第34話 イマチュアラブ

 イザークさんの子供さんたちが自宅に戻り次第会うことの約束を取り付けて、オレたちは宿屋へ戻ることにした。


「それにしても、イザークさんのお子さんたちが勇者の力になりたがってるなんてねー。魔王の居場所を積極的に探しているのもその為だったとは。世の中捨てたもんじゃないねー」

「そうだね~。きっとお爺ちゃんの影響が大きいんじゃないかな〜。兄弟三人とも冒険者なんだよね。小さい頃から英才教育受けてたのかも〜」

「だよねー。かの有名な大魔法使いの孫ってだけでも十分凄いのに。爺様のレベルがあれだけ高かったから、孫たちのレベルはどれくらいなのかなー? 肩書きもちょっと気になるー」

「もしもだけど、その人たちが勇者の仲間になりたいー、なんて言ってきちゃったら、天宮くんどうするの〜?」

「えっ、仲間にって、俺の!?」

「そうだよ〜。勇者の仲間にってこと。ん〜、うちの勘だけどもしもの話じゃないかもね〜」


 宿への道を三人で歩きながら雑談をしていたのだが、こやきが空叶にぶっこんだ質問を投げかけた。

 その質問の内容に空叶はかなり焦って戸惑っている。

 爺様の孫たちの強さはまだ会っていないから分からないけど、今の勇者のレベルでは孫たちに及ばないって言ってたっけ。


 勇者に仲間か……。

 もしそうなったらチートステータス持ちのオレとこやきは大っぴらに力を使うことが出来なくなるから、空叶と一緒にいられなくなるかもしれない。

 

 ちょっと、いや、かなり嫌だな。


 ても決めるのは、勇者である空叶だ。


「いや、もしそう言われたとしても断るよ。二人がいてくれるからね」

「……空叶」

「ん~、ふふふふふ〜。良かったね、おうり」

「な、何のことかなー?」

「顔に書いてたよ〜。でもまあ、天宮くんの返事は分かってたけどね〜。前もって答え合わせをしときたかっただけ〜」

「こやきー、意味分かんなー」

「今は分かんなくてもいいんだよ〜」


 そう言うこやきの表情は、いつものにこにこ顔に今まで以上のによによした笑みがあった。


 


 宿屋に戻ると人手が引いて閑散としていた。食堂の方には勇者待ちのギャラリーがまだ少しいるようだ。

 とりあえず受け付けの人に連泊することを伝えて部屋を確保しておく。

 イザークさんの話ではお子様たちが帰ってくるのは今週末あたりとのことらしいので、とりあえず1週間お願いして前金で支払っておいた。


 勇者様からお代は頂けませんなんて言われたけど、なんの貢献もしていないのに無銭宿泊する方が気が引ける。

 そういえばひとつの場所に連ねてこんな日数泊まるのは初めてだな。

 いつもは一晩だけしか泊まらなかったから。


「食堂で夕食食べてく〜?」

「そうだね、今日はもう外に出るのは億劫な感じ。でも食堂に行くとあのギャラリーがいるから、空叶いつもの様に囲まれるかもよ」

「ははは、そうだね……」


 めっちゃ乾いた笑いじゃん。

 心身ともに疲れているんだろうな。


「なら今日は帰って貰えばいいんじゃない? 相手にしなければ自然と去っていくと思うんだけど」

「こやきの案もいいんだけどさ、勇者に無視されたって悪い話が広まる可能性があるよそれは」

「じゃあうちとおうりが天宮くんの防波堤になるしかないね」

「それしかないね。オッケー。じゃ、ご飯食べに行こう」


 空叶を挟む形で食堂へ入ると、待ってましたとばかりに数人が勇者と卓を一緒にしようと近寄ってくる。


「皆さん大変申し訳ありませんが、勇者様はご覧の通り長旅でお疲れです。お話を聞きたいのであれば明日以降にして下さい」


 勇者の仲間として、勇者の体調に配慮している設定でビシッと言い含めてみる。

 思った以上に効果は抜群だった。


 結果的に皆さん素直にお帰りになりましたー。

 グチグチ言われるかなーなんて考えたりもしたけど、そんなことは一切無かったよ。

 帰り際、勇者にねぎらいの言葉をかけていく人たちが大半だった。

 この町の人たちの民度は今までの所より遥かに高いのでは?


 酔っぱらって絡んでくる輩や、ウザい声かけをしてくる輩が今のところ全くいない。

 食堂でお酒を飲んでいる人たちもいるが、目が合うと会釈をしてくれて、静かに食事やお酒を楽しまれている。


 安心して食事が出来るのはとても素晴らしいこと。こやきと空叶もそう思ったようだ。

 我々は落ち着いて夕食を食べることが出来た。




「めっちゃ美味しかったー。ごちそうさまー。明日の朝食も楽しみだねー」

「ふふっ、おうり、夕食食べ終わったばっかりなのに、もう朝食のこと考えるんだ」

「いーじゃん、凄く美味しかったんだからー」

「おうり、天宮くん、部屋の鍵貰ってきたよ〜。3部屋とも個室だって〜。食堂は朝6時半からやってるって言われたよ」

「じゃあ朝食は7時過ぎでいいかな? 食堂前で待ち合わせで。空叶、時間それで良い?」

「ああ、大丈夫だよ」

「じゃあ今日は解散ね。こやき、お風呂入りに行こうよ。空叶、また明日ねー」


 空叶と明日の朝食時の待ち合わせをして、食堂から自室へ向かった。


 美味しい夕食を食べて完全にくつろぎモード。

 自分の泊まる部屋を確認後こやきと大浴場へ行き、久しぶりに湯船に浸かる。たっぷりのお湯の中、ゆったりできて幸せ気分満喫。

 そしてそして、いい香りのする石鹸を手に入れていたので惜しみなく使い、香りに癒されて心が満ち足りる。

 なんでも花のエキスを抽出して作った石鹸らしい。


 入浴後も続くいい香りにうっとりしながら自室へと戻る。

 その途中の通路で空叶と会った。


「空叶じゃん。今からお風呂?」

「うん。おうりは入ってきたんだね。……何か、凄く……」

「入ってきたよー。魔法で服も身体も綺麗には出来るけど、やっぱりお湯に浸かりたくなるよねー」

「……おうり、後で部屋にお邪魔してもいいかな?」

「いいけど、何かあったっけ? こやきも呼んどく?」

「で、出来たら二人でがいい……」

「そうなの? 分かった。待ってるね」

「う、うん……」


 まだ入浴していないのに顔が火照っていた空叶を不思議に思いながら、その背中を見送った。





 自室に戻り、1時間が経とうとした頃、部屋のドアをノックされた。空叶だ。


「どーぞー」

「お、お邪魔します」


 中へ招いて、ドアにはいつもの自衛対策の結界魔法をかけておく。

 入浴後だからか、空叶の顔はさっきよりも赤みが増している。

 

「……隣に座っても、いい、かな……?」

「ん? 別に構わないよ。空叶どーしたー?」


 ベッドに二人並んで腰掛けている状態。空叶は緊張した面持ちで黙り込んでいる。

 膝の上で両手をギュッと握りしめていて、何か落ち着かない感じ。


 ――もしかして空叶、疲れすぎて眠れないからオレの所に来たのかな。

 町や村に入るたび、あんな大勢に囲まれて、偉いさんの話を延々と聞いて、しんどいよねー、しんどくならないはずがないよねー。


 とりあえずこの状態を打破するのに一番最適な行動は、あれしかないよね!

 

「お、おうり?」


 ベッドの頭側の壁に背中を預けて、出来るだけ楽な姿勢を確保する。

 そして空叶の方へ両手を広げてみせた。


「充電、する? オレで良ければだけど」


 あれ、ちょっと自分、言ってしまってからなんだけど、何だか凄まじく恥ずかしくなってきたぞ。

 でも今更この広げた両手、引っ込めるのもどうかと思うし。

 うわあぁ、どうしよー。


 恥ずかしさと格闘しようとしていたが、空叶はすぐに覆いかぶさるように抱きついてきた。

 良かった、両手を引っ込めないでいて。


「おうり、凄く良い匂いがする」

「でしょー。いい香りの石鹸使ってみたんだー」

「石鹸の香りもいいけど、いつものおうりの匂いも俺は好きだよ」

「へ、変態さんがいるー! ここに変態さんがいーるー!」

「あははっ、ごめんごめん。おうりとのハグ、凄く安心するから本音がつい」


 空叶、こいつ、労ってあげようとしたけど、軽口叩けるくらい元気じゃん。

 じりじりとすげー密着させてくるし。

 だけど顔は見えないが、時々ほっぺがくっつくと物凄く熱いんだよね。


 真っ赤になって頑張って喋ってるのがバレバレだよ。

 未熟者め。


「おうり、充電器……」

「オレは充電器じゃないぞ」

「俺だけの、充電器だよね……」

「はいはい、そーだねー」

「あったかくて、気持ちいいな……」

「そーだね、あったかいね」

「おう、り……、ありが、と……。だい、す……」

「……空叶? え、またかー、まあ、いいけどさー」


 ハグしている途中で空叶は眠ってしまった。

 よっぽど疲れていたんだね。

 今回はもう自分も眠いので、このまま一緒に寝ることにする。


 睡眠は大事だからね。

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