第3話 はみ出し者

 セキレイ直属となる非正規の遊撃隊員の人選にあたり、豪商バルトロマイはある基準を設けていた。


 まず、身寄りがないこと。

 次に、このローゼンブルクに2人といないような能力や特徴があること。

 そして、すねに傷を持つこと。

 ――その基準でバルトロマイの情報網に引っかかったのが、剣士のシュウだった。


 シュウは、街の外れにひっそりと建っている古ぼけた剣術道場で木剣を握りしめ、対戦相手と向かい合っていた。相手は騎士団に所属する年上の兵士だ。


 バルトロマイがセキレイに報告したように、シュウは騎士団に入ることができない。だから彼は、城の不良兵士との賭け試合で腕を磨いていた。自分に勝ったら有り金を全部払うという触れ込みで「客」をつかまえ、逆に巻き上げる。彼は負けたことがなく、有り金は増える一方だから、挑んでくる客は途切れなかった。


 この日の相手は、騎士団の小隊長クラスだった。セキレイの目を盗んで来ており、さすがに騎士団の鎧は脱いでいる。


 礼をして、二人は構えた。


「はっ!」

 鋭い踏み込み。騎士の木剣が唸りを上げて迫るが、シュウはそれを最小限の動きでさっとかわす。まるで、どこに剣が来るのかをあらかじめ知っているかのようだ。


 戦闘の中で、思考よりも先に体が動く。本能が、常に正解を導き出す――それが彼の剣術の特徴だった。


 かわしざま、カウンターで放たれたシュウの一撃は、兵士の木剣を弾き飛ばし、その喉元に寸止めで突きつけられた。

「まいった」

「ありがとうございました」

 闇試合だが、正規の形式にのっとって、きちんと礼をする。


「これで騎士団員じゃないんだからなあ」金を払いながら騎士が不可解そうに呟く。

「毎度あり」

 いたずらっぽく笑うシュウだったが、その顔に満足感はなかった。


 彼は強さを求めていた。誰にも負けない、絶対的な強さを。

 その渇望は彼を孤独にしていた。同年代の若者たちは、彼の純粋すぎる剣への探求心についていけず、次第に距離を置くようになっていた。彼にとって、強くなることだけが、自分がこの世界で生きていく唯一の術だと信じていた。


 シュウの闇試合と同じ頃、バルトロマイの基準に該当したもう一人の少年、ダンは、領都の裏通りでチンピラの二人組に絡まれていた。


「おい、兄ちゃん。その珍しい黒髪、高く売れそうだなぁ? 俺たちとちょっと遊ぼうぜ」

「うるせえ。どっか行け」

 ダンの低い声に、チンピラたちが嘲笑う。

「おぉ、怖え怖え。ははは」

「ちょっと来いよ」


 次の瞬間、ダンの掌からゆらりと黒い炎が立ち上った。普通の炎とは明らかに違っていた。闇を凝縮したかのような、不気味な黒。周囲の光を吸い込むかのように、それは静かに燃えていた。熱気よりも冷気すら感じさせた。


 ダンは炎をまとった手をチンピラの目の高さまで上げた。

「ひとつ数えたら顔を焼く。火傷はしねえから安心しろ。首から上が炭になるだけだ」


「ひっ⋯⋯!魔法使いだ!」

 チンピラたちは悲鳴を上げて逃げ去っていく。


 魔法が使える者は国全体でも多くない。そのため、ほとんどの魔法使いが帝都や大きな領邦で重要な仕事についていた。サンクト教会派の司祭として、神や精霊の奇跡を体現してみせる者もいた。ローゼンブルクには数えるほどしかおらず、領都といえど、街の裏通りで出会うことなどまずなかった。


「ち、生活費をもらえばよかった」ダンは舌打ちし、黒い炎を消した。


 彼は、通常の魔法体系には属さない変わった術を数多く扱う、特殊な村で生まれ育った。だが、その村の誰も、黒い炎についての知識は持っていなかった。長老達はその話題すら避けた。

 疎外感と外の世界への憧れが高じて16歳の時に村を飛び出し、領都での暮らしは一年になる。


 この力は一体何なのか。独学で操ってはいるものの、その根源も、正しい使い方もわからない。ただ、この術を思うままに全力で使ってみたいという欲望は、日に日に強くなっていた。


 そんな2人が、騎士団総隊長セキレイからの呼び出しを受けた。 


 約束の日の日没時。グレンツェンの街外れにある、バルトロマイ所有の屋敷。今は使う者がおらず、セキレイの新設部隊の隊舎にとバルトロマイが提供したものだ。


 森に面した広い庭の中央に、セキレイは静かに立っていた。

 彼女の前にシュウとダンが並ぶ。さすがにセキレイの名は知っており、緊張した面持ちだ。


「シュウとダンだな。その年でいっぱしの裏社会の人間気取りか」

 セキレイの緑の瞳が、2人を射抜くように見つめる。

「何もかも知っているぞ。城の牢屋に入るか、それともグレンツェンから追放されるか?」

 2人は黙っている。いや、セキレイの重圧によって声が出ない。


「お前達のようなはみ出し者にやらせたい仕事がある。私の部下になるなら、これまでの火遊びは不問にする」


 ダンは訝しげな表情を浮かべた。

 なぜ騎士団総隊長が、自分のような裏通りの厄介者を? 罠ではないか、と警戒心を解くことができない。


 シュウは違った。どこか期待を込めた目でセキレイに訊ねた。「騎士団に入れと?」


「まさか。はみ出し者に、と言っただろう。私の私兵だ。ローゼンブルクの名を背負ってはできないようなことをやってもらう」


「戦いは?」

「あるだろうな。相手は私個人の敵だから、騎士団が対応する敵よりも厄介だろうがな」


 その言葉に、2人の目が強く輝いた。上司は「神足」のセキレイ。帝国どころか、大陸最強の剣士と誰もが信じている。その敵との対峙。自分の力がどこまで通じるのか試せる絶好の機会だった。


「やります」「やるぜ」2人はほとんど同時に返事をした。


「よし。じゃあまずお前達の腕前を見る。かかってこい」

 セキレイが二、三歩後ろに下がった。

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