第4話 運命の出会い
セキレイは、腰の鞘から愛剣を抜き放った。
「シュウからだ。武器は得物を使え。真剣でも心配するな、私は当てないし、お前達は当てられない」
飾り気のないその剣は、何の変哲もない地味な長剣に見えたが、刃は見たことのない不思議な輝きを放っていた。
シュウも剣を抜き、構える。
(なるほど――)
その構えは、セキレイの目から見て隙が多かった。だが、剣を構えて集中したシュウの放つ冴えた気配は、常人のものではなかった。
シュウが動いた。
「いきます!」
最短距離を駆ける、鋭い突き。彼の剣の才が凝縮された一撃。
だが、セキレイはじっと剣先を見たまま動かなかった。シュウの剣が彼女の胸を捉える寸前、ふっとその姿がかき消えた。
「――!?」
シュウが驚愕に目を見開いた瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「遅い」
気づいた時には、首筋にひやりとした剣の感触があった。シュウは一歩も動けなかった。
見えない。速すぎて、彼女がいつどう動いたのか、全く理解できなかった。残像すら見えなかった。
(我流で荒削りだが、今の時点で騎士団の中堅レベルには楽に達している)
セキレイは剣を引いた。
「次はお前だ」
視線がダンに移る。
ダンは咄嗟に右の掌に黒い炎を灯した。警戒心が恐怖に変わり、ありったけの魔力を込める。実際に黒い炎を目の当たりにしてセキレイは確信した。
(これか、間違いないな)
「喰らえ!」
ダンが初めて全力で放つ黒い火球が、セキレイ目掛けて飛んでいく。
しかし、セキレイはそれをこともなげに剣で切り払った。恐るべき速度による剣圧で炎は二つに割れ、彼女の左右で爆散した。
ダンが驚愕したと同時に、セキレイはダンの目の前に立っていた。たっぷり距離をとっていたはずが、まるで手品のように一瞬で目の前に現れた。
あまりに近かった上に事態を呑み込みきれていなかったため、ダンは咄嗟に次の炎を出すことができなかった。セキレイがくいと剣先を上げ、彼の眉間にぴたりとつける。
「弱いな」
セキレイは剣を鞘に納め、呆然と立ち尽くす2人に言い放った。
「もっと強くならないと、私の与える任務は遂行できないぞ」
シュウとダンは、生まれて初めて、絶対的な壁を目の当たりにしていた。
「なあ、モニカ」
そうセキレイが声をかけると、いつから居たのか、観戦していたシュウの背後に、黒髪の妖艶な雰囲気の美女が笑みを浮かべて立っていた。
「彼女はモニカという。お前達と同じく、私の部隊に入る」
「モニカ、27歳よ。よろしく、坊やたち。セキレイ様とは昔一緒に仕事したことがあるんだけど、何年かぶりに話しかけてきたと思ったらこの話よ。ま、面白そうだからいいけど。結構お給料いいしね。私は帝国一の情報屋だから、頭脳労働担当よ。戦いには巻き込まないでね」
モニカは2人に手を振りながらぺらぺらと挨拶をした。
街の女性と話すことなどない2人は、少し緊張しながら挨拶を返した。
「よ、よろしく」
セキレイが言う。
「お前達、ここは気に入ったか? ここが我が部隊の隊舎になる。野宿同然の暮らしだったのだろう。今日からここに住め」
「私は通いだけど、あんた達、綺麗に使いなさいよ」
「別に、散らかすような物も持ってねーよ」
モニカの疑うような口調に、ダンが口をとがらせた。
「仲間はあと2人いる。明日連れて来るから、全員揃ったところで詳しい説明をする」
そう言い残して、セキレイは去った。
翌日、セキレイがバルトロマイを通じてスカウトした2人を連れて来た。
2人を見て、ダンは腰を抜かすほど驚いた。
「お、お前達、なんでここに!?」
セキレイが連れて来たのは、ダンと同じ村から来たという、まだ幼さが残る2人の少年だった。
「おれたちも、ダンみたいに街に憧れて家出したんだ」
お喋りでお調子者のヴァルは12歳。自分が会ったことのある他人や動物に変身できた。諜報活動において、これ以上便利な能力はない。
「グレンツェンには最近来たんだよ。ダンを探してた」
おとなしいリオは11歳。自身が触れた一定の大きさの物体を、視界の届く範囲に瞬間移動させることができた。奇襲や離脱、物資輸送など、戦術の幅を広げる力だ。
世間知らずの2人は、領都グレンツェンに着いて早々にその能力を使ってしまい、バルトロマイの情報網にかかったのだった。
「この2人は、世界中探しても見つからない能力の持ち主だ。気ままな家出中だったようだが、少々無理を言って働いてもらうことになった」
「ダンがいるならいいよね、ヴァル」
「ああ。皆よろしく」
こうして、セキレイ直属の遊撃隊が正式に結成された。
彼女は5人に呼びかけた。
「お前たちが私の直属部隊だ。我々の目的は、マールとユイナフの戦争を回避することだ。正規軍ではないから手段は選ばない。法も規則も時には無視する。人を騙しも操りもする。使えるものは全て使う」
セキレイの言葉に、若者たちの顔が引き締まる。
モニカが言う。「得意よ、そういうの」
「そう、お前達は独自の個性、人にはない能力を持っている。1人1人それを発揮してくれ」
「俺は、こいつらみたいな特殊な能力はないと思いますが⋯⋯」
不思議そうに言ったシュウに、セキレイは諭すように答えた。
「お前は裏社会の片隅にありながら、剣に全てを捧げて生きていた。そこまでできる者は城にもそうはいない。帝都にもな。十分に特殊だ。そのまま剣に生きろ」
「――そして、いつか私を超えろ」
「すごいわね! セキレイ様がそんなこと言うなんて! 私の知る限り、こんなことないわよ! シュウ」
シュウよりもモニカの方が興奮しているようだった。その隣で、ダンが面白くなさそうに、
「隊長、オレにも何か言ってくれよ」と言った。
モニカがたしなめ半分で茶化す。「対抗心むき出しなんて、みっともないわよ」
「うるせえな」
セキレイはダンの目を見て言った。
「ダン、お前の炎は確かに独特だが、技が一つしかないのは単調だ。正規魔法も勉強しろ。そのほうが戦術の幅が広がる」
「それだけ!? なんかこう、期待とか」
「ヴァルとリオの面倒をちゃんと見ろ」
「なんだよそれ!」
そのやり取りに、ヴァルとリオが吹き出した。セキレイはそんな2人を見て、確信に満ちた口調で言った。
「お前達は、もっと色々なことができるはずだ。例えばリオは、触れた物でなくても動かせる。ヴァルは何にでも変身できる。自分にはできると強く信じろ。それが能力を拡大する」
2人は素直に頷いた。
セキレイは、北方の村から来た3人の特異な能力に周囲の者とは違った戦慄を覚えていた。
(よりによって、この3つの能力とは皮肉なものだが、私達は、互いに出会うべくして出会ったのだろう。時代が大きく動くのかも知れない――)
はるか遠い祖国での記憶がよみがえる。
(――だが、今はまだその時ではなさそうだ。まずはこの大陸だ)
このメンバーなら、理想は達成できる。自分の下に結集した才能の原石は、いずれマールどころか世界をも変え得る。セキレイはそう考えていた。
そして5人の隊員――シュウとダンは最強の剣士の下で戦う喜びを、モニカは国と国の戦いという知的ゲームへの高揚を、ヴァルとリオは、ダンと共にいられる居場所ができた安堵を、それぞれ抱いていた。
遊撃隊が結成されて二週間が経った。
シュウとダンが想像していたような、血の滲むような訓練はまだ始まっていなかった。代わりに彼らに与えられたのは、帝国の歴史や地理、アストライア正教史、有力諸侯の家系図といった膨大な資料の暗記だった。
「なんだよこれ! オレは早く戦いたいんだ!」
ダンの不満が爆発する。シュウも、早くセキレイに一太刀でも浴びせたいと逸る気持ちを抑えきれずにいた。
「黙って覚えなさい、坊やたち」
モニカが長い指で資料の山を叩く。
「戦はね、剣を振るう前に始まってるの。敵を知り、地形を知り、誰が敵で誰が味方になりうるかを知る。それができなきゃ、あんたたちはただの鉄砲玉よ。使われて、あっけなく死ぬだけ」
その言葉に、2人はぐうの音も出なかった。
そんなある日、セキレイが遊撃隊のメンバー全員を招集した。
「最初の任務だ。全員で動く」
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