第13話 友達関係の芽生え

月美として学校生活を始めてから一週間が過ぎた。


最初はクラスメートとの距離に戸惑っていた月美だったが、徐々にその距離は縮まってきている。しかし、友達ができる嬉しさと同時に、嘘をついている罪悪感も日に日に増していく。


昼休みになると、案の定クラスメートたちが月美の席の周りに集まってきた。


「月美ちゃん、一緒に食べない?」


最初に声をかけてきたのは田島だった。普段なら美月の肩を叩いて「おーい」と言ってくる田島が、今では丁寧語で話しかけてくる。


「そうそう、いつも一人で食べてるでしょ」


山田も優しい口調で誘ってくれる。


月美は心の中で複雑な気持ちになった。


(ついに誘われた……これが友達関係ってやつか)


「え……はい、お願いします」


月美として控えめに答える。


みんなが机を寄せ合って、即席の昼食グループができあがった。


「月美ちゃんのお弁当、いつも美味しそうだね」


佐藤が感心したように言う。


「ありがとうございます。母が……」


「お母さん、料理上手なんだ」


田島が興味深そうに聞く。


(美月の母の料理だ。俺の料理じゃなくて残念だったな)


月美は内心で苦笑いしながら、表面では微笑みを保った。


「月美ちゃんって、前の学校はどんな感じだった?」


山田が箸を止めて興味深そうに聞いてくる。


「どんな……ですか。そうですね──普通の……女子校でした」


「女子校!?すげー、やっぱり、女子校って、女子ばっかりなのか?」


佐藤が目を輝かせる。


(女子ばっかりじゃない女子校ってあるのだろうか。男子ばっかりじゃない男子校がないのと一緒で……あ、うちの学校が違うわ)


月美は内心でどうでもいい考えを巡らせる。


「どんな話するの?やっぱり恋愛話?」


田島の質問に、月美の顔が引きつった。


(恋愛話って……俺に聞くなよ)


「女子ってみんなでキャーキャー言ってるイメージ」


田島が勝手に想像を膨らませる。


「そ、そんなことないですよ……その、男子に聞かせられないような、残念な話ばっかりですよ」


(お前らの想像の女子トークって何だよ……)


「月美ちゃんって、どんな男子がタイプ?」


山田の直球な質問に、月美は完全にフリーズした。


「え!?えっと……」


言葉が出てこない。頭の中が真っ白になる。




その時、委員長が近づいてきた。


「あ、吉野さん、ちょうどよかった。生徒会の件で少し」


「あ、はい!すみません、また今度」


月美は救われた気持ちで立ち上がった。


(助かった……委員長ナイス!)


月美は田島や山田に軽く会釈すると席を離れる。



生徒会に入ると、委員長が心配そうに聞いた。


「大丈夫でしたか?」


「全然大丈夫じゃない!恋愛話なんて無理だ」


美月が小声で叫ぶ。


「女子高生の会話には恋愛は必須です」


委員長が冷静に分析する。


「マジで……」


美月が天を仰ぐ。


「男子たちは女子に興味津々ですね」


「そりゃそうだろ。男子校だから女子慣れしてないんだ」


「月美としての基本的な答えを準備しましょう」


委員長が手帳を取り出す。


(男子の想像する女子像に合わせないといけないのか……)


美月は溜息をついた。



放課後、美月が荷物をまとめていると、また声をかけられた。


「月美ちゃん、今度みんなでカラオケ行かない?」


佐藤が提案する。


「そうだよ!俺たちと一緒に」


田島も乗り気だ。


「カラオケ……ですか」


(男子とカラオケって……何歌えばいいんだ?)


月美が困っていると、委員長が再び助け舟を出した。


「吉野さんは習い事があるんです」


「習い事?何やってるの?」


山田が興味を示す。


「えっと……その……」


月美が口ごもると、委員長がとっさに答えた。


「ピアノです」


「すごい!今度聞かせて」


田島が目を輝かせる。


「あの、あんまりうまくないので……」


月美が謙遜すると、山田が笑った。


「いやいやご謙遜を、でもピアノできるなんて、なんか桜井みたいだな」


その瞬間、月美の心臓が跳ね上がった。


「え……桜井くん?」


「あいつも昔ピアノやってたんだよ。小学校の時」


田島が懐かしそうに言う。


「そういえばそうだった。発表会とか出てたよね」


佐藤も思い出したように頷く。


(共通点とかでバレたりしないか!?……いや、でも昔の話だから大丈夫か。まさかこんなところで自分の過去が出てくるなんて)


「そ、そうなんですか……」


月美は動揺を隠しながら、曖昧に答えるしかなかった。


「じゃあ今度、別の日にしよう」


佐藤が気を遣って言ってくれた。



帰りの支度をしていると、山田が心配そうに声をかけてきた。


「月美ちゃん、体調とか大丈夫?最近よく保健室行ってるよね」


「あ、はい……ちょっと疲れやすくて」


「無理しないでよ。何かあったら言って」


田島も優しく言ってくれる。


(みんな心配してくれてる……でも全部嘘なんだ)


罪悪感が胸を締め付ける。


月美は自分の中で積み重なっていく嘘の多さに、嫌気がさしてきた。


(これって本当の友情なのか?俺が嘘ついてるのに、みんなは本気で心配してくれてる。申し訳ない気持ちでいっぱいだ……)



放課後、生徒会室で委員長と振り返りをした。


「今日はどうでしたか?」


「友達ができるのは嬉しいけど……」


美月の表情が曇る。


「罪悪感が増してますね」


委員長が的確に指摘する。


「みんな良い奴らなんだ。だからよけいに辛い」


「男子たちの女子への憧れが強いですね」


「そりゃそうだろ。普段女子と接点ないから」


「その純粋さを利用できますが、油断は禁物です」


(男子校の純朴さが逆に辛い……)


美月は複雑な気持ちになった。


「友達関係は計画にとって重要です」


委員長が戦略的に分析する。


「でも嘘ばっかりで……」


「最終的には真実を話します。今は我慢です」


(いつまで我慢すればいいんだ……)


美月は深い溜息をついた。



帰宅途中、月美は一人で今日のことを振り返っていた。


(今日も一日、嘘をついて過ごした)


(でも、友達ができたのは確かだ)


(田島も山田も佐藤も、良い奴らだ)


夕陽が校舎を照らしている。いつもの見慣れた風景なのに、今日は少し違って見える。


(笑顔で話しかけてくれる)


(心配してくれる)


(でも俺のことを何も知らない)


(知ったらどう思うんだろう……)


月美の胸の中で、嬉しさと罪悪感が複雑に絡み合っている。


(今は、計画のために頑張るしかない)


(学校を救うためだ)


(でも、いつかは本当のことを話したい)


(その時、みんなは許してくれるだろうか……)


月美は空を見上げながら、ゆっくりと家路についた。


明日もまた、月美として彼らと過ごす一日が始まる。友情の温かさと、嘘の重さを両方抱えながら。

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