第7話 カミカクシ・アカイイト
朝起きて早々、ちょっとした喧嘩で死んだと聞かされた気分はどうだ?
最悪だ。
日本の切り札たる巻き戻しにも種類があって、時空間を範囲指定して行う全体巻き戻しと、個人の時間だけを参照する個人巻き戻しが存在する。
前者は例えば「ミサイルが落ちた地域を五分巻き戻して、被害をなかった事にする」みたいな使い方をする、緊急時用のシステム。
対して後者はセーブ&ロードのようなもの、一週間毎に個人情報を記憶しておいて、死んだ時に情報から個人を再構築する。
最初はやれ自己同一性だのスワンプマンだのテセウスの船だの、くだらない論争が巻き起こったらしいけど、今更そんな話題を掘り起こすのはごくごく一部の哲学者気取りだけだ。
個人の巻き戻しは結構気軽に行えて、数千万円で設備を買えば個人で巻き戻し用の機械を買うことだって可能なのだ。というより、実際に我が家の地下には存在するというか。今まさにそこから出てきたというか。
薄暗い地下室は壁も床もコンクリート製で、室というより核シェルター、もしくはヤバめの実験施設か武器庫に近い構えだ。
奥には人一人が丁度入る大きさのポッド────個人用再構築システムが置いてあって、後は壁に沢山の銃火器が掛けてあったり、
「……そのー、アルラ。僕、本当に君と喧嘩して死んだのかい?」
「うん。ごめん、タカヤ先生。望むのなら……どんな罰でも」
アルラは時折たちが悪い。
心の底から反省し、良心の呵責によって苦しんでいますという顔で俯かれては、僕は怒るに怒れない。……という事を、分かってやっている様な気さえする。
まあ、別に、いいんだけどね。
喧嘩したって事は多分僕がやらかしたんだ、両成敗で終わりにしよう。
巻き戻しに関して日本は良くも悪くも杜撰で、個人用再構築システムの使用申請に関して、痴情のもつれとか喧嘩の勢いとか言っておけば大体通る。
暴力と殺人の罪が軽すぎるこの世の中、友人間であれば刑事ではなく民事の範疇で収まることも多く、更にこうして被害者が納得しているのならばお咎めナシ。
流石に何日何週間も連続で死んでちゃ捜査が入るだろうけど、たまーに殺し殺される程度なら健全な友人関係の範疇だ。
「しかしまあ、知らぬ間に捜査が終わっていたのは驚いた。過去の僕らは頑張っていたらしい。行き先は第二都市だっけ?」
「そうだよ。適当な武器を持っていこう。と、昨日の先生が言ってた」
どうやら昨日の僕は頑張っていたらしい、いよいよ何故死んだのか謎だけど、夕食のメニューで揉めでもしたんだろうか。もしくは、銃のメンテ中に暴発して死んだけど、気を使ったアルラが喧嘩って事にしてくれたとか?
うーん、そういう斜め上の気遣いが有り得るんだよなあ。
まあいいさ。さっさと移動してしまおう。
日常を仕事に持ち込んだって仕方ないし、何か喧嘩してたとしても、忘れた以上は掘り返すべきじゃない。何があろうとアルラは仲間、それだけだ。
◇
第四都市、中央部、真刹市の西側。
高層ビルが建ち並ぶ普通の住宅街を抜けて、不自然なまでに建物の主張が少ない郊外へと訪れる。
来た道を見ても、逆に頑張って遠くを見てもコンクリートジャングルだけど、今僕らが居る場所から半径一キロメートルは実に静かだ。
キュインキュインとエンジンを鳴らす車とか、高速で空からバーガーショップのゴミを落とす魔法の箒とか、そういう類の技術と無縁の空間。
百年前からそのまま補修だけされているコンクリートと、同じく意図的にそのまま保たれている木造の廃墟が一軒、二軒と建ち並ぶ。
ここだけ昔に戻ったみたいだけど、勿論意図的なものだ。
住宅街風の保全区域を抜け、薄暗い雑木林の中に作られた参道を歩く。
神社。
原義的には、日本固有の宗教たる神道の祭祀施設だけど、現代では扱いが違う。
一部元々の意図で残っている場所もあるけれど、大抵の神社は────
ワープポイントだ。
白い鳥居を潜った。
振り向けば、赤い鳥居。
「慣れないな、何度やっても」
『
「うん、足ガックガクだな。やはり僕以上に神隠しは苦手らしい。……アルラ、大丈夫だ。別に怖い現象じゃない。途中に神が介入するだけの、よくある転移だ」
「……分かっていても神は苦手だよ。殺せないし、勝てないから」
「時折物騒だよね君。もしや、昔は軍人だったかい?」
疑念と……恐怖? アルラは妙な視線を僕に向けた後、何かに気が付いたのか、ふっと笑って僕の手を掴んだ。手は緊張からか冷えて、震えている。
次から移動は電車にしよう。他の手段と比べても神社はとにかく早いけど、無理してまで使うべきじゃないし。
現在位置は第二都市、北部、宵市。
神社とは神隠しの始点にして終点、鳥居から鳥居へと出る事で移動できる現代のメジャーな移動手段だ。特徴は何度でも言うけど早いこと。
デメリットは……
日本固有の公共交通機関だけど、使ってる
ヨーロッパ諸国の何処かが『
◇
名前から想像できるかもしれないが、宵市は夜が本番の歓楽街だ。
ネオンの看板広告は三割増、土地を豪盛に使った平屋の飲み屋が建ち並ぶ! でもやっぱり土地が勿体ないから、層構造にして上に上にと建物を盛っていこう!
宵市、というより第二都市……旧大阪府はそういう場所だ。
個人的には嫌いじゃないけど、仕事で来るとなると話が違う。
何せ、同じ土地面積でも捜索のコストは十倍近い。寿命以外で死なないせいで人口問題が大変、というのは分かるけど、それにしたって人口密度が問題すぎる。
しかもだ、朝だからと人が少ない訳ではない。スーツ姿のサラリーマンが、どこも閉まってまだ綺麗な空気の歓楽街を通り過ぎ続ける。
吐瀉物回収兼アナウンス兼治安維持用の多機能な式神が通ることと、見上げて見えるのが空ではなく広告であることを除けば、百五十年は変わっていない景色だろう。変わった部分が些細ではなさすぎる、なんてのも些細な問題だ。
僕らもサラリーマンに紛れ、自分の小指とその先から伸びるモノを凝視しながら、地面に落ちた謎の注射器と使い捨てスキレットを避けて歩くのだった。
「改めて作戦を確認しよう。見付ける、撃つ、殺す。いいね?」
「勿論」『了解いたしましたわ!』
目標まで残り二百メートルか。この『運命の赤い糸』が教えてくれる。
本来はいつか結ばれる男女の間にある糸らしいけど、調べてみるとちょっとばかり難儀な理由で伝承が変わり、それをオライン社が利用した結果がこのアプリケーションらしい。
時代的に運命の人が男女間限定なのはおかしい、そもそも運命の人が一人とは限らない、みたいなよくある話を発端に「なら運命の相手を自由に決めて結べたって良くない? そもそも、運命ってのは婚姻だけじゃなくない?」と。
インチキだ。(この後)運命(で殺す相手を見付ける為)の赤い糸とはね。
離れれば離れる程糸を結ぶのは難しいが、顔と場所さえ分かっていれば結べる程度の雑判定も魅力の一つである。数ある追跡用の
「────居た」
店と店の間、お誂え向きの薄暗い路地で、今時珍しい青のポリバケツに頭から突っ込んで倒れている愉快なスーツ姿の男が一人。
で、その後ろに、これまたスーツ姿の男が一人。小指に赤い糸が巻き付いている。
黒い髪が肩まで伸びて、くしゃくしゃのまま放置されている。スーツもよれているのは、十分に休んでクリーニングする時間が無かったからだろう。
こうして見ると、一から十まで人間で困るな。
ほんの少しだけ、引き金が重く感じてしまう。
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