第10話 見てろバカども!

 俺が小説家を続ける上で一生のライバルである高槻都との再会は謎に包まれていたが、今日、俺のやることは変わらない。ただいつもと違うのはオナ〇ーの回数とアルバイトにいかなくてもいいということ。


 ほぼ一年ぶりの新作に向けた打ち合わせ。増渕さんは、初回は軽い顔合わせと言っていたが、イラスト屋に小説家の俺が舐められるわけにはいかない。


『新天地でのご活躍楽しみにしとりますよぉ』


 ふと彼女の声が聴こえてきた気がした。困ったことに脳内で彼女のイメージができあがりつつあり、急いで首を振った。彼女は俺のファンだと言っていたけど、本質はどうだろう。にわかでも、アンチでもない、ラノベ作家のまして俺のファンなんているのだろうか。いや、やっぱりそれはない。断じてない。


「さてかちこむか!」


 胸を一回叩き、背広を着た大人たちの通りを歩いていく。自動ドアを突破し、久しぶりの冷房を身体に浴びてから受付嬢のお姉ちゃんを睨みつけて、


「ライトポルノ編集部につなげてくれ」


 できるだけ低い声でそう言うと、顔色一つ変えずに案内を受ける。拍子抜けしながらエレベーターに乗った。


「見てろよ、バカども。絶対頭下げさせてやる、そうさお前ならできるさ。俺ならできる」


 脳内で作り出した奏介AとBとC。他人と話す時間が短ければ短いほど、増えるのは自分との会話であり、それは一番有意義な時間だ。


「どうぞ」


 ドアをノックすると増渕さんの声が返ってきた。深呼吸してドアノブを捻り押す。


「あっどうも」


「あっ、どうもじゃないでしょ、きみ遅れてきてすみませんも言えないのかい?」


「あぁすみません、ちょっと間違えちゃいました」


 すでに機嫌が悪くなっている増渕さんに俺は一応謝った。しかし十分程度の遅れぐらい大目にみてくれてもいいじゃないか。


「はぁ、まぁいいです、これ以上はまた小言がでてしまいますから……紹介します。作画担当の浜野朱里先生」


 横に座っていた彼女が立ち上がりぺこりと会釈する。俯き気味だった丸メガネの彼女は、俺の姿を丁寧な視線で下から上まで見つめている。もしかしたら全体的に猫背なのかもしれない。だとしたら非常にもったいないほど彼女の顔は整っていて、世間一般から見れば十分美人といえる容姿をしていた。しかし見下げるセミロングの髪は一度染めたようで茶髪の残骸が黒髪に埋もれているようだ。


「月見里です。そ、そのぉよろしく……」


「やっ、月見里先生あたしを助けてください!」


 はい?


 開口一番にそう言われた俺は驚いたというより面を喰らったと言った方が正しいだろう。


「あたしもうあとがないんです!」


「ちょっと浜野先生、落ち着いてください」


 会話をするきっかけをつかめないまま、増渕さんが二人の間に割って入り浜野先生をなだめている。


「だから先生のお力であたしをイラストレーターでいさせてください!」


 増渕さんの制止を振り切って俺の肩を揺らす。身体を勢いよく揺らされながら、ときおり見られる浜野先生の瞳の瞳孔はひらきっぱなしで、完全にヒステリックを起こしていた。


「これは思っていた以上にやっかいだなぁ」


「まぁすぅぶぅぅちさぁん」


 感慨深そうに天を仰ぐ前にどうにかしてくれと言う意味をこめて増渕さんの名前を呼ぶ。増渕さんは浜野先生の両腕を掴み上げ強引に椅子に座らせると、机の下から布のようなものを取り出したかと思えば、そいつはまごうことなき冷えピタであり、その冷えピタを力強く彼女のおでこに張り付けた。まるで平手打ちをされたような乾いた音が小会議室に響き渡りようやく浜野先生は大人しくなった。


「あのこれって」


「はぁ月見里先生と同じですよ。この人も他のところで戦力外になってここへ流れ着いてきた絵師さんです」


「なんですと?」


「言ったでしょう。これはトライアウト、後がないクリエーターたちの最後のチャンスの場」


 そう言われれば聞こえは良い。だが俺もバカじゃない、そこまで言われれば嫌でも察してしまう。


「じゃあここは、俺たちを追い出すための配置転換なんすね……増渕さん」


 増渕さんはポケットに手を突っ込みながら不敵に笑う。


「私も例外ではないですけどね」


 袖の下の拳が震えていた。俺はその意味を理解していた。

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