第十話 魔術

エレとの訓練が始まって、一週間が経った。


俺は、ひたすら魔術の訓練をしていた。

魔術は、大きく二つに分かれるらしい。


一つは「ベルア」。体内の魔力を活性化させ、身体能力を強化する術。

練度や魔力量によって、肉体の強度はまるで別物になる。

エレがベルアを使うと、腕が鉄格子のように固くなった。

アレスは、彼女のベルアを「俺と同等レベル」と評した。


もう一つは「ガルア」。魔力を体外へ放出し、それを具現化させる術。

こちらも、練度や魔力量、そして魔力その者の質によって、強さも属性も変わる。

アレスがガルアを使うと、漆黒の闇を纏った炎が現れた。

エレがガルアを使うと、手汗がたくさん出た。彼女は、ガルアが苦手らしい。

俺はそれを見て、少しだけ安心した。


今、俺はベルアの特訓をしている。

これができなければ、たとえ木剣であってもエレの一撃で、身体が二つになる、と言われた。そしてようやく、多少なりともベルアを扱えるようになった。


「よし、そろそろだな。エレ、アルエット。これで打ち合ってみろ」


アレスはそう言って、木剣を渡してきた。

最近になって、彼は俺のことを「アルエット」と呼ぶようになった。

アレスとは四年近くの付き合いだ。その呼び方は、少し、むずがゆかった。


「アルエット、お前は全力で、エレを殺すつもりでやれ。エレ、お前はベルアを使うな。そして、絶対にアルエットを殺すな」


それを聞いたエレは、少し考えるような顔をして、アレスに尋ねた。


「ころす、だめなら、どうやって終わらせればいいの?」


彼女は、不思議そうに言った。その声は、あまりにも幼かった。

だが、その言葉は、あまりにも重かった。

彼女は、コロシアムの中でしか生きてこなかった。

彼女にとって闘いの終わりとは、相手を殺すことだった。

それ以外の終わり方を、知らなかった。知らないことは、罪ではない。

だが、知らないままでいることは、時に、罪よりも残酷だ。


「俺がやめろと言ったら、それでこの戦いは終わりだ」


アレスは、最近になってようやく言葉を発するようになってきた。

だが、それでも彼の考えていることは、まるでわからなかった。

彼は、何を見ているのだろう。エレを見て、この街を見て、

何を思っているのだろう。俺は、そんなことばかり考えていた。

エレは、殺すことしか知らない少女だ。この街は、そういう場所だ。

アレスは、その中心にいる。神級の魔術師。

支配者。観察者。あるいは、ただの傍観者。

彼は、何を信じているのか。何を守っているのか。何を壊そうとしているのか。


俺は、彼の目を見ても、何も読み取れなかった。

彼の目は、深く、底が見えなかった。

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