6
sideカイル
そして今、私はリリアが嫁いだバルネス伯爵家の領地に来ていた。
感謝祭の週は、どの商会も休日となる。アルマード大商会も例外ではなく、いつも仕事に追われている私にも、この時期だけは自由な時間が取れた。
宿屋に数日滞在し、バルネス伯爵家の周辺を探る。だが奇妙なことに、伯爵夫人――つまりリリアの姿を見かけたという話が、どこからも聞こえてこない。
荒れ放題だった庭園も屋敷も見違えるように整えられ、立派な離れまで建ったというのに、その家の女主人だけが姿を見せない。
非常に面白くない。いや、はっきり言って、嫌な予感しかしない。
感謝祭の前日、私は周辺の聞き込みを終え、今度はバルネス伯爵家と古くから取引のある出入り業者を訪ねた。その中には離れを建てた業者もいて、かなり詳しいようだった。
「単刀直入に聞こう。バルネス伯爵家に、女性は何人いる?」
私は大金を握らせ、数人の男たちに尋ねた。
「女性ですかい? バルネス伯爵の祖母に母親、それから姉と妹。あとはバルネス伯爵夫人でさぁ……新婚のころは、よく並木通りを夫婦で散歩してましたよ」
「んだんだ。けど最近はさっぱり見ねぇな。どんぐらい前からか……半年、いや、それ以上前から見たこたぁねえです」
「その代わりっちゃなんですが、離れにはピンクブロンドの髪のきれいな女がいつもおりましてな。レオン様と仲がええらしいですぜ」
「ぐふっ……怪しい関係ってやつですぜ。確かに。あの女、しょっちゅう離れにいるんすよ。まるで伯爵家の女主人みてぇに振る舞ってるのを見たことがありやす。本物の伯爵夫人は、たしか蜂蜜色の髪だったと思いやすが……」
聞き捨てならない言葉を耳にした私は、思わずギロリと男たちを睨みつけた。
「……なんだと? その女は何者だ?」
「ひっ……お、怒らねぇでくだせぇよ! レオン様の従姉妹だったかと……隣領のドレイカー子爵家のお嬢さんだったはずでさ!」
そして感謝祭当日、リリアの専属侍女だったリンを、バルネス伯爵家に送り込んだ。彼女は東の大陸の出身で黒髪に黒い瞳、そして人並み外れた体術の使い手。リリアの父親が、彼女の腕を見込んで愛娘の侍女にした経緯がある。伯爵家の内情を探らせるには適任だった。
リンにはこう言わせた。
「かつて専属侍女として仕えておりまして、感謝祭というこの日に、懐かしいお嬢様に一目お会いしたくて立ち寄ったのでございます」と。
しかし、リンが持ち帰った報告は凍りつくようなものだった。
「リリアは気が触れており、誰であっても区別がつかない」──そう言われたというのだ。
「リリアお嬢様がそんなことになっているなんて、信じられません。絶対に嘘に決まっています。バルネス伯爵が応接間で説明してくださったのですが、辛そうに顔を歪めて、涙まで流していました。……とても胡散臭かったです。芝居がかっている感じで」
リンは腹立たしげに虚空へ拳を突き上げた。
「あのクズ男、息の根を止めてもいいですか」
と、不穏な言葉を口にする。
私はそんな彼女をなだめながらも、リリアの置かれている状況について思いを巡らせた。あれこれの情報をつなぎ合わせれば、答えは一つに絞られる。──リリアは薄汚い結婚詐欺師にだまされ、おそらく監禁されているのだ。
助け出すなら、今しかない。
感謝祭の夜──誰もが羽目を外し、酔いに任せて警戒が緩むその時間を狙おう。
侵入する、そう決めた。
チャンスは感謝祭の夜だ!
「もちろん私もお連れくださいませ! リリア様の救出、一緒に私も向かいます」
リンはまるでそこにグランベル伯爵が立っているかのように、次々と蹴りを蹴り出し闘志を燃やしていた。
もちろん、私は今回の目的はリリアの救出であり、グランベル伯爵家の奴らをたたきのめすことではないと、リンに言い聞かせたのだが……とはいえ、もしも行く手を阻む者があれば、蹴り一発、拳一発くらいは見舞ってもいいかなと思っていたのだった。
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