第2話 わかんねぇよ
主人公の名前は
寡黙で静か。
基本的にクラスで孤立していて、休み時間等も読書をしていたりボーっと窓の外を眺めていたりするタイプの男子生徒。
とはいえ顔は整っているし、なにより決して怒らないほど穏やか。
彼は学校でとある部活に所属している。
奉仕部……ではなく、青春謳歌お助け部とかいうふざけた……いや、個性的な部活に所属している。
ちなみに僕はその顧問の先生に、ちょっとした恋心を持っていた時期もある。
部員は彼を含め3人。
ひとりが部長の
もうひとりが
隣のクラスに居る茶髪美少女である。
ついでに巨乳である。
……
要するに……この物語は彼ら彼女らの物語である。
主人公である隠れイケメンくんを取り巻くヒロインたちとのラブコメ物語である。
僕はその隣にいるモブキャラ。
名前すら覚えられていないだろうし、物語にも絡まない。
アニメになれば『あれ? なんか前と顔、変わってない?』とか言われるレベルのモブキャラだろう。
作画担当にすら顔を覚えられていないだろう。
……
ともあれ僕はそんな日常に満足している。
隣で青春ラブコメが毎日繰り広げられるというのは、ラノベ好きの僕としては悪くない。
無料でラノベが読めているようなものだ。
しかもネタバレなんてない最高のコンテンツだ。
……
そんなこんなで授業を終えて、放課後。
担任の先生が言う。
「掃除当番、掃除忘れんなよー」
掃除当番? はて誰だっただろうか?
……
名前を確認すれば僕でした。
僕と……
きっと向こうからは名前なんて覚えられてないだろうし、気まずい掃除の時間になりそうだ。
というわけで放課後。
ひとり、またひとりと生徒たちが教室から消えていく。
ある程度人がいなくなってから掃除を開始しようと思って、僕はしばらく教室の自分の席で待機していた。
そんな中、
「やっほー、ヤナギン」そんな元気の良い声が聞こえてきた、「部活、一緒に行こうよ」
声の主は……噂の
上から読んでも下から読んでも【ななえなな】というのが彼女の定番の自己紹介。
いつもそれでスベっているところを目撃されている。
なぜスベるのだろう? おもしろい自己紹介だと思うが。
よく笑う明るい女の子。
成績はお察しだが、朗らかで美少女である彼女の人気は非常に高い。
スタイルもいいし誰にでも優しいし、いろんな男子を勘違いさせてきたことだろう。
彼女に淡い恋心を持っている男子は多い。
そんな人気者。
ちなみにヤナギン、というのは
その
主人公くんが
「
そう。
しかも子猫。
「ああ……この子、校舎裏で怯えてたから……首輪が付いてるから飼い猫だと思うんだけど……」
そう言って
子猫も怯えてはいるが、抵抗はしなかった。
「首輪か……」主人公くんが立ち上がって、子猫に顔を近づける。「たしかに首輪が付いてるな……住所――っ……!」
言葉の途中で、子猫が主人公くんの顔を引っ掻いた。
攻撃しようと思ったのではなくて、ただただ怯えての行動だったのだろう。
「あ……! ご、ごめん……!」
主人公くんはその頬を抑えて、
「いや、いいよ。不用意に近づいた俺が悪かった……」主人公くんは子猫に頭を下げて、「悪い、怖かったよな。もう近づかねぇよ」
主人公くんが落ち込んでいるのを見て、子猫も気まずそうにしていた。
そんな悪い空気を変えるべく、
「そういえば……カッキーは?」
カッキー……ああ、
相変わらず
「ああ……先に部室に行ったよ」
「いつも思うけど……なんで一緒にいかないの?」
「……逆になんで一緒に行くんだ?」
「そりゃ……友達だし」
そう言われて主人公くんは目を丸くして、
「友達? 俺と
「……違うの?」
「……」主人公くんは否定しそうになってから、「……さぁな。わかんねぇよ」
いろいろと複雑な関係なのだろう。
主人公とヒロインとなれば、関係性が変化していく時期もある。
おそらく彼ら彼女らの関係は……単行本で言えば3巻くらいだ。
なんとなくお互いのことが気になり始めて、でも地の文でも描写されないくらいの状態。
自分の気持ちに自分が気がついていない状態。
果たして主人公くんの本命は誰になるのだろう?
この物語のメインヒロインは誰なのだろう?
それとも他の誰か?
まぁいい。ともあれ、そろそろ掃除を――
「あ……猫じゃん」クラスの人気者男子が
「え……? ちょ――」
突然の出来事。
クラスの人からすれば、ちょっとしたコミュニケーションの取っ掛かりでしかない。
おそらく隣のクラスの美少女と仲良くなりたかっただけ。
だけれど……その猫は
なぜか周囲に怯えきっている子猫だ。
突然知らない男子に手を伸ばされて……
シャー!と鋭い声を上げて、子猫は大暴れした。
そしておそらく手入れもされていないであろう爪で
「っ……!」
シャツが赤く滲んでいるところを見ると、どうやら出血している様子だった。
そしてさらに、その隙に乗じて子猫が逃げる。
怯えという感情を原動力に、全速力で教室の扉から廊下に向けて逃げ出していった。
さすが野生動物、という速度だった。
とても人間では追いつけそうもない。
僕だったらすぐに諦めるのだが……
「待って!」
廊下は走ったらいけない――なんて言ってる場合じゃないか。
そして、
「
その後姿を主人公くんも追いかけていった。
どうやらあのふたり……これから子猫の追跡という物語を始めるつもりらしい。
……
……
なんとも青春だな。
おそらく子猫を見つけて、それから飼い主のことも探すのだろう。
3巻の短編のひとつとしては面白そうだ。
……
……
しょうがない。
掃除は僕がやっといてやるか。
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