第19話 月を飼う少女 3
休憩を終え魔物を探しに向かうと、やはり今日は
月の姿が消え、貯蓄された魔力を消費しながら戦っていると、僕はそろそろ引き時であるとルナベルに伝えた。
「まだ! まだ片付いてないわ!」
「だけど、魔力が尽きたらどうする!」
魔力切れを起こす前に撤退したかった僕だが、引く気配を見せない彼女に少し苛立ちを覚えていた。
それでも援護をし続けていると、目の前の魔物の背後にとてつもない気配を感じた。
「ルナベル!」
僕は彼女の名を叫ぶことで危機を伝達しようとしたが、さっきのやり取りがあったせいで、彼女は意固地になり僕の声に聞く耳を持たなかった。
やはり引き際を見誤ったかと、僕は唇を噛んだ。そして魔物の背後から現れた巨大な躯体がそろりそろりとこちらに向かってくる。そのゆっくりとした歩みにようやく気付いたルナベルは、少し狼狽え数歩後退った。
「ルナベル! 逃げろ!」
僕は魔物の攻撃を顧みず、彼女の前に出た。降りかかる巨大な魔物の攻撃を魔法障壁で防ぐ。
かなりの力だったため、一気に魔力を消費した僕はすぐに間を取り、次からは躱すことにし、ルナベルの位置を確認した。
「走れ!」
「う、うん!」
僕はルナベルが走り出したのを確認し、魔物の注意を引き彼女とは逆方向へ逃げた。それでも巨大な魔物はルナベルに向かおうとしたため、僕は後ろ走りをしながら矢を射った。
矢は魔物の左目に命中し、藻掻き苦しむ魔物に目を繰れず僕は走った。
街から離れていく僕は戻るのも困難であることは承知の上だった。だがここでルナベルが命を落とすよりは、僕がそうなったほうが戦略的にはまだ良い敗北だろう。
足が疲れてきたが、もう残ってる魔力も少なく、回復魔法を唱える余裕はない。それにこのままでは、魔力切れでどうにもない状態になる。それだけは避けたかった。しかし、どちらにせよ魔力補給の為に次の月夜を待つしかない。どこかに身を隠すか、若しくはこのまま昼間に日陰を探しながら街まで移動するかだ。
吸血鬼のように灰になることはないが、魔力が削られてしまう。僕らは魔力切れを起こすと、謂わばエネルギー不足になり、動けなくなる。最悪の場合は死に至ることだってある。
それもあり、僕は今、簡単に魔力を消費することはできない。
「参ったな……」
僕は岩陰に腰を下ろし、魔物達から隠れた。
どうにか見つからないように祈りつつ、僕は一つ息を吐いた。
「ふう……」
その瞬間、もたれていた岩が割れるほどの衝撃を背中に感じ咄嗟に岩から離れた。
轟音を伴い、岩が真っ二つになると、巨大な魔物が僕を見つめてニヤリと笑みを浮かべた。それはまるで勝ちを確信したような、ムカつく笑みだった。
僕は弓を絞るが、デコピンで弓を弾き飛ばされ、飛んだ勢いで弓は壊れてしまった。
「あぶな……」
意外と余裕ぶっているが、本当にそういうフリをしているだけで、内心バクバクだった。もしかしたら死ぬ。それが僕の脳内を支配していたが、それに思考が支配されてしまうと身動きが取れなくなってしまう。
僕の視線が一瞬で周囲の状況を読み取る。少しでも可能性がないか、少しでも生き延びるための何かがないか。
僕の手が背中に担いでる矢籠に向かう。矢を手にすると、魔力を込めて弾き飛ばす。
魔物の眉間に命中すると、その巨体がゆらりと後ろに倒れ、膨大な量の魔力が飛散した。
「助かった……」
魔物を倒すことで得られる魔力は、溢れ出した量の四分の一程度だが、この量なら十分全回復できた。
「ソル!」
「ルナベル! 無事だったのか!」
「それはこっちの台詞! よかった……よかったよぉ」
泣きかけた顔でルナベルが僕に抱きつく。
腕肩に柔らかい感触と、首周りには彼女の少し逞しい腕が纏わりつく。
「あのデカブツを倒したの?」
「ああ……危ないところだった。最後の魔力全部込めた賭けだった」
どの道、あれで倒せなかったら僕は殺されていただろうし、逃げ切れる保証もない。仮に逃げ切ったとしても、街から遠ざかり、危険な地域に深く踏み入るだけだった。
「帰ろう。ルナベル」
「うん。ソル、ごめん。私がちゃんと早めに引いていれば……」
「そうだけど、今は責めるのはなしだ。早く帰ってメシにしようぜ」
僕らは帰路につく。道中小物の魔物が居たが、ルナベルが力も使わずにあっさり倒してしまった。
「小物だと微々たるものね」
「獲得魔力が、か?」
「うん」
「あのデカイの、すごい量だった」
「だろうね。羨ましい……」
「どうにか分け与えられたら良いのにな。輸血みたいに」
「そうね。でも、血液型次第かな?」
少し現実感のある会話をし、僕らは街へと辿り着くことができ、家に戻るとルナベルが先にシャワーを浴びると浴室へ入って行った。
僕はソファーに腰掛け、武器の手入れを始めたが、弓を壊されたことを思い出した。
「弓……あれ結構気に入ってたんだけどなぁ」
寂しそうに呟くと、僕はノートを取りに自室へと戻った。
自室の机の上に置かれているノート。紙切れを束にしただけのものだが、そこには倒した魔物の特徴が書かれており、その時した戦い方をメモしていた。
今日のあのデカブツをどう書くか悩んでいると、ルナベルがシャワーを終えてリビングに戻ってきた音が聞こえた。
「あれ、ソルー?」
「ルナベル、部屋にいるよ!」
「ああ、いた。ね、新しいシャンプーなんだ。良い匂いでしょ?」
「うん、いい匂いだ。髪もいつもより艶があるね」
「でしょ?」
髪を靡かせる仕草を見ていて、僕は彼女が桜ノ宮栞であることを思い出した。
馴染みが早すぎると感じていたのも思い出し、僕は少し目を泳がせていた。
「どうかした?」
「馴染みが早いなって改めて思って……」
「そう……だね。私も一瞬自分が誰か忘れてた。ソルなのか鵲君なのかも分からなかった」
「仕方ないか。そういうもんだし」
「そうね」
僕らは互いに頷くと、ルナベルは僕のノートを覗き込んだ。
「偉いねぇ。ちゃんとつけてるんだ」
「書くことで覚えるし、忘れたら読めば思い出せるし」
「私は直感で動くタイプだからなぁ。戦ってたら思い出す」
「それも一つの記憶術だよ。結局、ノートに書いてても思い出せなかったら意味がないからね」
「でも、気付いたことを書いておくのは大事だよ。私は……すぐ忘れるから」
ルナベルはまだ湿った髪をタオルで包んだついでに、自分の顔をもタオルで隠した。
僕は頭を掻いてから溜息を吐いた。
「まあ……夢中になる、好戦的。そこは理解してるからさ、でも本当に引かなきゃいけない時はちゃんとしような」
「うん……ごめん」
僕はタオル越しに彼女の頭を撫でた。
少しだけ嬉しそうにする彼女が、頭の上にある僕の手を掴むと、そのまま自分の胸元でそれを祈るように抱き寄せた。
「今日はソルのお陰で生き延びた。死ぬかもしれないのに、あのデカブツを引き付けてくれたお陰で、私は逃げられた。でも、あんな無茶はもうしないで。私は……死ぬ時はソルと一緒がいい。だから、今度ああいう時は私と戦い続けよう」
ルナベルの柔らかい胸元で、僕に右手がそう告げられる。僕は呆れとも似ている感情を表情に出して、空いている手で再び彼女の頭を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます