第2話 金か銀か

 クロエからフロマス勇士団ブレイブスの鍛え直しを依頼された翌日。モルクは朝から手ぐすね引いて待ち構えていたが、フロマス勇士団の4人は中々やって来ない。


 まぁ来ないなら来ないで、いつもの業務をするだけだが。

 シャイアの街の冒険者ギルド支部は支部長レイナとモルクだけの少数精鋭主義──という名の経費削減主義だから、仕事はいくらでもある。特に朝は冒険者たちが受ける依頼を探しにくる相手で手がいっぱいだ。


「おはようございます! この依頼、お願いします!」


 元気に依頼書を掲げるのは、イザベル。シルバーランクの冒険者パーティー、フェロウリングの交渉役だ。他のメンバーたちも揃っていて、モルクに挨拶してくる。

 挨拶を返しつつ、モルクは依頼書を受け取って目を通す。


「灰の森外縁部の大尾狼テイルウルフ狩りか……。数が増えてるから気をつけろよ」


「分かってますって。ちゃんと群からはぐれてるのを狙います」

大尾狼テイルウルフなら何度も狩ってるもんねー」


 顔を見合わせて笑う若い冒険者たち。


 大尾狼テイルウルフの数が増えてきてから何頭か減らして欲しいという依頼なので、たくさん狩ろうと無理する必要はない。群れで襲われる危険を考えてシルバーランクの依頼にしたが、単体の大尾狼テイルウルフならカッパーランクでも勝てる相手だ。


「シルバーランクのフェロウリングなら2,3体ぐらい同時でも平気だろうけどな。あと、森精族エルフの領域まで入らないように」


「そっちの方が難しいかも」

森精族エルフの目印って分かりにくいんですよね。ウチのパーティーには森精族エルフがいませんし」


 灰の森はデイル王国の中にあるが、事実上は森精族エルフの独立国。しかも数十年前に大火災で焼けたのだが、焼ける前に森があったところまでが森精族エルフの領域と定められている。要するに、ただの原っぱと思って歩いていたら、領域侵犯と見なされて攻撃される可能性もゼロではない。


「まあ、ちょっと入るぐらいなら警告ぐらいで許してもらえるけどな。ところで、灰の森に行くなら、こっちの依頼も一緒にどうだ?」


 モルクはカウンターのすぐ横に貼ってある別の依頼書を示す。イザベルはそれを読んで眉根を寄せた。


月夜草ムーンウィードの採取ですか……。ヤック平原はちょっと遠回りですよね。報酬額も低いし」


 月夜草ムーンウィードは傷薬の材料だから需要は多い。そしてシャイアの街から近く魔物モンスターも少ないヤック平原で採れる。簡単な依頼だから依頼料も安くなる。


「灰の森の外縁部にも取れるところがあるんだよ。日当たりが良ければ大体育つしな」


「へぇ、そうなんですね」


「採取の手間は増えちゃうけど、何とかお願い出来ないかな。じゃないと、俺が行くハメになる」


「あはは。無色むしょくバッジのモルクさんを冒険に行かせるわけにはいかないですね」


 モルクのお願いを冗談だと受け取って、イザベルは笑いながら依頼を受けてくれた。2枚をまとめて受注済のスタンプを押す。


 早速出発するフェロウリングの5人を見送り、モルクはレイナ支部長にぼやく。


無色むしょくですって」


 モルクの胸には白い星型のバッジ。ジョブバッジと言って、赤から紫までの色によって着けている人の得意分野が分かるようになっている。


「本望だろ」


 赤とオレンジの2色に染まったバッジを着けた支部長はニヤニヤしつつ黒茶カルディのマグを傾ける。


「ま、そうなんですけど。次の人ー」


 モルクも軽く流して、次の冒険者を呼ぶ。依頼の受付は原則モルク1人でやっているから、休む暇はない。


 それもひと心地ついた昼前に、彼らフロマス勇士団ブレイブスはやってきた。

 ゴーレムが扉を開けに行くのを待たずに、力任せに押し開ける。その音で、まだロビーに残っていた冒険者らの視線が集まった。


 先頭に立つのはレクシア・フロマス。そもそも角鬼族ウルク汎人族ヒュムより体格が良い。しっかり鍛えていればなおさらだ。引き締まった顔とこめかみから生えた2本の角が威圧感をかもし出している。

 服の胸についた星形のジョブバッジは真っ赤。愛用の武器で敵を薙ぎ倒していく武技士ファイターの色だ。背負った大剣も、柄頭に同じ色の宝石が埋められている。


 次に続くのがエミール。レクシアと比べると一回り小さい、がこれは比較対象が悪いだけ。汎人族ヒュムの男としては標準的な身長だし。

 体つきが細めなのと、本人の顔立ちが優しすぎる──もっとストレートに言ってしまえば女性っぽい。栗色の髪を背中まで伸ばしているのも女性っぽさに拍車をかけている。

 しかし、それで彼を侮ると痛い目を見ることになる。エミールは、胸の紫バッジが示すように攻術士メイジ。炎や雷といった攻撃的な魔術が得意技だ。


 その後ろ、クロエに手を引かれてゆっくり歩いているのが森精族エルフのナプラ。

 銀細工のような艶やかな髪、人形よりも整った顔。モルクが知る森精族エルフ女性の中でもとびっきりの美形である。──しゃんとしている時は。

 起きている時間の半分は眠そうにしていて、残り半分はダルそうにしているので、その美形っぷりを堪能した人間は少ない。

 モルクが見たのもたった一度だけ。ものすごく真剣な顔で、

「わたしが癒術士ヒーラーを選んだのは、とりあえず〈回復〉してれば文句言われないからだよ」

 と力説された。


 そのナプラを連れているクロエは、モルクの顔を見て軽く頭を下げる。いつも通りの丸メガネ越しに、すがるような視線を向けてくる。


 モルクはクロエにうなずきを返してから、レイナ支部長に視線を送った。支部長は大きな胸を強調するように腕組みしたままうなずく。事前打ち合わせ通り、の指示だ。


「メンバー変更申請だ。クロエはフロマス勇士団を抜ける。クロエも承諾済みだ」


 レクシアのぶっきらぼうな物言いに、モルクはちょっと硬めの口調で返す。


「うわさは聞いているよ。それに関して、ギルドの方から提案がある」


「提案?」


「ギルドとしては、4人しかいないフロマス勇士団から1人抜けるのであれば、フロマス勇士団の格付けをシルバーランクに変更すべきだと考えている」

「「「「はぁ!?」」」」


 フロマス勇士団の4人が、辞めるクロエまでもがそろって驚きの声を上げた。



★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆。*†*。★。*†*。☆


「はーい、クロエです!」

「シルバーランク落ちって!? 私も聞いてないですよ、そんなの!!」

「結構苦労してゴールドに上がったのになぁ。レクシアに追放されかけたり、レクシアに追放されかけたり、レクシアに追放されかけたり」

「フロマス勇士団は本当にシルバーランクに落とされちゃうんでしょうか?

 それとも、モルクさんには何か計略が……?

 次回、序章第3話『バッジの色は』 読んでくださいね!」

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