第38話 相方しか勝たん

「う、動けん……」


 目覚めると背中に腕がしっかりと回されている。

 身体を動かそうにも足も絡められており抜け出せない。

 どうやらまた抱き枕にされて寝ていたようだ。


 ものすっごく気合いを入れれば動くことは出来るだろうけど、残念ながらそれほどの気力は湧いてこない。

 でも今が何時なのかは気になるので、昨日の朝同様遠隔透視魔法を発動して時計を見てみる。


「5時半ちょっと前ね……。自分めっちゃ爆睡してんじゃん」


 くそー、夕べは眠気に勝てず寝落ちしてしまった。

 よっぽど疲れていたんだなー。

 

 向き合っている体勢なので、顔を上げると目の前には無防備に眠っている空叶の顔がある。

 気持ちよさそうに寝ているのを起こすのは忍びない気がするが、そろそろ目覚めてもらわないと。


「空叶、起きろー。朝だぞー」

「…………おうり、おはよ」

「おはよ。まだ眠そうだね」

「うん、もうちょっとこのままでいたい……」


 再度目を閉じて身体を丸めながら、ゆっくりとオレの髪を撫でてくる。

 え、何で?

 何で撫でるの?

 ものすっごい寝癖でもついているのかな?

 

 意図が分からず黙ってされるがままでいると、空叶はオレの頭に顔を埋めて、すーっと深く息を吸い込み始める。

 いやいやいや、何してんの、マジで。 


「おうりの匂い、安心する……」

「おまっ、やめっ、頭の匂い嗅がないでくれるー。寝ぼけてんのかー?」

「寝ぼけてなんかないよ。おうり、いい匂い……。すごく、落ち着く……」

「気のせい気のせい! ほら、起きるよ!」

「……ヤダ、離れたくない」

「あのなー、生活のメリハリは大事なんだぞ。また一緒に寝てやるから今日は起きろー」

「おうり、それ絶対約束だからね!」

「りょーかいりょーかい。あ、でもそれも手を繋ぐのと同じで、時と場合をちゃんと見定めてよね」

「もちろんだよ。じゃあこれはその約束の印ね」


 そう言うとオレの前髪を丁寧に払いのけ、額の真ん中に唇を押し当ててきた。

 何かマシュマロみたいな感触で、柔らかくて、じんわりあったかいな。


 もしやこれが噂のデコチューというやつですか。

 約束を交わした時にもするなんて初めて知った。


「これで永久的な約束成立だね」

「……空叶、お前ってオレに印付けるの好きなんだね」

「うん、好きだよ。だっておうりは俺のだから」

「既に知ってるー。この度はお買い上げ誠にありがとうございまーす。春日野おうりは一点ものにつき返品不可なのでご了承くださーい」

「あははっ。もう、おうりってば面白いね。ふふふっ、手放す気はないから大丈夫だよ」


 面白さを意識して話をしたつもりは全くないのだけれど、何にせよ笑うことは良いことだ。


 笑いから始まる一日、いいね。






 朝食のため食堂へ続く廊下を歩いていくと、少しづつ美味しそうな匂いが漂ってくる。

 入り口前には親友が待っていた。


「あっ、おうり、おはよ〜」

「こやきおはよー。お待たせー。昨日はお疲れ様ー。路上ライブめちゃくちゃ良かったよー。感動して泣きそうになっちゃった。すごいたくさんの人たちが聴いてたね。そんでー、劇場ではどうだったの?」

「見にきてくれてありがと〜。めっちゃ楽しんで演奏したよ〜。昨日なんたけどねー、路上ライブ後に劇場のミニオーケストラにゲスト出演させてもらったんだ。それでね、今日と明日の2日間、昼と夜の公演にも出てくれないかって頼まれたの」


 こやきの話ではどうやら劇場で昨日から三日間、ミニオーケストラの演奏会が開催されているとのこと。


 たまたま路上ライブを見た町長とその演奏会の関係者が、こやきの弾き語りに感銘を受けて出演をお願いしたそうだ。

 演奏会は14時からと18時からの二部制で、同じ内容の演目の為どちらにも参加をして欲しいと依頼されている。


「えー、こやきすっごいじゃん! 突然ゲスト出演をお願いされるってのもだけど、楽団の演奏会への出演を連日頼まれるなんてすごすぎー!」

「えへへへへ〜。うちも超びっくりしてる〜。こんな機会は滅多にないと思って引き受けちゃったんだけどいいよね?」

「いいよいいよ! やりたいことはやったほうがいいからね! 思いっきり楽しんで! 劇場に演奏会見に行きたいけど当日券とかあるのかなー?」

「実は見に来て欲しかったから関係者用のゲストパスを2つ貰ってたんだ。これがあれば期間中劇場にいつでも出入り可能だよ。ちなみに入り口は正面じゃなくて劇場の裏からだからね。天宮くんと一緒に是非是非きてきて〜」


 こやきは収納魔法からネックストラップが付いている、はがきサイズのカードを取り出して渡してきた。

 おお、ライブとかのスタッフが首から下げているヤツだね。デザインは違うけど、特別感を感じる。

 

「演奏会ではソロもやるんだけど、何曲かアンサンブルにも混ざって欲しいって言われたんだ。だから朝食食べたら練習の為に劇場に行くね。曲を確認したけど自分ができるギターコードでやれそうだし、フルじゃなくて一部分にギターが入る感じになるんだって。こっちの人たちはギターを見たことも聞いたこともないみたいだから注目されまくってるよ」

「そうなんだ。わー、見に行くの楽しみだよー。あれ、朝食後から練習に行くってことは、もしかしてずっと劇場にいるってこと?」

「そうなるね。昼食も夕食も楽団の人たちと食べることにしてあるよ。夜の演奏会後も合わせ練習とかあるし帰りは遅くなるや。今日明日の2日間朝食以外は別行動延長だから、ごめんだけどよろしくね」

「オッケー、かしこまりー」


 旅芸人っぽいことをしようと路上ライブを行なったら大成功を収め、突如スカウトされて急遽劇場でミニオーケストラへのゲスト出演が決まり、そこから演奏会へ参加をすることになる……。 

 こやき、怒涛の展開すぎて面白すぎるよ。


 でも楽しみだなー。

 こやきのギター演奏もだけど、こっちの演奏会ってどんな楽器でどんな曲なんだろう。気になってワクワクしてくる。


「あ、天宮くんが来た〜。おはよ〜」

「こやきさんおはよう。おうりも」

「おはよー。空叶聞いて聞いて、こやきが劇場でミニオーケストラの演奏会に参加するんだってー!」


 ふつふつと湧き上がってくる感銘と誇らしい気持ちにテンションが上がりながら、空叶にこやきから聞いた話を伝える。

 朝食を食べている時もその話で会話は尽きなかった。


 ていうか、うちの相方色々凄すぎない?

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