それぞれの夜(静香とタカヤ)

「ガンッ!」

「ガシッ!」


河川敷の野球場に、低くて鈍い衝撃音が響いた。

他に人影がない外野の芝生部分で、月光に照らされた2つの影が向かい合っている。

間合いをはかる2人の間を抜けた夜風が川面を撫で、遠くの橋からは車の通る音がかすかに響いていた。


静香とタカヤ。

手にしているのは木刀。防具は付けてない。

ただ互いを信じ、互いの呼吸を計り合っている。


スッ。


一歩、タカヤが地を蹴ったと同時に木刀が唸りを上げる。

「ガシィッ!」

その鋭い一撃を静香は横薙ぎで受け流した。

木刀同士が触れた瞬間に赤樫の芯が低く鳴り、空気の震えを感じる。

2人の模擬戦は、もはや人間離れしていた。


「……やはり強いな」

タカヤはそう言うと、息を整えながら間を空けた。

「そっちこそ。前と戦い方が変わったわね」

木刀を握り直しながら静香は言う。

「そんなことは……ない!」

タカヤは再び間を詰め、静香に木刀を打ち込んでいく。


「ガンッ!」

「ガシッ!」


火花が出るのではと思うくらい、木刀らしくない音を立てた。

入りそうで入らない一撃。

静香は流れるようにタカヤの攻撃を受け流していた。

「私にはわかるわ。以前のあんたは『ただ攻める』だけだった。でも今は違う。『誰かを守る為』の戦い方ができてる」

タカヤの成長を感じて、わずかに笑みが溢れる。

「……俺には何が変わったかわからん」

タカヤは再び間合いを空け、構えを整えた。

そして、一瞬だけ訪れた静寂を合図にまた踏み込む。

「ドンッ!」

「バチィン!」

静香はそれを受け、即座にカウンターを返す。

それをタカヤは間一髪のところで受け止めた。

「気持ちの問題よ!」

「ぐっ……」

鍔迫り合いになり、タカヤは力で静香を押し返す。

やがて、月下に鈍く鳴る衝突音の中に互いの心音が溶けていく。

そして、一瞬の間を突いたのは静香だった。

タカヤがわずかに重心を崩したところを見逃さなかったのだ。

「そこっ!」

次の瞬間、木刀の先端がタカヤの喉元で止まった。

「……うっ!」

タカヤは冷や汗を流し、首元を引いてのけ反った体勢で静止するが、静香が木刀を引くと力無く肩を落とした。

「……また俺の負けか」

実力はそう変わらない筈なのに、どうしても届かないあと一歩がある事を感じ、素直に負けを認める。

「ふふ。悪くなかったわよ。でも、まだ『力』で来ようとする癖が抜けてない」

静香は木刀を肩に担ぎ、やさしく語りかけながら続ける。

「強さってね、『押し通すこと』だけじゃないの。『流れを掴んで受け入れる』ことも強さよ。『柔よく剛を制す』って言葉は知ってる?」

「柔よく……剛を制す?」

タカヤは初めて聞く言葉に思案顔をしている。

「そう。『力で勝とうとする限り、力に負ける』。だけど、『柔』を知れば『剛』すら導けるの。今のあんたになら、理解出来るはずよ」

タカヤは黙って頷き、夜空を仰いだ。

雲間から覗く月が静香の木刀を白く照らしている。

「……なるほどな。蘭子が言っていた『しずかに剣を習え』とは、こういう事だったのか」

自分に足りない、『届かないあと一歩の答え』は蘭子が知っていた。

戦いが嫌いなクセに、そういう所だけはしっかり見ている……。いや、蘭子は自分の事をしっかり見てくれていたんだということに気が付き、勝手に距離を置こうとしていた自分を恥じた。

「ふふ。蘭子ちゃんに一本取られたわね。あの子はちゃんと、あんたのこと見てるわよ。しっかりしなさい」

静香は微笑んで木刀を収めた。

タカヤもそれに倣う。


2人の間には穏やかな風が吹き抜けた。

戦いの余韻と、師弟のような信頼が静かに溶け合っていく。

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