28.帰ってきてしまった

「愚弟の部屋はそのままにしてあるから、好きに使え。勝手に逃げ出すようなことがあればそやつを殺す」


そう言って赤い瞳に射抜かれるが、当のアイザックはいつもの微笑みをたたえている。

以前から彼の図太さには呆れていたが、ここまでくると頼もしく見えた。


「承知いたしました。シャルル様のお手を煩わせることのないように努めさせていただきます」


無表情で頭を下げると、シャルルは無言で立ち去った。

漸く姿が見えなくなったところで顔を上げ、詰めていた息を小さく吐きだした。


早速口を開こうとするアイザックを視線で制する。

そのまま黙ってかつての自室まで歩いた。


その間にすれ違う騎士や使用人に深々と頭を下げられたが、全て無視した。

ここでは貴きアーデルハイドを必死に演じなければならないのだ。


長い道のりを経て辿り着いた部屋に入ると、漸く全身の緊張を解いた。

そして懐かしいキングサイズのベッドに大の字で寝転がる。


「しょうがない。最上級魔法を撃ってくれる魔族を探そう」


「いやいや、早く逃げましょうよ。なんでここで暮らすことに前向きなんですか」


「シャルルとイザヤ兄上には逆らうなっていうのが、魔界での暗黙ルールなんだよ。余計なことして、アイクが殺されたら嫌だし」


「……まあ先程も完全に遊ばれていたので、俺ごとき瞬殺されるでしょうね。もしかしたら、フェリクス様より強いかもしれません」


苛立ったように拳を握るアイザック。

しかし最近の彼はあのフェリクスが太鼓判を押すほど強くなっていたはずだ。

改めて魔族の強さを実感して、小さく溜息をついた。


「シャルルに唯一対抗できるイザヤ兄上が助けに来てくれるまで待つしかないよ」


「イザヤ様にこの失態がバレたら、どのみち俺って殺されません?」


「……上目遣いで許してくれるように頼んだら聞いてくれないかな」


「それで駄目だったら、ちゃんと泣き落とししてくださいね」


フェリクスが聞かれれば怒られそうな会話をしていた時、扉がノックされた。



出ようとするアイザックを止めて十分警戒しながら開けると、見覚えのある初老が立っていた。

魔王の専属執事で、幼いアーデルハイドにも非常に優しく接してくれていた男だ。

彼はルーカスを見ると、つぶらな瞳をさらに和らげた。


「お帰りなさいませ、アーデルハイド様。随分と大きくなられましたね」


「……カータス、久しぶりだね。どうしたの?」


人柄のいいカータスに恨みはないが、彼は魔王に絶対服従しているため信用はできない。

硬い表情で尋ねると、寂しそうな顔をされた。


「陛下がアーデルハイド様をお呼びですよ」


その言葉に驚いて声を上げそうになるが、どうにかとどまった。

魔王が何を考えているのか全くわからない。


「向こうの世界から従者を連れてきたんだけど、一緒でもいいかな?」


「アーデルハイド様のお願いでしたら、陛下は快くお許しくださるでしょう」


まるでルーカスが魔王に愛されているかのようなセリフに、ますます不信感が募る。

後ろで控えているアイザックを見ると、小さく頷かれた。


「わかった、すぐに行くよ」


こうしてルーカスは七年ぶりに魔王と対面することになった。




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