第27話 月光院の闘い、純元の香袋

嵯峨野の山道は夜露で濡れ、馬の蹄が石ころに当たる音が静まり返った闇の中で響き渡る。薫子が馬の手綱をしっかり握り、気香で前方の月光院を感知すると——僧院の屋根から「平氏の香り」と「蓮の不安な香り」が混ざって漏れていた。「もう間に合う……きっと合うはずだ」と独り言を言い、馬を駆り立てた。


清和が腰の「明かり符」を撒き、符の光が山道を照らした。すると、路傍の竹林から二人体の黒衣の男が飛び出し、短剣を振り下ろした。「信吉様の命令で、你たちを止める!」温香雅が即座に袖から「麻痺香」を撒き、香りが男たちの鼻に届くと、彼らは体を硬直させて倒れた。「これは信吉の遅らせる計略です!蓮様が危ない!」清和が馬を加速させ、三人はさらに速く月光院に迫った。


月光院の正門に到着すると、朱漆の戸が破られ、庭の古梅樹の下に僧の姿が倒れていた。薫子が僧の脈を確かめると、「まだ息があります!温香雅さん、解毒剤を!」温香雅が薬箱から小さな壺を取り出し、僧の口に少しずつ薬を与えた。僧がゆっくりと目を開け、小さな声で話した:「信吉……蓮様を佛堂に連れ去りました……彼は『純元の香袋』を取るために来たのです……香袋は梅樹の根元に隠していました……」


薫子が梅樹の根元を掘ると、茶色の絹でできた香袋が見つかった。香袋を開けると、乾いた白蓮の花びらと、細かい文字が記された紙片が入っていた。「純元の手紙……」紙片には「蓮を嵯峨野に匿い、平氏の『漆黒の香』を防ぐには『白蓮の香』が要る」と記されていた——これが皇后の言った「純元の遺物」の核心だった。


「佛堂の方!」清和が式神からの情報を受け取り、佛堂の方向を指した。三人が佛堂に入ると、信吉が蓮を鎖で柱に繋ぎ、刀を彼女の頸元に近づけていた。「薫子!純元の香袋を渡せ!そうしなければ、この子を殺す!」信吉の目が血走り、平氏の栄光を取り戻す執念がにじみ出ていた。


蓮が小さく震えながらも、強い眼差しで薫子を見つめた。「薫子さん!香袋の花びら……母さんの香りが……」その瞬間、蓮の額から薄い光が漏れ、佛堂の香炉が微かに動いた。純元の血を引く力が覚醒したのだ!


「信吉、香袋を渡しても、你は逃げられない!」薫子が香袋を手に持ち、ゆっくりと前に進んだ。清和が「束縛符」を準備し、温香雅が解毒剤の壺を握り締めた——一気に制圧する準備ができた。


信吉が蓮を引き寄せ、刀をさらに近づけた。「少し後ろに下がれ!香袋を地面に置いて!」薫子が香袋を置くと、信吉がゆっくりとそちらに移動した。すると、清和が「束縛符」を撒き、符の光が信吉の体を包み込んだ。「動けないだろう!」


しかし、信吉が口から小さな笛を取り出し、高い音を鳴らした。すると、佛堂の外から「漆黒の香」の苦い香りが広がった。「これは……忠盛様が用意した『漆黒の香』の前哨です!内裏はもう……」信吉が悪びれるように笑った。温香雅が慌てて「浄化香」を撒き、香りの広がりを一時的に止めた。「信吉を連行して、内裏に戻りましょう!漆黒の香の本隊が来る前に準備しなければ!」


薫子が蓮の鎖を解き、香袋を彼女に渡した。「蓮様、これは母さんの香袋です。これがあれば、漆黒の香を防ぐことができます」蓮が香袋を胸に抱き、頷いた。四人が佛堂から出ると、月光院の空に薄い黒い煙が広がり始めた——忠盛の漆黒の香が近づいていた。


清和が信吉を侍に引き渡し、「内裏に急報を送れ!忠盛の漆黒の香が嵯峨野から内裏に向かっています!」侍が走っていく間、薫子が蓮の手を握り、「内裏に一緒に帰りましょう。你の母さんの香袋が、内裏を守るカギになるから」蓮が小さく頷き、四人は馬に乗り、内裏の方向へ疾走した。


馬車の中で、蓮が香袋を開けて白蓮の花びらを見つめた。「母さん……これで平氏の人を倒せるのですか?」薫子が彼女の頭を撫で、「はい。你と香袋があれば、きっと倒せます」と励ました。だが気香で、馬車の後ろから「漆黒の香」の濃い香りを感知した——忠盛の大軍が、彼らの後を追いかけていた。


内裏の平和を守るため、そして純元の遺志を継ぐため——薫子の心に決意が固まった。ただ、漆黒の香の本隊と五百人の兵を倒すのは容易なことではなく、今夜の戦いが内裏の存亡を分けることを悟った。馬車の轍が山道に刻まれ、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。

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