第11話 夏祭りへ

「全然ダメです」


 全然だめだった、電話越しの増渕さんの声は低く冷たいものだった。


「事前に渡した参考資料に目を通しましたか?」


「あぁはいまぁ」


 通したとは言っても開いて数ページでセックス始まっているんだもんなぁ。正直、この手の類ってエロビデオと同じで女優が脱いでやって終わるって言う大筋のテンプレートに沿っているだけであり、ストーリーとかあまり関係ない気がする。


「まず女の子の描写が雑。ライトポルノですからある程度のストーリー性があってセックスさせてください。それと全体的にテンポが悪いのが気になります」


「そんなの合い間合い間に浜野先生のイラストでどうとでもなるのでは?」


 浜野先生の書くイラストのレベルは高い。少し前に連載していた小説の挿絵や表紙絵とくらべても、群を抜いて艶めかしい女の子を描いてくる。 


「だとしてもこれじゃあ読み切りの選考にも引っ掛かりませんよ」


 あとから聞いた話だが、ライトポルノは電子書籍限定らしく、春と秋に数ある新人たちの作品の中から編集会議にて勝ち残った五作品を読み切りとしてウェブで無料公開するらしい。そこで一番読者評価が高い作品が連載を勝ち取り書籍化される。いたってシンプルで分かりやすい方式だ。


「秋の陣に向けた編集部の本会議まであと三か月弱しかありません。その前に中間会議もありますし……はぁ、いいですか、月見里先生。ありきたりなプロットではだめです。今求められているのはプロになって培ったテクニックじゃない、デビュー作のような荒削りでいいのでそれこそ誰かの心を動かせるほどのクオリティーを要望します」


「簡単に言いますけどねぇ」


 ため息をつく。またデビュー作の話かと、うんざりするほど聞いた称賛に嫌気がさす。


「とにかく月見里先生ならできます。まずは売れようとか考えず面白いプロットを書き上げてください」


 一方的に通話は終了された。多忙を極める増渕さんは俺たちの他にもあと三組の作家たちを担当しているという。


「あぁ知るか、知るか、一生懸命やってダメ出しされるんなら今日はもうやんねぇ」


 実質的に一回目となった打ち合わせが多くのダメ出しとともに終わり汗だくになりながらこれまで足りない分のオナ〇ーに精を出す。今日はたしか土曜日。しかし俺の部屋のドアノブがガチャガチャと音を立てた。


「兄貴開けろ~」


 念のため鍵を閉めていてよかった。しかしこれでは三回目の射精もままならない。パンツとズボンをはいて玄関に向かう刹那、俺のちん〇は右手の恋人と離れ離れになって悲しそうにしおれてしまった。台所で軽く手を洗い、鍵を開けると入ってきたのは夏祭り実行委員会と胸にプリントされた服を着た美郷だった。


「兄貴夏祭り行こう」


「いかん」


 閉めようとしたドアの隙間に足を入れて阻止した美郷は無理やりこじ開けて中に入ってくる。


「お邪魔しまーす」


「おい勝手に入るな」


「うわっ相変わらず男臭い部屋」


 文句を垂れながら美郷が靴を脱ぎ散らかしてづかづかと部屋に上がる。


「うぇ、冷房つけてないじゃん。リモコンはどこよ?」


「そんなものはない、心頭滅却すれば火もまた涼しだ。冷房なんてつけるな」


 嘘をついた。冷房をつけるのが億劫になるほど金がないのだ。


「じゃあせめて扇風機をつけてよ、こんな熱気と換気の悪いところにいたら嗅覚がおかしくなって熱中症になっちゃう」


「まぁそのくらいならいいか」


 ぽちっとスイッチを押すと扇風機が動き出しやる気がなさそうに風を送る。美郷は首振りモードをオンにして風量を強にし、閉め切っていた窓を開けた。


 青い羽が回転して空気が循環し始める。その反動でクルミをミキサーに入れたような鈍い音が響く。


「いい加減新しいの買ったら?」


「まだ動くのになんで新しいものを買う必要があるのか?」


「質問を質問で返すな」


 無用な押し問答が続いて美郷の額に汗がにじんできた。オナ〇ーのために傍らに置いていたティッシュを乱暴に抜き取ると躊躇なく汗をぬぐった。俺はさりげなくゴミ箱に放置したオナティッシュを隠し手持無沙汰にパソコンの前に座った。


「おっ、先生やってるね!」


「やってるねっじゃないよ、俺は一人じゃないと集中できないんだ。さっさと帰れ」


 そうさっさと帰ってくれれば俺はオナ〇ーの続きができる。


「帰るけど兄貴もそろそろ行き詰っているころだと思ってさ、気分転換に誘いに来ました」


「いいって、気分転換は得意だから」


「それってオ……」


「おいそれ以上は言うな」


「どうせ得意の一人遊びでしょ」


「お前にはデリカシーとかないんか?」


 たぶん美郷が言おうとしたことは正解だ。だが血のつながった妹にそんなことを言わせたくはない。


「どうせ暇でやることないなら私と夏祭りに行こうよ」


「学園夏祭りに? 俺がか?」


 そうかつて俺が通っていた大学には秋の学園祭の他にも夏祭りがあり、非常にパーリーピーポーな大学なのである。


「他になんの祭りがあるのさ」


「いや~いいよ、人がいっぱいくるところは苦手だし、俺と行ったってなにも奢ってられないし楽しくないぞ」


「そんなことわかってるよ、私の荷物持ちとして一緒に行くの」


「待て待て、お兄ちゃんを荷物持ちにするな」


 これにはさすがの俺も憤慨する。どこの世界に兄貴を便利屋扱いする妹がいるんだ。


「じゃあこれまで資金援助していたことをお母さんにばらすよ」


「ちょっと待てそれはルール違反だろ」


 母ちゃんの名前を出されたら話が違う。就職をしなかったのも作家として生計を立てられることを前提に許しを得たのだ。大学生の妹に資金援助してもらってることがばれたら実家に強制送還させられどこぞの会社に就職させられる。


「違反もへったくれもないわ、兄貴が私に逆らえる立場じゃないことを自覚してもらわなきゃ……喉乾いたから下の自販でジュースを買ってきて」


「ははぁぁ、仰せのままに姫様」


 俺は二人分のお金をもらってアパートの向かいにあるハッピードリンクに走る。くそったれ妹のくせして生意気な。そもそも俺の部屋なのになんであいつは遠慮がないんだ。


 よし、最低限の謀反を起こそう。


 俺は美郷が嫌いなりんごジュースのラベルとオレンジジュースのラベルを取り換えて素知らぬ顔で渡した。


 ラベルだけ見てりんごジュースを口に含んだ美郷は飛び上がり、爆笑している俺に目掛けて転がっていたティッシュ箱を投げつけた。


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