第33話 セインツ
最も厄介な敵と考えている男の、あまりにも唐突な登場に、セキレイ以下、遊撃隊の全員が即座に身構えた。隊舎は、一触即発の張り詰めた空気に満たされる。
「お前、どうやってここに⋯⋯! 何しに来たんだよ!」
ダンが、憎悪を込めた声で叫んだ。
「いやね、君たち3人の名前を、うっかり聞き忘れたなと思って」
ゼノは、肩をすくめて、悪びれもなく答える。
「ふざけるな!」
「ははは。そこのモルフェス君が、セキレイ殿の後、熊に変身して逃げただろう? あんまり迷いなく一直線に逃げるものだから、その先に何があるのかと思ってね。で、たどり着いた先が、とんでもない代物だったってわけさ」
その言葉に、セキレイの目が鋭く光った。
「ヴァル、お前、私に変身できたのか」
「⋯⋯一瞬だけ。あいつの攻撃をはじいて、ダン達の所に飛ぶ、ほんのちょっとの間だけだった」
「どうです、セキレイ殿。モルフェス王が絶対防御を使うなんて。神話が書き換わってしまいますよね」
「おれは、ヴァルっていうんだよ!」
「おっと、失礼。それはそうと、ボタンの数からすると、このリューネリアとエリュシオン、それぞれの大陸に、少なくとも3つずつは転移装置がありそうですね、セキレイ殿?」
「⋯⋯なぜ、私に聞く」
「なぜでしょうね」
ゼノとセキレイの間に、火花が散るような視線が交錯する。
「ゼノ殿。貴殿は、パルシオン郊外の神殿に入り、起動している転移装置を使ってここまで来た。そういうことか?」
「その通りです。ご心配なく、装置の設定は一切いじっていませんよ」
「危険を冒してまで、ここまで来た理由は何だ」
セキレイが、核心を突く。
「ヴァル君が貴女に変身するまで、僕は、貴女が絶対防御を使うことを知らなかったんです。そのすぐ後に、貴女が戦場で銃弾を触れずに弾いたという報告を受けましたが。いや、頭をガツンと殴られたような衝撃でしたよ。この世界で、おそらく唯一自分より強いであろう存在が、まさかセインツだなんて」
セキレイは、黙っている。
「セインツって、何だよ」
ダンの問いに、ゼノは親切に答えてやった。
「聖騎士って書いて、そう読むんだけどね。あの絵本に出てくる、戦争大好きな白い騎士達――神聖騎士団のことさ」
「⋯⋯理由になっていないな。もう一度聞く」
セキレイの静かな声が、ゼノの言葉を遮った。
ゼノは、やれやれといった様子で肩をすくめると、その瞳に、初めて純粋な闘志を宿した。
「単刀直入に言いましょう。貴女の絶対防御が一体何層あるのか、この目で確かめたい。そして、本当に僕より強いのかもね。研究者の知的好奇心と思ってください。長年手がけている研究のために――要は、手合わせ願いたいと。そういうことです」
「何層、だと?」
シュウが、初めて聞く言葉に、わずかに眉をひそめた。
ゼノは、セキレイからシュウへと視線を移した。
「君はシュウ君かな。今ごろ、ユイナフでは念入りに君のことが報告されているだろうね。そうだよ。君たちが神の御業のごとく思っているであろう絶対防御は、一層ずつ、玉ねぎの皮のように剥がしていく仕組みなんだ。知らなかったかい?」
「お前、なんでそんなことまで知ってんだよ!」
ダンの叫びに、ゼノはこともなげに答える。
「こういう古い伝承はね、ここリューネリア大陸よりも、エリュシオン大陸の方に多く残っているんだ。僕は、あっちの書物も相当読んでいるからね」
「ゼノ殿」
セキレイが、静かに、しかし有無を言わせぬ圧力で言った。
「それを、私から直接知るということは、そなたはもう、ユイナフには戻れないことになる。ユイナフで相当重要な位置にいるであろうそなたを、今ここで仕留めることができるのは、我々にとって願ってもない話だ」
「ご心配なく」
ゼノは、その脅しを軽くいなした。
「僕がいなくなっても、僕はもうユイナフ軍に十分なものを残しています。例えば、あの特殊兵装。先日、エティエンヌ卿は10体を試験運用に連れて行きましたが、本格運用となれば、小隊長クラスの者には、全員に行き渡ることになっています。――つまり数百体です」
その言葉に、遊撃隊の全員の顔色が変わった。数十倍に膨れ上がった、あの悪夢のような部隊。もはや、絶望という言葉しか浮かばない。
「これを正面から蹴散らせる軍隊は存在しません。――まあ、神聖騎士団ならわかりませんが、僕は伝説上の神聖騎士団より強い軍隊を作ることを目標にしてやってきましたから」ゼノは、楽しそうに続けた。
「ここまで至るのに、相当の時間とお金を使いましたがね。これぞ、豪商を軍の幹部に登用するという、宰相エルドレッド殿による画期的な身分制度改革の効果ですよ」
「一方でセキレイ殿。貴女といえど、僕を仕留めるのに無傷で済みはしないでしょう。貴女が万全の状態で次の戦場に立てなかったら、どうなります? 元々絶望的な戦力差が、さらにどうしようもなくなる」
「⋯⋯確かにな」
セキレイは、しばし黙考した後、結論を下した。「であれば、ここは軽い手合わせに留めておくべきか」
「おっしゃる通りです」
その時だった。
「待て。それなら、俺にもやらせてくれ」
シュウが、一歩前に進み出た。その瞳は、まっすぐにゼノを射抜いている。
ゼノは、その挑戦を嬉しそうに受け入れた。
「シュウ君。僕も君のことを知りたいと思っていたんだ。いいよ。セキレイ殿の後で、魔法抜きで軽くやってみよう」
「――待て! なら、オレもやらせろ! この前の借りを返す!」
ダンが、怒りを滲ませた声で割って入った。
「えーと、アシュヴァル君」
ゼノは、困ったように眉をひそめた。
「ダンだ!」
「ああ、ダン君。悪いけど、君とはやりたくないな。君の能力は、軽い手合わせにはあまりにも向かないしね」
ゼノは、まるで講義でもするかのように、研究所での戦いを振り返った。
「この前、僕は君を休みなく攻め立てて、君に能力を使わせないようにして勝った。直前に君の黒い槍を見ていて、一瞬の隙が命取りになると分かっていたからね。たまたま持ってた特殊兵装の小手を装着したのも、仕込みさ。そうすれば、まさか僕が自力で強力な魔法を使えるとは想像もしないだろう? そうやって、あの手この手で戦ったんだよ」
ゼノは、ダン、ヴァル、リオの3人を交互に見ながら言った。
「3人それぞれタイプは違うけど、みんな必殺の能力を持っている。君達とは危なくって手合わせできないよ」
そして、シュウにウィンクしてみせる。
「シュウ君の場合は、ひょっとしたら、僕の研究に何か新しいヒントをもらえるかも知れないんだ。だから、後でよろしく」
ゼノは、再びセキレイに向き直った。その瞳には、もはや戯れの色はない。純粋な探求心と、闘争心が宿っている。
「さて、セキレイ殿。いいですか?」
「⋯⋯いつでも」
セキレイもまた、静かに剣を構えた。遊撃隊の隊舎が、2人の天才が放つ尋常ならざる気配によって、戦場へと変貌した。
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