ACT.18 大崎翔子、精神覚醒!

 俺の名前は戸沢龍。

 最初に乗ったのは、S14シルビアだった。


 FRのドリ車。横の世界に憧れて、自然と峠へ向かった。


 けど――


「……なんか違ぇな」


 悪くない。けど“俺の走り”じゃなかった。


 結局、そのシルビアは妹に譲った。


 DC5インテRに乗り換えてからだ。

 峠で――DC2乗りの女に出会った。

 後に“師匠”と呼ぶことになる人だ。


 叩き込まれたのは、基礎と、恐怖の扱い方。

 その延長で身についたのが《ブラインドアタック》。

 視界の切れ目を、“目”じゃなく“感覚”で抜ける走法。


 派手に見えて、実は実戦的。

 この技で、榛名のダウンヒルで名を上げた。


 この技を武器に、俺は“榛名のダウンヒル”で名を上げた。


 そんなある夜、一人の走り屋と出会う。


 Z33の女――


「柳田マリア。ヒルクライムが得意じゃん」


「戸沢龍。ダウンヒルとブラインドアタックで勝負してる」


 タイプは違ぇ。

 けど、すぐに意気投合した。


 俺たちは“WHITE.U.F.O”を立ち上げた。

 夜の峠でヘッドライトを消し、五感を研ぎ澄ます特殊技――

 WHITE.U.F.Oミッドナイトドライブ流。


 それを武器に、俺たちは榛名最速に登り詰めた。


 今じゃ赤城の雨原芽来夜、妙義の矢口真綾と並んで“上毛三星”なんて呼ばれている。


 だが今、――その俺が。


「……負けるかもしれない、だと……?」


 相手は大崎翔子。

 RPS13ワンエイティ乗り。


 ゴールが近づくにつれ、胸の奥に焦りが芽生える。


「負けてたまるかあああああああああッ!!」


 叫ぶと同時に、おれの体から闘気が噴き出した。

 赤く燃えるような、集中と感覚の爆発。


 次の瞬間――

 戸沢の走りは、鬼神のように鋭くなる。


「こっちはサクラゾーンの二連ヘアピン前! ワンエイティの動きが速くなってる!」


「嘘……? あたしたちのリーダーが抜かれるってこと……?」


 WHITE.U.F.Oのメンバーたちの声がインカム越しに震える。


 一方のオオサキ側も沸き立つ。


「来たな、オオサキの能力が発動してる!」


「やっべえ、速ぇ!」


 “ズーム・アタック”。

 恐怖を遮断し、精神を一点に集中させる技。


 おれが完全に“ゾーン”に入っている。


 ならば――応えるしかねぇ。


「逃げ切る……!」


 VTECが吠える。

 背後からRB26が追いすがる。


 ヘアピンが続く終盤へ突入――

 ここで、おれの動きが変わった。


 左右に車体を振りながら、戸沢のDC5を揺さぶる。


「鬱陶しい動きしやがって……!」


 言いながらも、心は焦ってた。


「――これは、ヤバいぞ」


「練習してた“アレ”を使うしかない……!」


 赤城ダウンヒル最大の難所、“5連ヘアピン”。


 1つ目。

 外から来たおれは失速し、戸沢のイン封じで突破。


「次は内側から行く!」


 2つ目。

 おれは予告通りインを狙うが、戸沢もそこを潰す。


「まだだ……大崎翔子には奥の手がある」


 ギャラリーのサクラが呟く。


 3つ目のヘアピン。


「……いない!?」


 戸沢の視界から、おれのワンエイティが消えた。


 ほんの一瞬――

 ブレーキングで前荷重が極端にかかる“死角”が生まれた。

 その隙に、おれは内側へ滑り込んでいた。


 練習しても成功率は低かった秘技。


 ――《幽霊群馬》。


 背筋が粟立つほど静かな追い抜きだった。


 死角の外から前に出る、まさに“幽霊”の走り。


 最終ヘアピン。

 戸沢は“夜に駆ける”で食らいつくが……及ばない。


 フィニッシュを駆け抜けたのは――


 勝者:大崎翔子(RPS13)


「戸沢さんが……負けた!?」


 WHITE.U.F.Oが凍り付く。

 柳田マリアは唇を噛んだ。


「戸沢が……やられた……」


一方のおれ陣営は歓声の嵐。


「勝ったべ! 第5部完!」


「いや第4部だっての!」


 勝者のおれは、マシンのシートに崩れ落ちていた。

 能力の反動で、全身が悲鳴を上げている。


「……疲れたぁ……」


 窓の外。

 戸沢龍が立っていた。


「怯えてないよな? 男の俺に」


「平気。君みたいな真っ直ぐな人、嫌いじゃないよ」


 その瞬間、戸沢の顔に微笑みが走った。


「完敗だ。あの走り、防げなかった」


「君のブラインドアタック対策で考えた技なんだ。練習じゃ全く決まらなくて……本番でやっと!」


「面白ぇ。また勝負しようぜ」


 そう言い残し、彼は闇へ溶けた。


――伝説は続いていく。

 戸沢が去って数分。ふたたび、峠にエンジン音が響く。

 やってきたのは、板垣さんと甘利さん――あの強烈な師匠コンビだ。 


「勝ったみたいだな、オオサキ」


 先に口を開いたのは稲垣さん。相変わらず、切れ味鋭い眼差しが鋭い。


「はい……! お二人に技を教えていただいたおかげです!」


 思わず背筋を正して敬語になってしまう。というか、この二人にはいつもこうだ。智姉さん以外で、俺が自然と頭が上がらない相手――それが彼女たち。


「まだまだ教え足りねぇって思ってんなら、もっと叩き込んでやるぜ? 栃木からまた来るぞ、泣けてくるぜ……」


 甘利さんが、鼻をすするようなポーズで言ってきた。たぶん泣いてない。たぶん。


「いや、ガソリン代が……」


「ははっ、そんなの気にすんな。こっちも好きでやってんだ」


「ありがとうございます。ぜひ、これからもお願いします。まだ“あの走り”に慣れてないので……」


 深く頭を下げる。彼女たちの教えは、まだまだおれには必要だ。


「じゃあ、またな」


 そう言って二人は、それぞれのセダンに颯爽と乗り込み、闇夜に消えていった。

 入れ替わるように、次のエンジン音が近づいてくる。

 ――来た。

 智姉さんと、プラズマ3人娘だ。

 バトルを見届けていた仲間たちが、クルマから次々と降りてくる。


 「サギさん、やったべぇ!」 


「よく勝ち切ったな。しかも、速くなってる――これは本音だ」


 その言葉が、湯気の奥で柔らかく揺れた。

 たった一言なのに、胸の奥がじんわり熱くなる。

 智姉さんが、珍しく優しい目で微笑む。


「い、いやいや、まだまだです! 智姉さんには到底……!」


 内心、めちゃくちゃ嬉しい。けど、照れくささのほうが勝ってしまう。


「サギさんマジすげーべ! 榛名最速の称号持ってて、FFで速いあの走り屋を倒すなんてさぁ、もうおら、興奮しただぁ!」


「サキちゃん、すごいすごい!」


「やっぱうちらのエースやな!」


 プラズマ3人娘も、わちゃわちゃと褒めてくれる。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。

 そんな中、智姉さんがふと思いついたように言った。


「あれだけの戦いをしたんだ、少しくらいご褒美があってもいいな。温泉でも行くか?」


「行きたいですっ! もう、能力使ったら体バキバキで……!」


 全員が賛同の声をあげる。

 やっと、ひと息つけそうだ。

 今夜は、あの湯けむりの中で――勝利の余韻に浸ろう。


 最初の難所――ギャラリーポイントにて。

 タイヤスモークの余韻がまだ漂う中、ヒマワリが右手で例の決めポーズを作る。人差し指と親指を直角に開き、あごにあてる。 


「また勝利! イィ〜ネ!」


 得意げな笑顔に、満足感がにじむ。


「楽しかったろ? あの大崎翔子の走り、マジでヤバかったじゃん」


「うん。彼女の実力、あらためて思い知ったよ」


 となりに立つのは――葛西モミジ。

 その瞳には、燃えるような闘志が宿っていた。 


「ボク、今度あの翔子にバトルを挑むつもり」


「え、マジ!?」


 ヒマワリの目がまん丸になる。


「本気かよ!? あいつ、ついさっき榛名最速の走り屋を倒したばっかだぜ!?」


「分かってる。だからこそ、逃げない。――サクラ姉ちゃんの仇を取るためにも」


 モミジの声は静かだったが、その言葉には鋼の意志がこもっていた。

 ヒマワリはしばらく目を見開いていたが、やがてニッと笑う。


「……イィネ。そういうの、嫌いじゃないぜ!」


 2人はエンジン音を響かせ、ギャラリーポイントを後にする。

 ――次にオオサキの前に立つのは、葛西モミジなのかもしれない。

 その時、何が起こるのか。今はまだ、誰も知らない。


 赤城のバトルが終わって、数分後。

 おれたち6人は、赤城温泉の湯けむりに包まれていた。

 六荒を除く5人は、女湯へ。ギャラリーとして観戦していた数人の姿もそこに混じっている。


「サキさん、温泉どうだべ?」


「へぇ~……生き返るよ」


 湯に肩まで浸かると、体中に溜まった疲労がすうっと抜けていく。能力の反動も、心のざわつきも、湯の熱で溶けていくようだった。


 ああ……これ、最高かもしれない。


「今回のバトル、大変だったようだな」 


 智姉さんが、湯けむり越しに静かに訊いてくる。


「はい。最初はうまくいくと思ってたんです。作戦通り後攻に回って、相手の技を封じるつもりでした。でも……相手がまさか、こっちの作戦を読んで、あえて後攻を選んでくるなんて」


 思い出すたびに、胸の奥がざわめく。


「ブラインドアタックで一気に抜かれて、あのときは正直、心が折れそうでした。でも――あの瞬間に、能力が発動したんです。あれがなかったら……」


 苦笑しながら、肩をすくめる。 


「なるほどな。作戦ミスはドンマイだ。バトルは、これからいくらでもある」


「……ありがとうございます。あとは……練習してた技、本番でいきなり成功しちゃって。発動しないかもって思ってたのに、まさか追い抜きの瞬間でキマるなんて」


 あの感覚は、忘れられない。


「サキちゃん、ホンマにお疲れさまやったな」


「うん、大変だったべ……」 


 川さんとクマさんが、やさしい声で相槌を打ってくれる。


「サキさん、智さん、おらたち先にあがってくるべ」


「くにちゃん、もう上がるよ~」


「うちも先に行くわ~」


 プラズマ3人娘が、ぱちゃぱちゃと湯をかいて浴場を後にする。

 しばらくして、智姉さんとおれも湯から上がった。

 ――戸沢との戦いは、辛く、苦しかった。けど、勝利することができた。 

 今日も、ようやく終わった。

 でも……次はきっと、もっと強い奴が現れる。

 ギャラリーの中に――あの眼差し。獣のような、光る眼があった。

 赤城の湯けむりの向こう。次なる闘いの影が、ゆらりと揺れていた。


 翌朝――。

 見覚えのある車が、3台。峠を切り裂くように現れた。

 黒のZN6・トヨタ86。その後ろには、イエローのV36スカイライン。そして最後尾には、銀のマークX・GRX130型。

 しかし、それらは昨日までとは別物だった。

 86には、あのスーパーカーLFAを彷彿とさせる、DAMD製のエアロ。

 V36には、R35GT-Rばりの攻撃的なバンパーが装着されていた。マークXも、地を這うような低さに変貌している。

 3台は、一台のクルマを追い詰めていた。

 ――BNR32、スカイラインGT-R。

 真っ白なボディ。リアウインドウには「DUSTWAY」のステッカー。


「行くよ。あたしの“今”を見せてやる――!」


 先頭のZN6が、挑戦の証・パッシングを浴びせる。相手は動じない。だが、その直後――!

 バトルが始まった。1つ目の下りコーナーで、谷村の86が一瞬でGT-Rの内側へ飛び込む。


「抜いた……!」


 堀内のV36、矢沢のマークXも続く。たちまち3台は、32GT-Rを置き去りにした。

 そのまま次なるターゲットへ――。

 黒いEG6シビック。こちらも「DUSTWAY」の文字を背負っている。


「次はこいつか……」


 谷村がギアを叩き込み、ストレートであっさり抜き去る。

 続けてV36、マークXも猛追。


「赤城最速チームって、聞いてたんだけどな」 


 ルームミラー越しに小さくなる2台を見て、谷村は鼻で笑った。


「……この程度で“最速”を名乗ってたって? 笑わせないでよね」 


 本当に速くなったつもりか――?

 そんな疑問を胸に、谷村たちは峠の闇を切り裂いていった。


 赤城ダウンヒルのゴール地点近く、朝の駐車場にエンジン音が静かに消えた。

 煌々と照らす街灯の下で、3人の女たちが車から降りてくる。

 谷村が先に口を開いた。


「ふふ……アースウィンドファイアーは、ついにここまで来た。マシンは進化し、腕も上がった。次の目標は――DUSTWAYを潰して、赤城の頂点を奪うことだ。古株が幅きかせてる赤城に、あたしらの居場所はない。だから壊す――ただそれだけ」」 


 その目はまるで獲物を狙う猛禽類のようだった。


「そうッスよ姐さん! “古株の象徴”みたいな雨原には退場してもらうッス!」


 と、気合の入った堀内が拳を握る。


「赤城最速の称号は――もう私たちのもの。雨原? あの子、ちょっと“時代遅れ”なんじゃない?」


 矢沢が冷笑を浮かべて言った。 


「……雑魚だね」


 谷村が、忌々しげに呟いた。


「まずは、葛西サクラの妹――ヒマワリとモミジを潰す。その後にサクラ本体。で、最後に“赤城最速”と名乗るDUSTWAYのリーダー、雨原芽来夜を叩く。この順番で狩るわよ。そして、全員倒したら……“覚醒技”の修行を始めようじゃあない」


「ウェヒヒ……大崎翔子にコテンパンにされた時とは、もう違うッス。今のうちらの強さ、見せてやるッス!」


「ヒマワリとモミジなんて、肩慣らしよね」


 彼女たちは自信に満ちていた。だが――。

 その舐めた態度は、いずれ痛い目を見ることになる。

 本当の“強さ”を、まだ知らないのだから。


 夜の11時、赤城山。

 この時間帯に、ひときわ目立つ2台の車が山道を走っていた。

 グリーンのSW20とオレンジのアルテッツァ、それぞれが深夜の山道に轟音を響かせながら、しなやかに曲がりながら駆け抜ける。

 どちらも、DUSTWAYのステッカーを車体に貼り付けている。

 その走りを見守るギャラリーの男性たちは、しばらく黙って彼女たちの走りを眺めていた。


「来た来た。葛西サクラの妹たちだ」


「最近、よく見かけるようになったな」


 男性たちが囁く中、SW20は葛西ヒマワリの愛車で、アルテッツァは葛西モミジの車だ。


「すげぇな、この2台。どちらも速いぜ」


「さすがだな。大崎翔子に負けるまで、赤城で2番目に速いと言われていたサクラの妹たちか。最近はアースウィンドファイアーが暴れているけど、こいつらならやっつけてくれるだろうな」


 ギャラリーは思いながらも、二人の走りに注目している。


「ヒマワリのクルマは、少し不安定な動きが目立つけど、コーナーでは苦手な部分が多い。それでも、立ち上がりの加速が凄まじい。ハイパワー車や4WDと張り合うことさえある。あの走りは、ただものじゃないぜ。セナ足(低速コーナーでのドリフト)や、グリップ走行が交じる技術は圧倒的だ」


「モミジは、ちょっと立ち上がりの加速が遅いけど、それを補って余りあるのが突っ込みのスピードだ。直線のブレーキフェイントや、ドリフトで相手をブロックする駆け引きは、他の走り屋には真似できないだろう。頭の良さが光る走りだよ」


 二人は全く違うスタイルで走る。それぞれが得意とする領域で、鬼気迫るスピードを誇っている。

 ヒマワリは高速での直線的なスピード、モミジは低速での巧妙な駆け引き。

 まるで、完璧なバランスを取るかのように、それぞれの走りが異なるものの、互いに引き立て合っているようだった。


TheNextLap

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る