ACT.17 ブラインドアタックの恐怖

「相手の存在なんか、消えるわけがない」


 たとえライトが消えようと――

 タイヤの悲鳴と、エンジンが刻む“生の音”だけは絶対に消えない。


 S字ヘアピンへ突入。

 背後の闇を裂きながら迫る戸沢のDC5。

 その輪郭に、白いオーラがぼんやりと揺らぐ。


「来る……」


 全身の神経が針のように尖り、直感が警鐘を鳴らす。


「行かせてもらう。《臨戦態勢》!」


 静かな熱が身体の奥から立ち上がり、

 呼吸が浅く、鋭く変わる。

 視界の輪郭がはっきりと切り出され、

 闇の中の色彩が異常に鮮やかだ。


 ヘッドライトを消したまま、戸沢のDC5が

 おれの180SXをかすめてS字を切り裂く。

 アクセルとブレーキの僅かなタッチですら精密で、

 ステアリングを切る音が鋭い刃物のように感じられる。


「前に出られたら逃げられる……なら、ここで使う!」


 胸の奥から、炎のような衝動が突き上がる。


「見せてやる……おれの奥の手。《赤備え》──ッ!」


 全身が焼けるように熱くなり、

 鼓動がマシンの回転と完全に同期する。

 恐怖は消え、思考はただ“走る”ことだけに研ぎ澄まされた。


 シフトダウンとブレーキを同時に叩き込み、

 大きく角度をつけて強引にドリフト。

 戸沢のラインをえぐり取るように、

 ブロックラインへねじ込む。


 わずかだが、確実に距離が開く。


「離したいようだが……無駄だ」


 戸沢の低い声が、静かな殺気となって闇を這う。

 まるで狙撃手の瞳だ。

 おれのテールだけを正確に追い続けている。


 ヘッドライトは、まだ闇の底。


 第1高速セクション。

 数字だけなら、パワーで勝る180SXが有利のはず――だが。


 下りではフロント荷重のFFが、重力そのものを味方にする。


 互角。

 むしろ、VTECの咆哮は少しずつ距離を詰めている。


「やっぱ……駆動の差が出るか……!」


 距離が縮まらない。

 “いつ刺されるか”を考え続けるプレッシャーが、

 胸を圧迫していく。


 ヘッドライト消灯は、ただの見せ技じゃない。

 精神を削りに来ている。


「離されないぞ……絶対に!」


 赤いテールランプにDC5のノーズが食い込む。

 煽るような間合いに、思わず舌打ちが落ちる。


 どう踏んでも、背後の咆哮が消えない。

 このまま先を守りきれるのか?


 ハンマーヘッド。

 左突き当たりの複合コーナー。


 両者、同時に強烈な減速。

 その瞬間――


 戸沢が“死角の外側”を滑るように刺してきた。


「行くぞ──ッ!」


 ライト消灯のまま、速度をほとんど落とさず飛び込んでくる!


「──なにっ!?」


 視界に映らない。

 ブロックの判断が、ほんの一瞬だけ遅れた。


 鮮やかすぎる追い抜き。

 ポジションは、スタート時と同じ――いや、さらに最悪へと戻る。


「いま、戸沢さんが180SXの前に出ました!」


 ギャラリーの無線が弾ける。


「《ブラインドアタック》で抜いたってことだよな!」


「アレはマジで心折れる……」


「180SXも耐えられなかったか……」


 だが――ひとりが小さく呟いた。


「……でもさ。終わってねぇよ。180SX……なんか来る」


 プラズマ三人娘も空を見上げ、不安げに息を呑む。


「おらんときみてぇに、刺されるかもしれねぇ……」


「でも後半は直線多いよ……サキちゃんのワンエイティ速いもん」


「せやけど下りはFFが強いんや。どうすんねん……」


「後半で勝つには……どうすりゃいいんだよ!?」


 その混乱を断つように、智が静かに口を開いた。


「確かに不利。でも――オオサキには切り札がある。“能力”だ」


「見たことねぇぞ」


「くにも知らない」


「うちもや」


 智はまぶたを伏せる。


「精神が追い詰められた瞬間に発動する。ただし、代償も大きい。私も一度使ったけど……その後、一日中動けなかった」


 現在、第2高速セクション。

 戸沢はライトを点け直し、全開で駆け抜ける。

 青いテールが、闇の中で妖しく揺れる。


 赤よりも闇に沈む――そんな色を選んだのか?


 接近と離脱を繰り返しつつ、

 第2高速の終盤ジグザグへ――。


 技はまだ冷却中。

 戸沢はまだ継続中。


「このままじゃ……負ける……!」


 精神力が削れ、視界がじんじん滲む。

 死んでもいい――そんな黒い感情が浮かびかけた。


 サクラゾーンへ。


 ナイフのような右ヘアピン。

 ドリフトで飛び込むが……距離はさらに開く。

 S字でも差が広がっていく。


 左U字ヘアピン。

 先に入った戸沢の口元が、わずかに動いた。


「終わったな」


 サクラと柳田を倒したおれが――

 ここで終わるのか?


「……ダメ、だ……」


 遅れて入った瞬間、絶望が胸を覆う。


 ――その時。


 おれの身体から、真紅のオーラが噴き上がった。

 太陽すら焼き尽くすような灼熱。

 鼓動が激しく跳ね、視界の色が変わる。


「……あれは……!」


 全てを焼き尽くす覚醒が――

 今まさに始まろうとしていた。


The Next Lap

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