恋して、愛して、切り落として
NNN.
第 __ 話
ぱちん
死んだ蝶の翅を切り落とした事がある。
あの人と別れた帰り道、
薄暗い道の隅にあの子はいた。
黒い翅に蜘蛛の巣を纏わせ
損傷が激しい尾状突起は透かし編みのようで
とても美しい大きなクロアゲハだった。
周りに散った翅の赤い斑紋の残骸で
メスだと言うことが分かる。
彼女を拾いあげて、
絡まった白い糸を丁寧に剥がしていく。
もう余力が無いのか動こうとはするが
思うように動かせないのだろう。
こうなると脚も触角も全てがただの飾り。
けれど翅を小刻みに揺らし始め
筋肉を動かそうとしている。
彼女は、まだ飛ぶことを諦めていない。
しかし、結局1度も羽ばたく事なく
次第に呼吸は浅くなり、死んでしまった。
先程より気持ち少し軽くなった彼女を見て、
指先にくすぐった電流が走った。
私はこの感覚を一目惚れと呼んでいる。
彼女の最期を知っているのは世界で私だけ。
そう思うと急に愛着が湧いてくるのだ。
次に生まれ変わる時は私の側に居てほしい。
もし前世の記憶があるのなら、
どんな人生だったのかを聞かせて。
貴女の全てが知りたいわ。
もう… どこにもいかないで。
私は足早に帰路に着き、
引き出しから細い銀色の鋏を取り出して
彼女の前翅の根元を挟んだ。
ぱちん
もっと柔らかいのだと思ってた。
薄い爪を切るのと近い音、同じ感覚なのね。
続いて後翅の根元を挟む。
ぱちん
だんだんと幼虫の頃の姿に戻る彼女。
たまらなく愛おしいフォルム。
私…
誰と居ても、いつも孤独を感じるの。
相手の目に私が映っていないのが分かる。
貴女は、本当に綺麗ね。羨ましい。
ぱちん…
ガラスケースを用意し彼女を詰め込み、
上から下からと舐めるように眺めた。
見つめ合った錯覚にさえ嬉しくなる。
ねぇ…
震える程に幸せを感じる恋をした事はあった?
──────────
...ぱちん
「…ツ … …うぁ」
トンッ
右手、小指の第二関節が床に落ちる。
ぱちん
指、全部なくなっちゃう。
ぱちん
寒い。
もう痛みすら感じなくなってきた。
ぱちん
黒い部屋を仰ぐように浮かんでいる。
縛られている訳でもないのに
金縛りのように動けない。そして何故だか、
真っ暗だけど自分の姿ははっきりと見える。
トンッ
また落ちた。
指を追って視点を落とすと
床には切断面が綺麗な指の関節が
いくつも散らばっているのが見える。
そんな肉の塊に何かがモゾモゾ動くものが
何百匹も纏わりついている。
口吻を差し込んで血を吸っている翅のない蝶。
…あ。
彼女達が一斉に私を見上げた。
無数の複眼に幾多の私が映し出される。
… あぁ、わたし。貴女達の事が知りたくて…
近付きたくて…
鋭い金属の感覚が、濡れたセーラー服越しに
腹から胸へと這い上がる。
黒い襟と赤いスカーフが波のように隆起し、
冷たく鋭利な刃が細い首を挟んだ。
そして、手の甲を何かが這う感覚。
… あぁ。
目線を移すると、黒い幼虫のようなあの子が
感情のない眼で私を見ていた。
… 悪いとは思ってるわ。
けど… 貴女に惹かれたのは本当で…
段々と死ぬ恐怖と彼女に殺される喜びで
カタカタと全身が震えた。
… ぁ 私は … あの時、本当に 。
… あな た の事 … を
ぱちん
───────────────
恋して、愛して、切り落として NNN. @_66
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます