第3話 なんでだろう
突然の子猫脱走。
そんな騒ぎを見て、教室の中が少しだけざわついた。
そしてその原因を作ってしまった男子生徒は、気まずそうに教室をあとにしていた。
そんな気まずさが伝播したのか、すぐに教室から人間がすべていなくなってしまった。
僕を除いて、だけれど。
……
教室にひとり、というのもなかなか珍しい。
いつもは狭く感じる教室も、こうして見るとかなり広いと思える。
「……」
その広い教室をひとりで掃除することになったのだけれど。
まぁ……僕が掃除を引き受けて子猫が幸せになるのなら安いものだ。
というか教室の掃除って昼休みとかにやるもんじゃないのか?
学校によって違うのか?
詳しくは知らないが、僕の学校では放課後に担当者がやることになっている。
僕は掃除が好きだ。
だから掃除をすることは問題ない。
だけれど……
「……僕も追いかければよかったのかな……」
僕も子猫を追いかければよかっただろうか?
そんな疑問が頭の中に浮かんでしまう。
あの子猫を追いかければ、僕は主人公たちの仲間になれただろうか。
……
……
わからない。僕は所詮モブキャラなのだ。
こうやって主人公たちの青春の後始末をするのだ。
僕がいるから彼ら主人公は青春を謳歌できるのだ。
……
ため息をついてから、僕は掃除を開始する。
本来は教室の床を掃くくらいで許されるのだが、暇だし徹底的に掃除をしよう。
というわけで雑巾を濡らして、窓枠から掃除を開始する。
本当は黒板から掃除したかったが、なぜか黒板消しが見当たらなかったのだ。
9月の後半になっても、昨今の異常気象の影響でとても暑い。
ニュースで毎日毎日、記録的な暑さだの記録更新だのと告げている。
太陽は僕を見下ろしていた。
僕の今の気分は憂鬱なのだが、僕の気分に応じて天気なんて変わってくれない。
それは主人公の特権だ。
……
僕は……僕はどうしたいんだ?
僕は主人公になりたいのか?
それとも主人公の仲間になりたいのか?
それとも……このままモブキャラでいたいのか?
答えは簡単だ。
「平穏で平坦。そんな人生が僕の望み」
だからモブキャラでいいのだ。
モブキャラでいれば問題になんて巻き込まれない。
いや、多少は巻き込まれるかもしれないが……主人公になるよりは圧倒的にマシだ。
こうやって掃除当番を押し付けられるくらいなら安いものだ。
これで平穏な人生が確約されるのなら……
……
でも……ちょっとだけモヤモヤする。
モブキャラの努力なんて誰も見てくれていない。
こうやって僕がひとりで頑張っていても、誰も見てくれていない。
なぜなら……僕は主人公じゃないから。
……
窓の掃除を終えて、雑巾を洗うために廊下に出る。
なんで学校の蛇口というものは廊下にしかないのだろう。
教室にも配置してくれたらいいのに。
雑巾を洗って、バケツの水を取り替える。
掃除と暑さで火照った体に冷たい水がかかって、なんだか気持ちよかった。
これが冬場なら地獄だったな。
雑巾の処理を終えて教室に戻ると、
「……?」
教室に人がいた。
女子生徒だ。
彼女は教室の真ん中でキョロキョロと周りを見回していた。
背は低め。
黒髪短髪でメガネをかけていて、誰もいないというのにオドオドとしている。
前髪がちょっと長めで、目が見えにくい。
おそらく意図的に前髪を伸ばしているのだろう。
漫画とかだったら目の部分が黒くなっていて見えないタイプかもしれない。
そして……吸い寄せられるのが胸の部分。
失礼かつ変態的なのは重々承知しているが、どうしても吸い寄せられるレベルの……素晴らしいものをお持ちである。
小さい体に似合わず――
「……?」
そんな彼女が振り返って、僕の存在に気がつく。
目があった、気がする。
とはいえ前髪で見えづらくて、確証は持てないけれど。
下心のある目で見てしまったことを見透かされたようで、僕は慌てて言う。
「あ……ご、ごめん。どうしたの?」
僕が声を掛けると、
「あ……」彼女もさらにオドオドし始めて、「そ、その……えっと……あ……」
「……? あ……その……」
マズイ。
声をかけたまでは良かったが、どっちもコミュ障だ。
会話が進まないやつだ。つくづく僕は主人公じゃない。
僕が主人公なら、ここでカッコいい台詞を言えるのに。
しばらく無言の時間があった。
お互いがお互いを牽制し合って、無意味な沈黙があった。
……
たっぷりを間をおいて、彼女がゆっくりと言った。
「や……ど……」
声が小さくて聞き取れなかった。
なんてこった。人の聴力に文句を言っている場合じゃなかった。
僕も耳が悪かった。
「ご、ごめん……もう一回お願い……」
「あ……」彼女は顔を赤くして、「
……
主人公くんのことか。やはり彼女も主人公くん目当てか。
……
そりゃそうだろうな。
彼女も主人公くんに恋をしているのだろう。
ヒロインのひとりなのだろう。
よくよく見れば美しい顔をしている。
ともあれ主人公くんは……
「なんか……猫を追いかけていったけど……」
「ね、猫……?」彼女は肩を落として、「また会えなかった……なんでだろう。ボクが来ると、いつも……」
ボクっ娘かよ。属性が多いな。
メガネで小柄で巨乳でボクっ娘。
ヒロインレースの大穴だぞ。
彼女はガックリした様子で、
「すいません……お邪魔しました……」
「ああ……いや、全然……暇だったし……」
どうせ掃除をしているだけだ。
教室に人がひとりいても問題はない。
彼女は振り返って教室をあとにしようとする。
主人公くんのいない教室に用はないのだろう。
だが彼女は途中で、とある物を見つけて立ち止まった。
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