第35話 子犬系男子なのか

「…………どーしたもんかね、これは……」


 眠りから目が覚めて意識がはっきりしてくると、自分の現状に参ってしまった。

 オレってば、空叶にがっつりハグされて寝てんじゃん。

 昨日の夜、労りハグの最中に空叶が眠ってしまったから自分もそのまま寝たんだけど、寝る前の体勢はこんなんじゃなかったよ。


 起こさないように配慮して、ハグの姿勢を外し、空叶を横に寝かせてからその隣で上を向いて寝た筈なのに、いつの間に抱き枕にされたんだろう。


 空叶の両腕が背中に回されてて身動きが取れない。

 胸元に自分の顔がくっついているから心臓の鼓動が伝わってくる。

 体が密着しすぎているせいで、掛けている毛布を少し避けたいくらい暑い。


「今何時だろ……、くそー、こいつ、ホールド力強いな」


 しっかりと抱き込まれていて首を動かせず、時計を見ることが出来ない。しょうがなく遠隔透視魔法を使い、時刻を確認する。

 

「朝の5時過ぎか。結構ぐっすり眠っていたんだな……」


 頭のすぐ上から空叶の静かな寝息が聞こえてくる。

 その寝息に合わせて胸元がわずかに上下する。

 そのリズムに自分の呼吸もゆっくり合わさっていく。

 

 何だかそれが心地よくて、そのまま人肌から伝わる温かさを感じていると再び眠気が襲ってくる。

 うとうとしかけたが、ハッと我に返った。


 いやいやいや、この状態のまま二度寝は良くない! 

 空叶を自分の部屋に戻さなければ!


「おーい、空叶ー、起きろー。そしてオレを離せー」


 二度寝の危機を気合で脱し、ギュッとされている腕の中で身じろぎしながら空叶に声を掛ける。


「んん……」

「起きろっての。ちょっ、おまっ、何で腕に力入れてくんだよっ」

「んー……、もう少しー……」

「空叶、お前なー」

「おうりのおかげで凄く良く眠れたよー。離したくないなー、ずっとこうしていたいなー……」

「ええー……」


 こいつって、こんな甘えたがりだったっけ? 

 突然変異でもした? 


 思わず空叶のステータスを確認する。

 うん、本物で本人だ。

 状態異常とかになってるわけでもない。


「……おうり、俺のことイヤ?」

「ほんとにイヤならこんなにギュッとずっとハグさせてるわけないじゃん」

「あはは、それなら良かったー」


 オレの返答が嬉しいのか、空叶はオレの頭に顔をぐりぐりと押し付けてきた。更には背中に回している両腕の力を強めてくる。

 何となく脳内に、子犬系男子という言葉が浮かび上がる。


「空叶、冗談じゃなくそろそろ起きろ。もうすぐ6時になるから」

「……やだ」

「やだって……、全く、どうしたもんかね」

「……それじゃあさ、印、付けてもいい?」

「は? え、しるし?」

「うん。おうりは俺のっていう印。初めてしてみるから上手く付けれるか分かんないけど」

「何言って……、うひゃっ――」


 不意を突かれて思わず変な声が出てしまう。

 首筋に柔らかな唇が当てられ、肌がぐっと吸い上げられた。

 次の瞬間、その部分に熱がじんわり広がっていく。


 やって良いって言ってないんですけどもー。


「ごめん、痛かった? でも上手く付けれたと思うんだ」

「何したのか分かんないけど、お前が良いならそれでいいよ。オレが空叶のものってこともりょーかい。さっ、起きるよ」

「おうり……、ありがと……。また、してくれる……?」

「空叶になら、いつでもいいよ」

「ほんとに!? うわー、俺、すっごく嬉しいな!」


 空叶は屈託のない子どものような満面の笑みで、頬や頭をオレの首筋や肩にすり寄せ、体を揺らしながら更に甘えてくる。

 まるで飼い主におやつをもらった子犬のように、無邪気で純粋な喜びを爆発させていた。


 断る理由が無いのでいつでもいいなんて言ってみたけど、またしてくれるっていうのはどれのことなんだろう?


 考えてもよく分からないので、ひとまず空叶を起こすことに専念した。





 時間はかかったが、なんとか空叶を隣の自室に戻らせることができた。

 さっき吸い付かれた部分を鏡で見てみると、少し青みがかった赤紫色の痕がくっきりと付いている。


「何これ、マジですかー。空叶、あんにゃろ、なんてことをやりやがったな……」


 回復魔法をかければ消せることは分かった。でも空叶がオレにつけたい印って言ってたので、今は消さないでおく。

 

 隠すためにハイネックのノースリーブを下に着とこう。

 うん、不自然じゃないね。隠すことができてる。

 

 仕度を終えて、待ち合わせをしている食堂へと向かった。





「おうり、おはよー」

「こやき、おはよー。食堂の方から美味しそうな匂いするねー」

「朝ご飯楽しみだね〜。そうそう、うちらしばらくこの町にいるでしょー。折角だから旅芸人っぽいことしようと思って考えたら、路上ライブがいいかなって。実は昨日の夜にギター生成してずっと練習してたんだ〜。結界魔法で遮音してたから、つい夢中になって寝るの遅くなっちゃった」

「こやき、アコギでの弾き語りやってたもんね。久しぶりに聴けるんだ。楽しみー」

「実際は2曲しかまともに出来ないけど、やってみる〜」

「いいじゃん、やってやって! 2曲って前に聞かせてくれた曲?」

「そうだよ〜。あれ以降練習はしてないから曲のレパートリーは増えてないや。なので今日は別行動ね。ちなみにもう少し練習したいから、お披露目は夕方くらいかな。場所を転々としてやっていくつもり〜」

「オッケーオッケー。絶対見に行くよー」


 こやきは偽ステータスの肩書きにしてある旅芸人として、ギターでの弾き語りをするという。

 趣味としてたまに練習していたことを知っている。出来るようになったーって、いの一番に披露してくれたね。

 でもまさか異世界で披露しようなんて、そしてギターを生成したのも凄い。

 こやきってば心意気が素晴らしすぎる。熱意があるね。


「二人ともおはよう。待たせたかな?」

「天宮くん、おはよー。時間は大丈夫だよ〜」

「空叶おはよう。それじゃご飯に行こう」


 三人で食堂へと向かう。

 ここの食堂は宿泊客だけではなく、誰でも気軽に利用ができるようだ。朝だけど結構賑わっている。

 勇者に声を掛けてくる人たちもちらほらいたが、皆挨拶程度で距離を詰めてくるような人はいなかった。


 窓際の席に座り、それぞれが運んできた朝食を食べながら話をする。


「こやきさん路上ライブやるんだ。ギターできるの凄いね」

「こやきは歌も上手いんだよー。ギター弾きながら歌うなんて器用なことはオレには無理だねー」

「練習すればおうりもできるよ〜。それより二人は今日何するの?」

「そーだなー、買い出しも昨日終わってるし、特にこれといった予定はないかなー」

「じゃあ天宮くんと一緒に街ブラでもしてきたら」

「そーだねー。空叶はどう?」

「おうりがよければ一緒にいたいな」

「天宮くんそれ何か意味深な発言に聞こえる〜。でも勇者が一人でいるより仲間が付き添ってるほうが良いと思うよ。おうり、防波堤役しっかりね」 

「う、うん。任せてー。こやきも練習無理しないように頑張ってね」


 こやきの路上ライブ、めっちゃ楽しみだ。

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