第九話 俺の名前は
その日、俺はアレスに連れられて、コロシアムの地下へと降りていった。
闘技場の下、闘わされる者たちが暮らす牢獄。
空気は湿っていて、どこか血の匂いがした。
俺は、何も考えず、ただ歩いていた。
気がつくと俺は、即滅のエレの目の前にいた。
彼女は首をかしげて、ぽつりと呟いた。
「……だれ?」
その声は、あまりにも幼かった。
彼女は近くで見ると、ただの小さな、かわいらしい女の子だった。
髪は色がないほど黒く、目は雲一つない空のように澄んでいた。
立ってみると、頭のてっぺんが俺の肩に届くか届かないかというほどの背丈だった。
この場所では、殺す力がすべてだ。力が名を与える。
そんな場所で、この少女が「即殺」などという名で呼ばれているとは、到底思えなかった。
「明日からは、お前ら二人に鍛錬を行う」
アレスが唐突にそう言った。
俺とエレは、それを聞いても、すぐには意味が掴めなかった。
「お前ら二人は、お互いに高め合う存在になるということだ」
俺はそれを聞いて、ぞっとした。背筋が冷えた。
「ちょ、え、てことは、俺はコイツと、その、、、戦ったりするってこと?」
「そうだ」
俺は言葉を失った。エレと戦う。あの、即滅のエレと。
俺はようやく魔力の流れを掴めるようになったばかりだ。
しかし彼女は、神級に近い。結果は見えている。確実に、死ぬ。
「ちょっと待って、そんなの俺が秒殺されるのわかりきってるじゃん、、」
「まあ、せいぜい頑張ることだな。まあ安心しろ、お前がそうならないために、、、俺がいるんだ」
アレスはそう言った。なんとなく、楽しんでいるのがわかった。
俺は、ふと牢の中を見た。慌てふためいていた俺とは違い、エレは顔色一つ変えず、ただ俺たちを見つめていた。まるで、何も感じていないようだった。
あるいは、感じる必要がないのかもしれないが、、。
「俺はもう行く。せいぜい自己紹介でもしておけ」
そう言い残して、アレスはどこかへ消えた。
鉄格子を挟んで、俺たち二人は、ただ静かにお互いを見つめていた。
俺は、彼女を得体の知れないものとして、恐怖していた。
彼女は、俺を得体の知れないものとして、少しだけ興味を持っていた。
先に口を開いたのは、彼女だった。
「私は、エレ。でもエレより、そくめつって言われる」
彼女は静かに、柔らかく、幼い声でそう言った。
そして俺は、少しだけ息を飲んで、こう返した。
「俺の名前は、、、アルエット」
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