甘く照る

しろのあかり

甘く照る

「鶯が何故鳴くのか知ってる?」


満開の桜の下で敷物を広げ、家族や友人、恋人たちと、弁当やら菓子やらを食ったり酒を飲み交わしたりしている人々を尻目に、離れたベンチで発砲酒を傾けていた俺の隣に座ってきた女は、唐突にそう聞いてきた。


俺は気怠い首を動かし、その女をちらっと見て驚いた。


「お前、ゆうこか?」


ゆうこは、家が近かったのもあって昔はよく遊んでいた、幼馴染の女の子だった。


中学生なった頃から段々と一緒に遊ぶ機会が減って行き、高校が分かれてからは、月に数回会うか会わないか程度になっていた。


そのまま大学も別々で、互いに地元から離れたため、最後に会ったのは大学2年の夏休みに帰省したとき見かけて挨拶したきりだった。


年末年始なども帰省はしてたが、ゆうことはすれ違いが続き、見かけることもなかった。


そこからは、年賀状のやり取りと、互いの誕生日にLINEでスタバのチケットと共に『おめでと〜』というメッセージを贈り合うくらいしか、会話はなかった。


いや、あった。


俺から何かメッセージを送ったことはなかったが、ゆうこは時々、思い出したかのように俺にくだらないメッセージを送ってくれた。


道端の猫の写真、今日何食った、テストまじやばい、好きなアイドルのライブチケット外れた、教授がうざい、これがかわいい、etc.


俺はゆうこからそんなメッセージが送られてくる度に、数言返して、そんで終わり。


いつもメッセージは、ゆうこで始まり、ゆうこで終わっていた。


俺は、なんて返していいか分からなくなると、長押しで出てくる白い丸が親指を立ててるスタンプをつけるようにしていた。


俺がそれをつけると、会話は終わった。


ゆうこは、電話をしてきたりとか、会おうとは言ってこなかった。


互いに遠いとこに行ったし、普通に忙しかったのもあると思う。


ゆうこは頭が良かったから、誰でも名前を知っているような大学の理系の学部に行ったと聞いた。


何かの研究をしてるらしいとかなんとか、母が言ってた気がするが、俺の頭ではさっぱり理解ができなかったので考えるのを辞めた。


「それに比べてあんたは…」

と母の小声が続いたから逃げたのもある。


俺も忙しかった、というのは完全に言い訳だ。


入れる大学の中から、適当な私立の適当な学部を適当に選んで入った俺は、要領良く課題をこなし、単位だけ習得して後はのらりくらり生きていた。


完全にやる気のない学生だった。


単位を取ってる分まだマシだということだけを誇りに生きていた。


やる気もなければ目標もなかったから、時間なんか有り余ってた。


余った時間で何をしようともせず、自堕落に生きていた。


俺は、今隣にいるゆうこを眺めた。記憶の中よりも大人になって、綺麗になっていた。


桜の咲く公園の隅のベンチは、俺と同じ顔をした独り身たちしか使ってない。


家族や友人、恋人など、連れがいる人たちは、ベンチじゃなくて桜の下ででかい敷物を敷いて食べ物を囲ってる。


だから、ベンチは空いているのだ。


こちら側の人は、向こう側にいる人々を一枚の絵画でも眺めるように見ている。


まるで、同じ現実の上に存在しているものではないかのように。


ゆうこは、どう考えたって向こう側の世界の人間だ。それは、昔から解っていた。


ゆうこはか頭が良く、優しく、溌剌とした性格で、どこへ行っても人気者だった。


小学生の頃までは何とも思わなかったが、中学、高校と進むにつれ、ゆうこを見るのが辛くなった。自分の中にある劣等感が浮き彫りになっていくから。


だから俺は、ゆうこに会うのを避けるようになっていた。


中高生の頃、一時はゆうこに追いつこうとしたことがある。しかし無理だった。俺はゆうこみたいになれなかった。


特に、コミュ力や何かにかける情熱が、俺は圧倒的にゆうこに劣っていた。


そんな気持ちを燻らせていたその頃は、俺がゆうこと仲が良いことを気に食わないやつがいた。男も女もいた。


俺はそういう奴らに嫌みや嫌がらせを受けたりしたが、何も言わなかった。そいつらの瞳は、俺と似たような色を宿していたから。


俺にも彼らの気持ちがよく解った。要は、ゆうこが羨ましくて妬ましいのだ。


ゆうこを見ていると自分が惨めになる。だけどゆうこにそれを直接言えない。言ったところでどうしようもない。もっと惨めになるだけだ。


心の中にふつふつと溜まったそれを吐き出せなくて、近くにいる冴えない俺に矛先が向いた。ただそれだけの話だった。


俺に矛先が向くことで、ゆうこを守れている気がして、それで優越感を感じてた。だから寧ろそいつらには感謝してる。


彼らを利用して、俺はなけなしのプライドを守ってた。まぁ、嫌がらせしてきたんだから別にいいだろう。


先生にチクれば余裕で受験に響くようなことを言われたりされたりしていたが、それでも黙っててやったんだから向こうも俺に感謝して欲しい。あいつらも俺が守ってやたようなもんだ。はっ。


そんな俺に返ってくるものも何もないけれど。


ゆうこは、ぼんやりとそんなクソみたいな学生時代の回想に耽っている俺を全く気にせずに続けた。


「鶯はね、桜桃が熟れるのを待っているのよ。甘く照る桜桃を早く食べたいから、早くしろって鳴いてるの。」


俺は、そう言ったゆうこを鼻で笑った。


「鶯が鳴くのは、恋人を見つけるためだよ。あと、ここが俺の縄張りだって知らせるため。お前、理系のくせに文学的なことを考えるんだな。」


ゆうこは口を尖らせた。


「べつに何を想像したって自由じゃない。夢がないな。」


当たり前だ。夢や希望があったら俺はここに座ってない。


「それに、ソメイヨシノに実は成らないよ。」


俺がそう言うと、ゆうこはぴっと指を立てて


「それは違うよ。ソメイヨシノにも実は成るけど、ソメイヨシノは接ぎ木で増やしたから、クローンみたいなものでね、要は同じ個体同士が受粉しても実を結ばないだけで、違う種類の個体と受粉したらきちんと実を結ぶんだよ。」


と解説した。


「急に理系っぽくなるな…」


俺が言うと、ゆうこはまたむくれ、


「それが恋でも桜桃でも、熟すのを待って鳴いているってところは変わらないと思うけどな。縄張りを主張するのも、ここに成る桜桃は俺のもんだーって言ってるのかもしれないし。」


と、よく分からない持論を展開しだした。


筋が通ってるようで、多分通ってない。これは真面目な話じゃなくて、彼女が時々送って来る意味のない会話のようなノリの話だったらしい。


「で、結論なにが言いたいの?」


と俺が聞くと、ゆうこは桜を眺め、少しだけ考え込んだ。


そして、「ホーホケキョ!!」と唐突に鶯の鳴き真似をした。


俺が面食らってると、ゆうこは


「私も、鶯みたいなもんだよって言いたかった。」と答えた。


首を捻る俺を尻目に笑い出した彼女の瞳に、春の陽光が差し込むのが見えた。


桜の花びらと鶯の声が俺の五感の片隅で揺らぐ。


瞬間、込み上げた熱で、俺の頬は甘く照る…

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甘く照る しろのあかり @akarisirono

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