美術室の幽霊

 しばらく時間が経って、クラスメイト達全員が呆然とするぼくを置いて先に帰った後。ようやくぼくは、自分がとんでもないことを口走ったと気がついて、美術室へと通じる階段を駆け上がった。


 美術室の目の前まで来て、すでにドアが開かれているのが目に入って、ぼくは足がすくんだ。あんなに何度も来ていた美術室が、今は本当に幽霊が居るかのように恐ろしく感じた。


 ぼくが恐る恐る美術室へと立ち入ると、そこにはまるでぼくを待っていたかのように、黒い影が長い髪を伸ばして立っていた。


「絵なんて、描かなければ良かった」


 幽霊は、うらめしげにぼくのことをにらんでいた。


 無彩色の黒い瞳の中に、ぼくに対する失望と、軽蔑けいべつの色がはっきりと見えた。あの色は長い時が経った今でさえ、鮮明に思い出せるほどぼくの脳裏に焼きついている。


 彼女は自分の隣にあったキャンバスから、水張りされていた画用紙を破って引き剥がした。それを美術室の隅のゴミ箱へと捨てると、そのままぼくのことなんて見えていないみたいに、横を通り過ぎて帰っていってしまった。


 破かれたキャンバスには、絵筆を握った男子が描かれていた。腰から下が破かれて、彼は脚を失くしていた。



 何の偶然かはわからないが、彼女はその次の日にまた転校して行ってしまった。そしてぼくの元には、破かれた絵描きの男子の絵だけが残された。


 その日を最後に、ぼくはもう絵筆を握っていない。


---


 彼女は今でも絵を描いているのだろうか。それとも、あれから彼女は本当に絵を描くのをやめてしまい、あの美術室の絵描きの少女は幽霊になってしまったのだろうか。


 あの時破れた絵描きの少年は、今はこうして絵を描く代わりに、文字をつづっている。

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美術室の幽霊 海丑すみ @umiusisumi

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