承認欲求のこども

蟹山カラス

さむいふゆは

「つまらない、何もかもつまらない!」

 そう叫んで、君は僕の原稿をぶちまけた。

 前触れもなくそんなことをされた僕はびっくりしてしまい、はらりはらりと舞い散る原稿をただぼんやりと見ていた。

「君の原稿はつまらない。そんなので賞なんか取れるわけない。学校でちょっと評価されたからって調子に乗らない方がいい」

 僕ははっと我に返って原稿を拾い集めた。

 短編だから、そんなに量もない。

 それより君がどうしてそんなことを言い出したのかが気になった。

「僕? 僕の小説は誰にも評価されない。ネットだけに上げてるのがよくないのか? 部誌に出しても先輩から酷評されて、僕の小説っていったい何なんだ? 対して君はどうだ。仲間からちやほやされて調子に乗って賞に応募って」

 恥ずかしいと思わないの? 君は震える声で言う。

 僕は答える。

「僕は。小説は趣味だと思ってるんだ……」

 拾い集めた原稿を胸に抱く。

「今回の応募も記念応募ってやつで、本当に賞取るなんて思ってないよ。君の方が真面目に小説に向き合ってる、仲間内でゆるくやってるだけの僕と違って」

「……」

 君は黙り込んだ。

「そういうとこがむかつくんだよな」

「え」

「そういう、君の……軽い気持ちでやってます、みたいな。俺は本気でやってるのに、なんか……高みから見てます、みたいなそんな顔。むかつくんだよ。今すぐ俺の目の前から消えてくれないか」

 変わってしまった一人称を聞いて、僕は君の逆鱗に触れたと気付く。

「ごめん。帰るね……」

 僕は、原稿とスマホを荷物に押し込んで部室を出た。

 何の物音もしなかった。


 家に帰ってPCで君のサイトを見る。

 僕は君の小説が好きだ。

 君は、認められない苦しみが現れたようなぐるぐるとした小説を書く。「軽い気持ちで」小説をやってる僕と違って君は真剣に小説に向き合っていて、だからこそ未熟なところもあって、そういうところが胸を打つ。

 君は僕にないものを持っている。

 だから、好き。

 ため息。

 僕が君の小説を毎日読んでいること、気付かれてしまっただろうか。

『真面目に小説に向き合ってる』

 大丈夫だ。こんなこと、文化祭の部誌に載った短編一つ読めばすぐわかることだ。

 それに君はあのとき激昂していた。

 わかるはずもない。

 僕は自分のこういうところが嫌いだ。本当の「好き」を伝えられずに隠すところ。

 相当ハイにならなければ本当の「好き」は伝えられない。

 君にも。

 そうだ。


 次の日、学校に行ったが君は部活に来なかった。

 進学コースの君は期末テストの時期だ。忙しいのだろうと思い、持ってきた本を出す。僕はスマホの電源を切った。

 ……君の小説が好きだ、と素直に言っても君は認めてくれないと思う。

 小説に対して真剣な癖に、なぜかその「小説」に対する自信がない。いくら「好き」を伝えても、そんなことないだろう、とか、気を遣って言っているのだろう、とか返されるのがオチだ。

 厄介な性格をしているなあ、君は。

 ぼんやりと君に思いを馳せる。

 こうしてる間に君がそこのドアを開けて、部活に来たりしてくれないだろうか。

 してくれないだろうな。

 君は自罰的な人だ。僕と喧嘩のようなやり取りをしたことを気にして休んでいるのかもしれない。

 はー、と息を吐いて、立ち上がる。

「おお〇〇。どうした?」

「……進学のとこ行ってきます」

「気をつけてな」

「はい」


 渡り廊下を歩く。

 進学コースの教室と僕たち普通科の教室は棟が違っていて、吹きさらしの渡り廊下とドアで隔てられている。

 こんな時間に行っても君はいないと思うけど。

 果たして廊下の先に君は、

 探すまでもなく、いた。

 渡り廊下の壁にもたれかかってスマホをいじっている。

「こんなところにいたら風邪ひくよ」

 冬だし。と付け加える。

「……!」

 スマホをぱし、と伏せてこちらを見る君。

「少なくとも棟内には入った方が良いよ」

「うるさいなあ……普通科のくせに」

「あはは……」

『俺の方が頭が良いのになんで』だな、これは。完全に拗ねてしまっている。頭が良いなら「悪い」方の僕の言うことなんか気にせず部活に来ればいいのに、罪悪感があるらしい。

「偽悪してないでさ。部活行く?」

「してないよ。元々ワルなんだ」

「そんなこと言ってたら校則に引っかかるよ」

「大丈夫、あんなあるようでないもの怖くない」

「昨日のことなら気にしてないからさ」

「嘘だ」

「ちょっとは気にしてるけど、君も期末でつらそうだし。あんなこと言いたくもなるよ」

「……」

「真面目な人ほど病みやすいとも言うし」

「適当なこと言わないでくれます?」

「うーん……」

「僕が病んでようが病んでまいがどうでもいいだろ」

 あ、一人称戻った。

「病んでたら心配するよ、病んでなくても僕は君のこと気にしてる」

「は~? 何だそれ。干渉しないでくれます~?」

「してないよ、心の中だけだから」

「声かけろよ! 思うだけかよ! そうやってカウンターだけ回してコメントくれないヤツらのせいで俺は苦労してるっていうのに」

「そんなにコメント欲しい?」

「欲しいに決まってるだろ」

「……」

 僕は黙り込んだ。

 コメントをもらえば君は調子に乗って書くのをやめてしまうかもしれない。

 非難は自分の裏返しともいう。調子に乗るのは僕じゃなくて、君の方なのかも。これまで真剣にやってきた分、努力が認められたと有頂天になるだろう。

 そうなった君の書く文章は以前の苦悩にみちたぐるぐるから変わって、ふわふわになってしまうかも。

 それは求めていないのだ。僕は。

「部活に行ってみんなに君の小説見せてみたら? そしたら感想貰えるよ」

「身内コメ狙うって話?」

「リアル感想だよ。コメントじゃなくて」

「リアル感想もらっても書面じゃないと忘れるだろ」

「じゃ、書いてもらったら? 寄せ書きみたいに」

「俺卒業するみたいじゃん! ……くしゅん!」

「大丈夫? 寒いとこにいるから……移動しよう、部活が嫌ならファミレスとかどうかな」

「俺は君とこれ以上話したくないんだが。帰る」

「じゃ、一緒に帰ろう」

「はー? 部活いいのか」

「文芸部は自由な部活だからね」

「……はあ」

「一緒に帰るぐらいならいいだろう?」

「まあ……いいが」

 そして君と僕は一緒に帰ることになった。


『次は~、□□~、□□~』

「で? 帰る方向の違う俺についてきてまで話したかったことって何」

「バレてたか」

「そりゃわかるだろ、同じ部活だし……小説上手いし」

「へえ、僕のことそんな風に思ってくれてるんだ」

 にこ、と笑う僕。

「テンプレ台詞吐くなよ。君が小説上手いのは本当だろう。だから仲間内でも褒められるし、学内誌の特別枠にも載るんだよ」

「僕は君みたいにインターネットに投稿しようなんて思わないけどね」

「俺はな。君みたいに仲間内みたいな小っちゃい器で収まるつもりはないんだよ」

「ふふ」

「何」

「本音で喋ってくれて嬉しいな」

「はあ!? こんなこと言って俺、君に嫌われてるだろうな~ってもう諦めてたよ、だから本音で喋ってるんだが」

「嫌うはずないだろ」

「なんで」

「秘密」

「俺のこと好きとか」

「好きだけど?」

「えっえっえっ」

「どうしたの」

「男子校でそれはないだろ」

「ええ、ひどいなあ。ヘイトスピーチだよそれは」

「何じゃあお前は俺のこと好きなの」

「もちろん」

「えーと、そういう対象として見てるのかって意味なんだが」

「見てないけど……」

「はー? じゃあ何、俺バカみたいじゃん、一人でどぎまぎして……!」

 電車内であることを気にして声を抑える君。そういうところがかわいいんだ。

「でも、好きは好きだろう? そういう対象としての好き、と友人としての好きに明確な違いがあるとは僕は思えないけどな」

「お前やっぱりおかしいわ……」

「おかしくて結構」

「ええ……」

 引いている、が、まんざらでもない。

 そういう顔をしている。

 この経験を得て君がどんな小説を生み出すのか、楽しみだ。

 だが賢明な読者諸君は思うだろう。『友人』を得た「君」の文章もまた、先ほど想像した通り、「ふわふわ」になってしまうのではないか?

 大丈夫。

 友人を得たぐらいで彼の苦悩は消えはしない。

 彼の承認欲求というのはそれだけ大きくて、飼いならせない。

 きっと彼はこれからも、自分の文章が評価されないことを憂いて苦しむだろう。

 僕という友人ができても、なお。

 僕と君は衝突し続けるだろう。君は苦悩し続けるだろう。

 そんな未来が見えるから、僕は嬉しいんだ。

 優秀な創作は苦悩から生まれるからね。

『面白い、素晴らしく面白い』

 心の中で呟いて、君の顔を見る。

 きらきら輝く茶色の瞳に承認欲求の火種が渦巻いているのを見て、僕は小さく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

承認欲求のこども 蟹山カラス @Wkumo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ