第36話 異世界で路上ライブ

 朝食後、こやきはギター練習の為自室に戻っていった。

 オレと空叶も一旦部屋に戻り、出かける準備をして宿屋の入り口で待ち合わせる。


「空叶お待たせ。早かったね」

「俺も今来たところだよ。それよりおうり、首筋どうなってるか見せてもらっていい?」

「え、あー、別にいいけど」


 今朝空叶に吸われた部分をハイネックをずらして見せる。  

 痛みはないけど、触るとちょい違和感を感じる。


「これは……、おうりごめん……。俺……」

「謝るな謝るな。付けたかったんでしょー、印とやらを。でもこれ、ただの皮下出血だから跡として残ることはないよ。回復魔法でも使えば一瞬で治せるものだし」

「おうり、もしかして俺の為に消さないでくれたの?」

「何、消して欲しかった?」


 ちょっと意地悪く言ってみると、空叶は全力で否定するように大きく首を左右にブンブンと振った。


「あははっ、そんな必死にならなくても消さないから安心して。だけど、こやきに見つかって余計な心配かけたくないのと、詮索されるのもあれだから消えるまで隠しとく」

「……また俺が印付けたいって言ったら?」

「構わないよ。付けたいなら付ければいいじゃん。見えないように隠すだけだから」

「おうり……、いいの?」

「何度も言わせるなー。それにここで言う話じゃないしー。さっ、そろそろ行こうよ」

「うんっ!」


 空叶の表情、なんか目がキラキラしてすっごい満面の笑みが広がってる。

 よく分からないけど嬉しそうでなにより。


 勇者という大変な使命を背負っている空叶の頑張りを知っているから、味方として少しでも力になってやりたいと思う。


 その為なら、オレがしてあげれることだったら何でもしてあげたい。

 空叶が嬉しそうだと純粋に自分も嬉しいからね。

 でもこれって自分のエゴなのかな。だとしても悪いことをしているわけじゃない。


 いつの間にか自分の心に現れたこの感情、きっと『勇者を守りし者』故の使命感からなんだろうな。

 だってこんな感情、他に知らないし。


 うん、今の自分は知らない感情だ。






「空叶との街ブラは2回目だね。前の街よりお店は少ないけど、ただ見て歩いているだけでも楽しいね」

「そうだね。何も気にしないで街を巡るなんてことほとんどなかったからすごく新鮮。それに、おうりと一緒なのが一番嬉しい」

「あははー、何だよそれー。そうかー、空叶はオレと一緒で嬉しいのかー」

「う、うんっ。お、おうりは?」

「オレも空叶と一緒で嬉しー嬉しー」

「じ、じゃあ手を繋いでもいい?」

「はいはい、しょうがないなー。オレで良ければー、こーとーわーらーぬー」

「ふふふっ、おうり何それっ! あははははっ!」


 笑いながらも空叶はオレの手を取り、指を絡め取るように握りしめる。


「そんなに繋ぎたかったの?」

「うん。だって、おうりは俺のだからね」


 そう言いながら空叶は繋いでいる手をぶんぶんと振るう。

 その勢いに思わず体が引っ張られて、少しよろけそうになる。

 

 ――ヤバい、ダメだ、この状態。


 空叶を見てると、どうしても散歩が嬉しくてたまらない子犬みたいに見えて仕方がない。リードをぐいぐいと引っ張る子犬、そんなイメージが次々と浮かんできて笑える。


「ふはっ! ちょっ、ちょいタンマッ」

「おうり?」

「ふふふっ、何でもない。手を繋ぐのはいいけど、時と場合は見極めてね。これは絶対条件だよ」

「……そうだよね、分かったよ」

「それさえ守ってくれれば後はいつでもいいよ」


 いつでもいいよ、と伝えた瞬間嬉しそうに微笑む。

 もし尻尾があれば、きっとものすごく振りまくっているんだろうな。


「そろそろお昼でも食べに行かない? さっきの通りに気になる食事処あったんだよね」

「いいね、行ってみよう」


 誰かと手を繋いで歩くことって、自分的にはそんなに経験したことはない。

 過去に林間学校で森の中を巡るウォークラリー中に、メンバーの女子二人から「怖いから手を繋いで欲しい」って言われた時くらいかも。

 あの時は二人に両手繋がれて、足場が悪い森の道を転ばないようにヒヤヒヤしながら歩いたっけ。


 あれ、勇者と手繋ぎで町中を歩いているこの状況、見られてもいいのかな?

 現状立ち位置的には仲間だからいいか。


 特に気にもせず、手を繋いだまま食事処へと向かった。





 この日は夕方近くまで存分に街ブラを楽しんだ。まるまる一日何にもしないで遊びまくった日は初めてだね。

 まてよ、イザークさんの子供さんたちが帰って来るまでは完全オフの日が続くのか。

 長期のお休みというのは胸が踊る。

 それなら楽しまないともったいないよね。好きなことしまくろう。


「あ、こやきからメールだ。路上ライブ始めるって。露店が並んでる近くの広場でするみたい。空叶、行こうよ」


 こやきからメールが送られてきた。

 いよいよ旅芸人としてこやきの路上ライブが始まる。

 オレたちは広場へと急ぎ足で向かって行った。

 

 路上ライブは既に行われているようで、広場へ近づくにつれ聞き慣れているアコースティックギターの音色と、こやきの歌声が聞こえてきた。

 

 というか、観客の多さにめっちゃびっくり。

 歌い始めたばかりの筈なのに、こやきを取り囲む巨大な人だかりができている。

 通りかかる人が足を止め、一人、また一人と次々加わっていく。

 

 旅芸人の固有スキルに確か人寄せとかあったけど、それを使って観客を集めたとしても離れていかないのは、単純にこやきの演奏が良いからだろう。


 小規模のライブ会場くらいの人数が集まっている気がする。

 音響は自分も前にやったことのある伝達魔法の改造版を使っているね。

 この魔法の効果で、雑音があっても遠くまでクリアに音を届けることができる。


 ここの街の人たちがこやきの音楽に吸い寄せられているようだ。

 異世界の音楽だけど、この世界の人たちが聴き入っているのを見て胸がジーンとなっていくのを感じた。

 だって、こやきの演奏にみんなが酔いしれているから。


「皆さんこんばんは。旅芸人のこやきと申します。このファーゼイストの町で演奏できること、そして自分の演奏を聞いてくれる人たちがこんなにたくさんいること、とってもとっても嬉しいです」


 一曲目が終わり、割れんばかりの拍手と歓声の中でこやきは深々と頭を下げ、MCを始めた。


「ずっと一緒にいたい、そう思える人に出会えたことってすごく幸せですよね。次の曲は大切な人への想いを持ち続け、再会を待ち望む気持ちを表現した曲です。切ない過去と幸せな再会という未来を描いています。それでは聴いてください」


 言い終わるとこやきはいつものにこにこ顔で周囲を見渡し、深呼吸をしてギターを抱え直す。

 そして優しく弦を撫でてメロディーを紡ぎ始めた。



 

 ――上手くいかないもどかしい日々でも

 君がいつも目の前にいてくれたから

 希望を持つことができた


 それがとても幸せだった


 どんな時も手を離さずにいてくれた

 見放さないでくれた


 遥か遠く離れたとしても

 「また会えるよ」と君は言った

 この胸にある揺るぎない想い

 君への気持ちは強くなる……




「空叶? どうした?」

「なんか、急に繋ぎたくなった」


 隣で一緒に歌を聴いていた空叶が、不意にオレの手のひらを掴んできた。

 驚いたけど黙って握り返して歌を聴き続ける。




 ――長い長い旅路の果てに再び会えた奇跡

 

 「ただいま」と君が言う

 「おかえり」と答えて抱きしめる


 もう君を二度と離さない

 ずっと ずっと ずっと

 二人の物語はここから続いてく……




 曲が終わり静寂が訪れた後、一斉に大きな拍手が沸き起こる。あちこちから「最高!」「凄く感動した!」といった称賛の声が飛び交う。


「こやき、すごいなー。めっちゃ囲まれてて近付けないや。あ、町長がこやきになんか話ししてる。とりあえずメールだけでも送っておこー」


 こやきへ路上ライブの感想と、何か手伝えることはないか、この後どうするのかを聞くメールを送る。


 拍手と歓声が鳴り止んだ後も、興奮冷めやらぬ観客たちのざわめきが空間を満たしている。

 町の人たちは互いに感想を語り合いながら名残惜しそうにその場を離れて行くのだった。

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