第37話 眠い時は寝よう

 こやきの路上ライブは震えるほど感動した。


 一人でいっぱい練習を重ねて頑張ってたのを知ってる。

 だからこそ、一音一音に込められた思いがあんなに大勢の人たちの心に響いていた様子には、こみ上げてくるものがあるのだ。


「お、メール返ってきた。――今日はこの後町長に呼ばれて町の劇場で急遽ゲスト出演しなきゃいけなくなったから遅くなるよ。夕食は打ち合わせ兼ねて出されるから大丈夫。先に休んでてね、明日の朝食は一緒にしよー、か。オッケー、りょーかいっ。明日詳しく話聞かせてねっと」


 そういえばあったね、大通りに劇場が。

 魔法を使った華やかで幻想的な舞台演出を売りにしている、とかって看板に書いてあったな。

 その劇場はこの町の劇団の演劇を中心に旅芸人一座が公演をしたりするらしい。吟遊詩人の会とかっていう団体も時々使うみたい。


 こやきは一体何の舞台のゲスト出演をするんだろう。

 明日聞いてみよう。

 

 劇場って聞くと真っ先に芸人がライブでネタを披露する場所って思い浮かんじゃう。

 若手芸人の登竜門という認識。

 

 お笑い芸人とか、この世界にいるんだろうか? 

 そもそもこっちの世界でのお笑いは見たことはないや。気合入れて本気で探したこともないし。

 探してまで見たいかと言われたら、どうだろう。


「こやきさんの路上ライブ凄かったね。俺、物凄く感動したよ」

「うん、超凄かった。あのね、こやきは今夜町長に呼ばれて劇場にゲスト出演するから路上ライブはしないみたい。遅くなるから先に休んでてだってさー。明日の朝食の時会ったら色々聞くの楽しみー」

「そうなんだ。じゃあおうり、今晩も……」

「今日いっぱい歩いたから疲れたー。宿屋に戻って早めに休もー。今の時間なら食堂も混雑してないかもね」

「う、うん」

「楽しい時間って過ぎるのが早いねー。明日もオフの日って思うとだらだら夜更かししたくなるよねー。でもテレビとかスマホとかゲームとかの娯楽ゼロなんだよなー」

「そうだね。……何かおうりテンション高い?」

「え、あー、そうかもー。ライブ後とかってそうなるみたい。ライブの感動や興奮が持続しちゃってるからなんだろうけど」


 改めて指摘されるとちょっと恥ずかしくなる。

 でも上がったテンションがすぐクールダウンしないくらい、こやきの路上ライブが凄く良かったんだよね。


 話しながら手を繋いでいたまま、空叶と宿屋まで歩いて帰った。


 宿に到着してからは食堂で二人一緒に夕食を食べて、一人でお風呂に入ってと、特に昨日と変わらないルーティン。

  

 そう、昨日と同じ流れで、昨日と同じことをしたんだけど……。






「何、この状況は……」


 大変なことが起こってますよ。

 いや、あんまり大変でもないかな。

 え、時間巻き戻ってる?

 そんな勘違いをするくらい軽く混乱はしているわけなんですが。


 何でこんな状態になってるのかなー?

 全然わっかんないやー。

 

 オレ、春日野おうりは現在ベッド上にて、天宮空叶に抱きつかれています。


「あのー、天宮さん? 今日はどうしたのかなー?」

「…………」


 うおぃっ、何故に沈黙?


 夕食後「また明日ねー」って空叶と解散した時「今晩も部屋にお邪魔したい」と言われ、断る理由なんて特に何もないし、入浴後ならということで了解した。


 その後、ノックされて招き入れてドアに結界魔法かけてベッドに並んで座ってたら、突然でした。

 マジでびっくりしたわー。

 

「この姿勢だとオレ、すぐに動けないんだけどー」

「……ごめん」


 首筋に顔をうずめてぼそっと呟き、更にギュッと抱きつく力を込めてくる。

 身動きが取れないほどの密着感に少し息苦しさを感じてしょうがない。

 え、オレ吸収でもされんのか?


「いや、あったかくていいんだけども、正直このままだとオレ、ベッドと一体化するかも」

「……おうりと、くっついていたい」

「それなら重力をなんとかしてくれる? ずっと上に乗っかられてると呼吸が苦しくなるよ。空叶とベッドに挟まれて、オレはハンバーガーの具材か?」

「ハンバーガーの具材って……、ふふふっ」

「とりあえず重いから一旦避けてー」


 渋々といった様子で空叶は体を起こす。

 オレも体勢を変えて、ベッドの頭側の壁に背中をもたせかけ、上半身を起こした姿勢になる。

 圧迫感から解放され、思いっきり深呼吸をして、体に新鮮な空気を巡らせる。


「さて、天宮くんはオレのことをぺしゃんこにでもしたかったのかなー?」


 目の前で何故か正座で座っている空叶に対して冗談っぽく言った。

 背中を丸めてしゅんとなっている様子が、叱られて項垂れている子犬に見えてしまう。


「……ごめんなさい」

「別に怒ってるわけじゃないよ。だけどいきなりだったから驚いた」

「……うん、ごめん……。イヤだった……?」

「だーかーらー、イヤではないって今朝オレ言ったよね。もしかして忘れちゃったの?」

「……ちゃんと覚えてる」

「それなら良し。オレが空叶のこと拒絶するわけないじゃん」

「おうり……」

「今度は心の準備できてるから。ほら、おいでー」


 仕切り直したほうがいいかと思い、両腕を広げる。するとさっきまでの落ち込みから一転して、空叶は嬉しそうに勢いよく飛び込んできた。


「……おうり、ありがと……」

「ったく、しょうがないなー」


 無邪気に抱きついてきたのが何だか可笑しくて笑いそうになった。


 背中に手を回し、空叶の肩に顎を乗せる。服越しから体温を感じ、身を委ねていると自然とまぶたが重くなってきた。


 ヤバい、何か話をして眠気を飛ばさないと。

 寝落ちだけは、寝落ちだけはしないようにしたいけど……。


「夕ご飯水炊きみたいなの美味しかったねー。鍋料理いいよねー」

「うん、美味しかったね」

「オレの好きな鍋料理は塩ベースの寄せ鍋かな。前にたこ焼き使った鍋作ったら家族には驚かれたよ。でも好評だった、よ……」

「あはは、おうり、たこ焼き好きなんだもんね」

「んー……、大好きー……」

「おうり、眠いの?」

「そーんなこと、は、ないよー……」


 嘘です、正直めっちゃ眠い。

 頭がぼんやりして思考がまとまらない。

 眠気が大群で押し寄せてきている。

 

 ダメだ、眠気、耐えられないかも。


「今日いっぱい歩いたからね。眠いならもう寝ちゃいなよ」

「……空叶、充電、できた……?」

「……まだ足りないかな」

「どうしたら、いい……。一緒に、寝る……?」

「いいの?」

「ん……、やむな、し……」

「ふふっ、……おうり、おやすみ」


 空叶の声に反応できず、不覚にもオレは眠りに落ちてしまった。

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