ACT.26 鉄の刃

「……発動しない? なんでだよ、これ……ッ! 胸が急に重くなった。まるで心臓を誰かに鷲掴みにされたみたいだ。冗談じゃあない!」


 胸を掻き乱す不安と苛立ち。

 こんな状況で能力が発動しないなんて、あり得るはずがない。

 けれど――

 心の奥に、鋭く突き刺さる確信。


『ヒマワリの能力だ。あいつのせいで、うまくいかない……!』


「どうだ、オレの能力! 大崎翔子! これなら完封だろう!」


 ヒマワリのSW20が左ヘアピンを華麗に抜け、さらに距離を広げていく。

 手が汗ばみ、思考がまとまらない。悔しさが喉元までせり上がる。


「縮めるしかない……!」


 ゼロカウンタードリフト――発動!

 タイヤが悲鳴を上げ、エンジンが怒りの咆哮を響かせる。

 視界の端に、かすかにヒマワリのリアウィングが映る。

 次の瞬間だった。

 車両の前方に、眩い閃光――!

 世界が軋み、空気がひしゃげた。

 一瞬、胸がえぐられたように熱くなる。

 そして、胸の奥から迸る衝撃――!


「これが……新技!?」


《スティール・ブレイド》


 名を呼んだ瞬間、前方の“空気の層”がわずかにずれた。

 光が歪んだように見え、遠近感が一瞬だけ狂う。

 その錯覚がステア入力の“ほんの数度”を乱し、ヒマワリのラインが吸い込まれるようにぶれた。


 スタート地点では、ギャラリーから送られてくる情報を元に、仲間たちはオオサキとヒマワリのバトルを見守っていた。


「ヒマワリ、大丈夫かしら……」


 ウメは不安そうに呟くと、手元の無線機に耳を傾けた。


「精神が限界を超えると、あの子のSW20は“牙”を剥くわ。どんな天才でもMRは、気持ちが乱れた瞬間に裏切るの。」


 ヒマワリが乗っているのは、スピンしやすいMR駆動のSW20。あの『オレはSW20をスピンさせたことがない』という自信満々な言葉が、今となっては逆に不安を呼び起こす。


「それでも心配よ……。5連続ヘアピンの最後まで、集中力が続くかどうか……」


無線機からは、ギャラリーの声が断続的に響いてくる。その度にウメは眉をひそめ、視線を落としながらも、何かを考え込むように沈黙した。


「……あ、それと……」


 一瞬言葉を詰まらせたウメは、再び口を開いた。


「……ひとつ、言い忘れていたことがあるの。あの子が“限界を超える瞬間”の癖について。でも……もう手遅れかもしれない」


 ウメの顔には、ただのレースの行方を気にする以上の何かが浮かんでいた。ヒマワリに対する信頼と不安が交錯し、彼女はその心情に押し潰されそうになっている。彼女の胸の奥には、ヒマワリを支えたい気持ちと、それが果たして足りるのかという不安が渦巻いていた。


「何かが、私の中で……」


 言葉にはならないその感情が、ウメを静かに締め付けていた。


 バトルはついに、最後の区間――5連続ヘアピンに突入した!

 精神的に追い詰められたおれには、ここが最も不利な状況だ。でも、ここで終わるつもりなんて、毛頭ない。


「ヒマワリ、絶対に追い抜いてやる……!」


 前を走るSW20のヒマワリも焦っていた。ハンドルを握る手には汗が滲み、顔は険しく、緊張の色が浮かんでいる。


「……くそ、追い越されてる。でも絶対に負けない!サクラ姉ちゃんとモミジの仇を取るんだ!」


 1つ目の右ヘアピンへと突入する。

 おれはゼロカウンタードリフトでコーナーを駆け抜け、ヒマワリもまた、セナ足ドリフトで対抗してくる。その迫力に、周囲の空気がひしめきあうように震える。

 互いに精神が限界に近づいているのか、車の挙動はどこか不安定だ。それでも距離はほとんど変わらない。

 2つ目の左ヘアピン。

 おれはさらに攻めた。ギリギリまで踏み込んで、ヒマワリとの距離を接触寸前まで縮める。


「また……縮められてる? 嘘だろッ……!」


 ヒマワリの焦りが、俺の心にもじわじわと伝わってくる。残り3つのヘアピン。


「SW20の立ち上がり加速、コーナー出口で引き離される……このままじゃ抜けない。でも――」


 気合を入れ直す。3つ目の右ヘアピンに、全身の力を込めて突っ込む。


「ここで決める――ドラゴン・デザイアだ!」


 その瞬間、SW20の周囲に赤みがかったドラゴンのシルエットが浮かび上がり、車体から流れる粒子が尾のように揺らめく。この技が放つ威圧感は、まるで空間そのものをねじ曲げるかのように圧倒的だった。

 技が発動した瞬間、空気が震え、地面が揺れるような感覚を覚えた。

 ヒマワリのSW20が若干乱れ、一瞬の隙間ができる。


「ナンマイダナンマイダ……!」


 ヒマワリも覚悟を決め、ハンドルを強く切り込む。その瞬間、SW20は大きくスライドし、ドリフトでコーナーを抜けようとするが――


「ダメだ……!」


 名を呼んだ瞬間、前方の“空気の層”がわずかにずれた。

 光が歪んだように見え、遠近感が一瞬だけ狂う。

 その錯覚がステア入力の“ほんの数度”を乱し、ヒマワリのラインが吸い込まれるようにぶれた。


「なんで……!」


 ヒマワリのSW20はその場で停止。ここで彼女はリタイアとなった。

 おれはそのままゴールへ向かう。勝利が確定した瞬間――嬉しさよりも、虚しさが胸を締めつける。


「……これで勝ち?本当に……?」


 勝った実感が湧かない。

 ヒマワリが全力を出し切ったのか、おれの技が勝因だったのか。答えは見つからない。

 勝利の余韻に浸る間もなく、胸を締め付けるような喪失感が押し寄せてきた。

 ヒマワリの覚醒技、その力を前に、おれはまだ戦いが終わった気がしなかった。

あの一瞬――ヒマワリの魂が、俺の中に響いたような気がしたからだ。


 ヒマワリのスピンがトランシーバーを通じて頂上に伝わり、その情報を聞いた家族がすぐに駆けつけてきた。

 JZA70からはウメが、アルテッツァからはモミジとサクラが降りてきた。


「ヒマワリ、大丈夫!?」


 ウメが顔をしかめ、心配そうに駆け寄る。


「スピンしたって聞いて、急いで来たよ。怪我はない?」


 モミジがヒマワリの顔を見つめ、サクラもその横で無言で心配そうに立っている。

 ヒマワリは車から降り、少しふらつきながらも、無理に笑顔を作って言った。


「大丈夫だよ、母ちゃん、モミジ、サクラ姉ちゃん――ただちょっと精神的にキツかっただけ。家に帰ったら反省しようかな、次のバトルに向けてね。」


 その言葉に、ウメはほっとした表情でヒマワリを見つめ、モミジとサクラも安心したように頷いた。しかし、心の中ではまだ不安が残っていた。


「次は絶対に無理しないでくれ、ヒマワリ。」と、サクラが静かに言うと、モミジも頷きながら口を開いた。


「うん、次はもっと冷静にな。」


 ヒマワリはしばらく黙っていたが、少しだけ頷いた。


「わかってるよ――次はもっと強くなるから。」


 ヒマワリの悔しさと同時に、どこか清々しい気持ちも残っていた。しかし、彼女の目には、もう一つの冷たい視線が注がれていた。

 雅が、観戦していたランサーエボリューション8の車から降り、無言でヒマワリに歩み寄る。その表情には、冷徹なまでの厳しさが浮かんでいた。


「ヒマワリ。」


 雅の声は冷たく、まるで氷のように響く。

 ヒマワリがその声に振り向くと、雅は一歩も近づかず、静かに立ち尽くしていた。


「残念かしら。」


 その言葉は、ヒマワリの胸に鋭く突き刺さった。


「……あなたなら“孤独に勝てる”と思っていたのよ。なのに、今日のあなたは……ただの走り屋だったのかしら」


 ヒマワリはその言葉に一瞬硬直する。雅の目は冷ややかで、どこか遠くを見つめている。その視線に、ヒマワリは言葉を出せず、ただ胸の中で怒りと悔しさがぐるぐると渦を巻いている。


「勝負は勝たなきゃ意味がない。あなたなら、私が抱えてきた“孤独”を追い越してくれると思っていた。けれど今日のあなたは――ただ、速いだけの走り屋だった。」


 雅が静かに言葉を続ける。


「負けるのは自由。でもね、勝たなきゃ何も残らない。それがレースよ。」


 ヒマワリは深く息をつき、肩を落としてからゆっくりと答える。


「分かってるよ。でも、今は悔しくて、しょうがないんだ。」


「悔しい?」


 雅の目が一瞬、わずかに揺れる。しかし、その冷たさはすぐに戻り、ヒマワリをじっと見据えた。


「悔しい? ……それだけじゃ足りないわ。孤独ってね、勝つための燃料じゃないの。“負けてでも進む理由”よ。今日のあなたには、それがなかった。」


 雅の言葉には、ただの挑戦的な冷徹さが含まれていた。


「だって、私は思ったほどあなたは強くない。」


 ヒマワリは反論しようとしたが、雅の冷ややかな笑みがそれを遮った。


「ヒマワリ、あなたは私が思い描く走り屋の姿に届かなかった。それがどうしようもなく残念なのよ。」


 その言葉に、ヒマワリは胸を打たれ、無言で目を伏せた。心の中で、何かが崩れ去っていくのを感じた。


「分かった……九一三雅。お前の期待に応えられなかった。それが、こんなにも悔しいと。」


 雅は冷たく一歩後ろに下がると、振り返らずに再び車へ向かう。


「もう一度言うわ。残念だったわね。」


 ヒマワリはその背中を見送った。心の中で何かが引き裂かれるような感覚に襲われたが、それでも彼女は何も言わず、ただその場に立ち尽くしていた。

 冷たい風が二人の間を通り抜け、ヒマワリの目の前でその風が音を立てて木々を揺らした。


 深夜のSpeed葛西に戻った家族4人は、ヒマワリのバトルを振り返りながら、静かにその場に集まっていた。


「まず、私にも反省点があるわ。」


 ウメが少し考え込むように言った。


「“入れる場所”を一つ、言い忘れた。親としても、監督としても、あれは痛恨だったわ。あそこで言っていれば、ワンエイティをもっと追い詰めることができたかもしれないわ。」


「いや、気にしないでよ。」


 ヒマワリは軽く笑って答えた。


「この作戦がなくても、もうすぐ勝てると思ってたぜ。」


 ウメは微笑みながらも、真剣な表情で続けた。


「ふふ、ヒマワリ、あなたは相変わらず自信家ね。でも、その自信が時には反省点にもなるのよ。それが、あのバトルでの敗因だったと思う。」


「だよな。」


 モミジも頷きながら、少し皮肉っぽく言った。


「ヒマワリはさ、どんな相手にも「トラクションで勝てる」って豪語してるけど、直線だけじゃ結局負けるんだよ。コーナーとか、別のセクションで負けちゃったら、それで終わりなんだよ。」


 ヒマワリはその言葉に少しだけ顔を下げた。


「負けてごめん……。次はもっと気を付けるよ。」


 家族はしばらくヒマワリを見守り、静かな時間が流れる。やがて、ウメが口を開いた。


「でも、今回は頑張ったから良しとしましょう。」


 その言葉に、ヒマワリはほんの少し顔を上げ、微笑んだ。心の中で、次はもっと冷静に、そしてより上手く戦おうと誓った。


「大崎翔子、あなたはこれで3姉妹全員に挑んだことになるわね。」


 ウメが続けて言った。


「そして、みんなに勝ったことになった。」


 ヒマワリは少し笑った。

 家族はその言葉に何も言わず、ただ静かに彼女を見守っていた。だが、その時、次のバトルでリベンジを誓った者もいれば、大崎翔子の大切なものを狙う者が現れることを、誰もが予感していなかった。

 そして、この時誰もが予想できなかったことがあった。それが、赤城で行われた覚醒技を使った最後のバトルになるとは――。


 その翌朝、5月3日の祝日の日曜日。赤城山の静寂を破るように、エキゾースト音が山を震わせた。

 おれ、大崎翔子が駆るRB26搭載の180SXと、斎藤智――智姉さんの600馬力のR35が、赤城のテクニカルなコースを疾走していた。


 おれはコーナーの入り口でブレーキングしながら、いつものように「覚醒技」を発動しようと集中する。しかし、その日は何かが違った。


「……おかしい。体が、反応しない。」


 ゼロカウンタードリフトを決めつつ、思わずつぶやく。

 車は完璧に制御されている。しかし、いつものあの「覚醒した感覚」が湧き上がってこない。

 後ろから迫るR35の智姉さんも、どうやら同じような違和感を抱えているようだ。


「私の600馬力で赤城を攻めるとき、いつもあのゾーンに入る感覚があるのに……今日は、何も感じない。」


 智姉さんはシフトダウンしながらおれを追い詰めてくるが、その表情には不安げな色が滲んでいる。

 二人は赤城の下りを終え、駐車場に車を停めた。

エンジンの熱気が漂う中、おれが車から降りると、智姉さんが近づいてきて話しかけてきた。


「オオサキ、何か感じなかった?」


 おれは軽くうなずき、短く答える。


「覚醒技が使えなくなりました。何かが変わったんだと思いまあす。赤城の空気なのか、はたまた、おれたち自身の問題か。」


智姉さんは少し考え込むように黙り込み、それからゆっくりと口を開いた。


「そうかもしれない。私も感じている。あの感覚が消えた。もしかして……」


おれは眉間にしわを寄せ、無意識に朝空を見上げた。


「いや、違います。変わったのはおれたちじゃあありまっせん。もっと根本的な何かがあります」


 思わず声を上げるが、その言葉には自信がない。


「……今朝の赤城、どこかおかしい。風の流れも、路面の鳴き方も、昨日までの赤城じゃない。その違和感がずっと胸に引っかかってた。技が使えない理由……おれたちじゃなくて“世界側”かもしれない」


 二人は赤城の風景をじっと見つめ、次の走行に何が待ち受けているのかを考え始める。

 覚醒技が消え、これまでの優位性が失われた今、改めておれたちの真の技術と精神力が試される時が来たのかもしれない。

 赤城――いや、全ての峠が、おれたちに新たな課題を突きつけていた。


 朝8時。

 葛西サクラが乗る黒いJZA80型スープラが、Maebashi市街の静かな街並みを切り裂いていく。

 シャープなアイラインを施されたスープラは、まるで彼女自身のように、凛とした気配を纏っていた。

 赤城山のふもとにある「和食さいとう」。

 サクラは静かに車を停めると、迷いなく運転席から降り、店の前に立つ。

 店は、まだ開店前。

 なのに、彼女はためらいもせず、扉を押し開けた。

 カラン、と控えめな鈴の音が響く。


「いらっしゃいませ――だが、すまん。まだ開店してないんだがな……」


 顔を出したのは店主、智姉さん。

 しかしサクラは一歩も引かず、きっぱりと言い放つ。


「来店したわけじゃない。――大崎翔子に用がある」


 智姉さんが、わずかに目を見開く。

 けれどすぐ、店の奥へ向かって声を張り上げた。


「おーい、オオサキ! お客さんだ!」


 その声に、おれは無意識に立ち上がっていた。

 玄関へ歩き出す。

 そこには、まるで戦場に立つようなサクラがいた。

 ヒマワリのスピンを見て何を思ったか。

 そして、静かに告げる。


「取り返しに来た。――あの日の続きだ。」


 ズドンと、心臓が跳ねた。


「ただし、今回は往復だ。ダウンヒルでスタート、ヒルクライムで帰ってくる。ルールは、それだけだ。二週間後、土曜の夜、16日の23時。……来るか?」


 一瞬、呼吸を忘れる。

 だが――


「挑むよ。……君が、どれだけ強くなったか、確かめたい!」


 これ以外に、選択肢なんてなかった。

 サクラは小さく頷くと、無言でスープラに戻った。

 エンジンが吠え、黒い車体が赤城へと消えていく。

 その背中に、静かな決意が滲んでいた。

 店の静寂を破るように、智姉さんがぽつりと漏らす。


「――葛西サクラ、か。……随分と、オーラが変わったな」


「……ですね。あの時とは、別人みたいです」


 胸の奥で、不安がざわつく。

 もし、サクラが本当に強くなっていたら――

 だが、そんな弱気を智姉さんの言葉が吹き飛ばした。


「今日、お前のワンエイティの剛性とパワーを強化するぞ。しばらく乗れないが――戻ってきたら、必ず強くなれる」


 その声に、自然と背筋が伸びた。


「はい! ……ワンエイティ、鍛えてきます!」


 サクラに勝つために。

 今は、ただ準備あるのみだ。


 午前9時。

 私はオオサキのワンエイティをさらに鍛えるため、Speed葛西へ向かった。

 店の前に着くと――

 待ち構えていた店長、葛西ウメが、目を丸くした。


「いらっしゃい――って、えっ!? 斎藤智が、オオサキのワンエイティに!?」


 ウメの声が裏返る。

 無理もない。普段、絶対に来ない客が、しかも乗ってくる車まで違うのだから。


「今日の用件は一つだ。ワンエイティの馬力と剛性、両方強化してほしい。……預かり、頼めるか?」


 ウメは顎に手を当て、少し考え――すぐに、ニヤリと笑った。


「いいわよ。馬力も剛性も、バッチリ鍛えてあげる。納期は……まあ、1週間から2週間ってところかな」


「構わない。頼んだぞ。――オオサキも、準備してるからな」


 私は静かに頷いた。

 これで、ワンエイティは確実に進化する。

 だが、ウメはそれだけでは終わらせなかった。


「そうだ、ついでに伝えておくわ。……私も、あなたにバトルを挑むから」


「……何?」


 ウメはにやりと笑い、指をぴしっと突きつけた。


「赤城のダウンヒル、来週の土曜、9日の夜10時! 受けて立つ覚悟、あるんでしょ?」


 胸が高鳴る。

 でも、迷いはなかった。


「望むところだ……」

  

 私は即答した。

 ウメは満足げに頷く。


「そうこなくっちゃ! ……楽しみにしてるわよ」


 その瞬間、二人の間に、かつて交わした熱い火花が蘇った気がした。

 ウメは続ける。


「それから代車、用意してるわ――Z32型フェアレディZよ」


「……Z32?」


 ウメが嬉しそうに、指で赤いボディを指し示した。

 そこにあったのは、真紅に輝くフェアレディZ。

 流れるようなフォルム。

 ずっしりとした存在感。

 そして、たぎるような力を秘めたエンジン音。

 Z32――VG30DETT。低回転から容赦なくトルクを叩きつける、古い世代の“暴れる”ツインターボ。直線では重さを感じるのに、コーナーの踏み返しではまるで巨大な拳に背中を押されるみたいな蹴りが来る。ワンエイティとは、呼吸のリズムから違う車だった。

 その数字だけで、胸が熱くなる。


「これでしばらく走りなさい。きっと、これで赤城も悪くないはずよ」


 ウメの自信に満ちた声に、私は小さく笑った。


「――9日の土曜日、夜10時、必ず行く」


 最後にそう告げると、代車の赤いZ32に乗り込み、ハンドルを握った。

 その瞬間、エンジンが低く唸り、体中が震えた。

 バトルの夜まで、あとわずか――。

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