済すくうことこそが、勇者の成すべきこと……。勇者とは、それを成せる者……。そういうことなのだな、仁禮?」

「お、おう……!」

「わ、若様……?」

「目が覚めた気分だ。今まで何千何万と聴いてきた爺たちの教えよりも、さっきの仁禮の言葉はこの胸の奥底にまで届いて響いた。

 そうか、守護まもって良いのか――。救済すくって良いのかッ!」


 まるで抑圧されていたことを許された子供のように、はしゃぐように声を高鳴らせるガイヤー。

 彼の意気込みが伝わるかのように仁禮の内にも光が広がっていく。否、それは仁禮自身の内にある光が、成長する勇者の魂に呼応して引っ張られるように輝きを高めていたのだ。


「な、なんだこれ……!?」

「コレは、聖光ッ!? まさかこの男、本当に……ッ!?」


 勇者と青年、外と内。二つの光が溶け合いながら高まり合い、やがて大きな光と膨らんでいく。

 何故そうなったかは分からない。だがひとつだけ確信できることがある。一つになったこの光は、勇者に更なる力を齎すもの。

 討ち斃すことと守護まも救済すくうこと――何方どちらをも成せる大いなる力であると。

 

「往くぞッ! 今こそ我らの力と心――輝きを一つに、涙を救う希望の光と成りてッ!!」

「ぎょ、御意ッ!」

「あぁもう勝手に開き直りがやって……。もうどうにでもなれだッ!!」


 漲る輝きに包まれながら勇者が叫ぶ。新たなる己の姿、己の輝きを知らしめんとばかりに高らかに。


「――輝望きぼう合体ッ!!!」

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