第8話 セイチョウ・ケツイ
構え、狙い、引き金を引く。
人類史上最も直接的なのに、感覚と乖離する殺害方法。
生憎、僕らは少しだけ慣れていた。
コートの内側から取り出し、構えるのは当然銃火器の一種。
グリップと引き金が前、マガジン含む機関部が後ろに配置された長方形のシルエットは少々威圧感に欠けるが、これは威嚇用じゃないからな。
「────撃て」
僕は、ぼそりと小声で呟く。自分でも少しだけ指を動かす。
光を背負い、暗い路地裏へ二丁の銃が弾丸を吐き出した。その数秒間十五発。
それが二丁で勿論倍、三秒経って総計九十。
人が、いいや、人の形をしたものが、生きていられるハズがない。
サラリーマン姿の対象、
……ってのが、僕の筋書きだったんだが。
幸いにも横のポリバケツ頭突っ込みサラリーマンへの流れ弾は無く、しっかり九十発のライフル弾を撃ち込まれた悪霊塊は肉塊と化した。
かつて人の形だったモノは赤い塊となり、地面に這いつくばる。僅かに蠢いているが、それも後数秒すれば止むだろう。などと考えていたのが更に三秒前。
合計六秒。
途中少しだけ射撃を止めたが、それでも撃ち込んだ弾丸数は百五十オーバー。
銃の仕組み上弾切れが存在しないのは助かった、やはり無限弾薬は正義だが、今は関係ないので一旦放置。とりあえずトリガーを引きつつ、思考を回そう。
「……
目の前にあるのは赤い肉塊だ。
それも、約二メートルの。
肉の塊が増殖する。コンクリートを這って増える。
近くのサラリーマンを飲み込んで、
側の換気扇の内部へと入り込んで、
辺りの建物を薙ぎ払い、凌辱した。
十二秒。二十四秒。
撃ち込んだ弾丸は計測不能。
肉塊のサイズも計測不能。
増殖は止まらない。コンクリート二階建ての店を破壊しながら、
「アゾット、発電炉を攻撃転用、エネルギー全部火力に変えろ。アルラ、生存優先。僕と共に撃って、駄目なら逃げよう。クソ、僕らの前の同業者め。どうせ死ぬなら情報を遺してくれよ、殺したら増殖するなんて初耳だ」
『警告:小型プロメテウス発電炉による純エネルギー射撃は「アゾット」
『……承認いたしますわ』
命からがら走り逃げつつ、虎の子のアゾットもフル活用。一番の雇用理由は事務作業だが、二番目は勿論武力要因だ。
アゾットの左手が物々しい音を立てながら開き、内部から銃身が現れる。
白い
「先生、使えそうな
「ない。アゾットで駄目なら実質詰みだ。物理攻撃に効果があるかの確認さえ行えば、最悪国かオライン社の奴らが何とかするだろう。依頼は失敗だが、正直この規模なら仕方ない」
「……そうだね」
熱。
局所的に、周辺気温が五十度を超える。
どろり。アゾットの外装が溶け始め、顔に貼り付けた紙の顔も燃える。
本人、というか本機? が結構気に入ってたのに。僕まで悲しくなってきた。
普段は憎たらしいヤツだけど、毎度損な役回りばかり押し付けて、少しだけ自分が嫌になる。アンドロイドの人権問題に興味はないけど、彼女は僕の仲間だ。
この光景を見るのは、三度目か。
『さようなら、
アンドロイドは自らの自己連続性を解さない。
アンドロイドは自らの自己連続性を、自らを使う人間へと委託する。
自分一人で自己連続性を確立できない以上、アゾットの言葉は一言一句が遺言だ。
……だから、遺言に重要度を付けてしまうのは、僕らの悪い癖である。
────太陽が肉塊を穿つ。
瞬間、目を潰す程の赤い光が瞬いて、消えた。
八メートルの球状の肉塊は中央に円形の孔が生まれ、僕らの横のアスファルトは、一箇所だけが溶けて焦げ付いている。
真っ黒に焦げ付いた紙のような何かが、風に吹かれて少し舞う。
仕事に戻ろう。僕らの死は、誰のものであれ、次の為にある。
「……再生する気配はない。増殖は止まった、質量兵器さえあれば殺せる」
「素晴らしいアイデアだね。ところで先生、質量兵器はどこに?」
「僕らが保有する最終兵器は……既に……殉職した。つまり手詰まりだ」
困った。頭を捻っている時間にも敵は動くのだから、より困ってしまう。
蠢く肉塊は形を変える。空いた孔を埋めるように上部から垂れて、押し出されるように下部も変形。ゆっくりと、立ち上がる。
今生まれた器官は脚だ。
間違いない。悪霊塊は、人の形に戻ろうとしている。
これは、考察だが。
肉体と精神は釣り合いが取れていなくてはならない、というのは世界の
精神と肉体の天秤が壊れたら、精神か肉体のどちらか、もしくは両方が
もしかして、
天秤の釣り合いが取れるように。
人間という入れ物に入った神は、人間相応にまで矮小に。
もしくは、神の精神に耐えうる
奇跡的なバランスで保っていた
この考察は遺しておこう。
左手首を触り、個人用端末を起動。メモを書いてバックアップ。
”肉体が変われば、精神も変わる。逆も然り。異常に見えるものは全て、正常である”
”また、アゾットに倣い、遺言を積極的に遺すこと”
我ながらポエミーだ。次の僕はきっと困惑するだろう。
だが、どうせこの後死ぬのだ。アゾットの頑張りも忘れてしまうのは偲びない。
「アルラ。僕らでは何も出来ないし、最後に遺言でも遺さないか? 今ならついでに書いておける。思えば、何かを遺すってのはこれが始めてか」
「────驚いたよ。いつの間に成長したの、先生?」
「成長? ……ああ、確かに」
悪霊塊が人間に成る。
それとは関係なく、僕も今少しだけ人間に戻ったみたいだ。
特にキッカケも何も思い付かないが、別にキッカケがないと成長してはいけない、なんて決まりは世界のどこにもない訳だし。
人間は、何かを遺す生き物だ。子孫に、友人に、生徒に、患者に、誰かに。
この国では少しばかり珍しく、失った未来から新しい過去へ。
死ぬと分かっていなければ何も出来ない、というのが僕の特徴らしい。
全てを失って、そして、失った記憶すら失うのなら、それは何も失っていないのと同義である。なんて情けないんだ僕は、逃げの生存戦略ここに極まれり。
刹那主義で臆病者という、
”失った記憶から目を背けるな”
”世界は退屈だと目を背けるな”
「うん、私も覚悟が決まったよ。少なくとも、今の私は。今の先生を信じたいから」
アルラは射撃を止め、銃を捨て、僕へと向き直る。
「一つだけアドバイスするよ。ちゃんと覚悟が決まったら、根室アルラについて調べて。多分私が殺しに来るから、返り討ちに出来るくらい強くなってね、先生」
「信じよう。ありがとう、アルラ。僕らの未来に幸あれ」
「こちらこそ。昨日は殺してごめんね、先生────」
いつの間にか人間として完成していた悪霊塊は、今、人の限界を超えた。
腕が歪む。腕から新しい、普通の人間大の腕が生え、砲弾へと変化する。
”根室アルラについて調べろ”
”根室アルラに殺されるな”
ぐちゃり。
目の前で、アルラの右半身が潰れた。
飛んできた肉の砲弾は溶けて、形を失う。
目の前に肉の塊が二つ。
紫の髪が赤黒く染まり、緑色のモッズコートも、赤と黒のモザイク柄。
”根室アルラを死なせるな。もう二度と”
死が目前の場面で感じるのは、
普通に怖くて、気持ち悪くて、苦しくて、吐き気がする。
そんな事も知らなかったのか僕は。身近な人が先に死ぬのは辛い、なんて。
子供でも知ってることだろうに。
”僕は切り札を試してみた”
遺すべきはこの程度かな。
次の僕はもうちょっと上手くやってくれるでしょう。
さあ、悪足掻きを始めようか。
ズボンのポケットから赤い石の欠片を取り出し、とりあえず飲み込んだ。
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